私の提言

奨励賞

セーフティーネットから洩れた若者たち
―労働知識や情報を獲得するためのプラットホームの構築に向けて―

霜永 智弘

<キーワード>

  1. ➀ 労働組合
  2. ➁ セーフティーネット
  3. ➂ 結集と分散
  4. ➃ 若者
  5. ➄ プラットホーム

1.はじめに

 コロナ禍により社会は動乱し、労働者を取り巻く雇用の在り方は大きく変動している。労働者にとって「当たり前」に存在した仕事は搾取され、非正規労働者のみならず、正規労働者までも、雇用が奪われる日が近くなりつつある。これから社会に進出する若者も決して例外ではない。不払い残業代の問題や不当解雇、セクハラ等の労働問題は、着々と我々に忍び寄る。自分の仕事は自分で守るという認識は、日増しに強くなる一方である。
 そして、企業の中での働き方に違和感を持ち、異を唱える場面に直面すれば、労働者は、自らが想像する以上に脆弱な存在であることに打ちひしがれる。社会的不利益をやむなく受け入れた労働者も決して少なくないだろう。こうした背景を踏まえ、誰もが公正な労働条件の下で働くことを主張できる組織として結成されたのが「労働組合」である。
 厚生労働省(1)によれば、労働組合とは「労働者が主体となって自主的に労働条件の維持・改善や経済的地位の向上を目的として組織する団体」として定義されている。労働組合の現況を確認すれば、2019年6月には、日本の労働組合数は約24000組合、組合員数は約1000万人を超えた。特にパートタイム労働者の組合員数は約133万人と、過去最高の加入数を更新している。労働市場の中でも、特に弱い立場に置かれたパートタイム労働者を含む、非正規労働者が保護されるセーフティーネットの拡充と仲間の拡大は、労働者にとって喜ばしい限りである。
 非正規労働者における労働組合への「結集」傾向を確認した一方で、南雲(2018)(2)が語る若者の組合離れ(南雲2018:4)は、労働組合からの「分散」傾向として理解され、近年の労働組合に係る、重要な社会的課題の一つとして認識されている。若者の労働組合に対する認識を次章で詳しく確認すれば、多くの若者が、労働組合の存在を知る機会に恵まれず、よく分からない存在として受け止めている危機的状況を浮かび上がらせる。
 労働組合というセーフティーネットへの結集と分散という相互矛盾は何を意味するか。労働組合の役割を知らずして社会人となった若者たちが、社会の大多数を占めれば、労働組合の今後はどうなるか。同志社大学にて連合寄付講座「働くということ」を受講し、現場の実務家や組合員の生の声を聞きながら、労働組合の存在や重要性を理解した者として、同世代の若者が、対極的に無関心のままにある状況を放置する訳にはいかない。
 そこで、近年の労働組合に係る若者の認識を確認し、次に、若者が労働組合というセーフティーネットを知る機会から洩れた要因を検討する。そして、労働組合を知る機会に「恵まれた」若者と「恵まれなかった」若者の社会的格差を是正する為の施策を検討することを本提言の主目的とする。以下、第2章では、まず近年の若者が、労働組合の存在をどのように認識しているのか検討する。第3章では、労働組合に対する無知やあいまいさがもたらす、若者への社会的不利益を検討する。第4章では、労働組合を知る機会に「恵まれた」若者と「恵まれなかった」若者の社会的格差を是正するための提言を検討する。

2.労働組合や連合を知らない若者たち

 昔から若者にとって、労働組合は無知な存在だったのか、と言われれば、決してそうではない。藤村(2007)(3)によれば、1980年代までは、労働組合というと、「経営者に抵抗している」とか「賃上げのためにストライキをする」といったイメージが学生の間にもあり、「闘う集団」だと思われていたという。しかし、1990年代以降、社会の中で労働組合の存在感が希薄になっていくと指摘する(藤村2007:4)。時代の変化と共に、若者が持つ労働組合の認識にも違いが生じてきたと解釈するのが自然だろう。それでは、現代の若者は、労働組合をどのような存在として認識しているのだろうか?ここでは、連合(2017)(4)を始めとする複数のデータを手掛かりに、問いの答えを紐解いていく。
 まず、連合(2017)は、労働組合の結集体である日本労働組合総連合会(以下、連合とする)を手掛かりに、労働組合の認知率を分析している。世代別の動向を確認した場合、とりわけ10代の若者は、他の世代と比較して顕著な違いが見られる。具体的に、連合の「活動の内容を含め知っている」と回答した者はわずか4.0%、「名前くらいは知っている」と回答した者は26.0%、「知らない」と回答した者は70%を占める(連合2017:12、図表1を参照)。

図表1 連合の認知率調査(2017)

図表1 連合の認知率調査(2017)

資料出所:連合(2017:12)より引用

 その後、連合(2021)(5)では、同一の質問内容を用いた、労働組合に対する認知率調査を実施している。再度、10代の若者の世代別結果を確認すれば、連合の「活動の内容を含め知っている」と回答した者は3.0%、「名前くらいは知っている」と回答した者は50.0%、「知らない」と回答した者は47.0%となっている(連合2021:18、図表2を参照)。連合(2017)と連合(2021)を比較することにより、特に「知らない」と回答した者の推移が、大きく変化した傾向を見て取ることができる。

図表2 連合の認知率調査(2021)

図表2 連合の認知率調査(2021)

資料出所:連合(2021:18)より引用

 10代の若者の中で労働組合に対する認識が増加した要因の一つには、連合が主催する「大学寄付講座」の全国展開が挙げられるだろう。教育文化協会(6)によれば、2006年からスタートし、現在は、同志社大学を始めとする全6大学が、教育文化協会の直営の下で開講されている。地方連合会による運営主催の大学も全21大学あるという。あわせて日本全国27の大学で、若者に対して労働組合の知識を得る機会が提供されたことにより、多くの若者が労働組合の存在を正しく認識する機会を得たと考えられる(図表3を参照)。
 同志社大学(7)によれば、実際に、2021年度・同志社大学社会学部にて、春学期に開講された連合寄付講座「働くということ」では、学部2年次以上の学生を履修者対象とし、定員140名で科目開講された。労働組合や連合による一つ一つの取り組みにより、若者が労働組合を知る機会は圧倒的に拡充されたと言っても過言ではない。
  他方で、労働組合を知る機会に「恵まれた」若者と「恵まれなかった」若者の格差は、依然顕著であることは、事実として受け止めなければならない。各大学により、履修生の数には多少の差が出るため、今回は仮の算出にはなるが、一つの大学で連合寄付講座を受講出来る人数が140人とした場合、全国27大学で総計3780人の学生が連合寄付講座を受講できる。文部科学省(2020)(8)によれば、現在、日本の大学に在籍している学部生が262万4千人と推計されるため(文部科学省2020:2)、おおよそ約700人に1人の若者しか、連合寄付講座を受講できていないという社会的実態が伺える。
 つまり、多くの若者は、労働組合や連合というセーフティーネットの存在を知らずして、就職活動を行い、会社で働くことになる。同時に、労働組合や連合に関する知識を獲得し、社会に進出する若者は、依然限定的であることが理解できる。

図表3 連合が行う大学寄付講座

図表3 連合が行う大学寄付講座

資料出所:教育文化協会HPより引用

 労働組合を知る機会に「恵まれた」若者と「恵まれなかった」若者の二分化は、社会にどのような影響を及ぼすだろうか。連合(2015)(9)では、若者を調査対象者として、労働組合の取り組みに関する認知率状況を調査している。一定数の学生は「労働条件改善の取り組みを行っている」(37.3%)や「賃金引き上げの取り組みを行っている」(35.1%)などと、労働組合が担う社会的役割を理解している(連合2015:8、図表4を参照)。
 だが、「特になし」(33.1%)から見ても明らかなように、労働組合の役割に対する理解が乏しい若者が一定数存在することも事実だ(連合2015:8)。労働組合を知る機会に「恵まれなかった」学生について、藤村(2007)は最近の大学生は労働組合に対して、「よくわからない」というのが彼らの正直な感想であった(藤村2007:4)と指摘している。連合(2015)と藤村(2007)の主張は、非常に整合的である。
 つまり、一部の若者は、労働組合に対する学びの機会を享受できたことにより、働くためのセーフティーネットの重要性を強く認識できた一方で、いまだ多くの若者は、労働組合への接近機会に恵まれず、結果として、社会全体の若者の趨勢は、労働組合や連合からの「分散」傾向にあると考えられる。分散傾向の背景には、労働組合の存在が「よくわからない」という、若者の無知やあいまいさが大きく影響している。

図表4 労働組合の取り組みに関する若者の認知度

図表4 労働組合の取り組みに関する若者の認知度

資料出所:連合(2015:8)より引用

3.無知やあいまいさがもたらす社会的不利益

 無知やあいまいさは、極めて危険である。たとえ今、自らが何かの脅威に晒されていようとも、外からの危険信号が発されず、自分が危険な状況下に置かれていると理解できなければ、自分は安全だという誤った認識を生み、結果として、社会的不利益を被ることになる。労働問題でも同様である。連合総研(2015)(10)のように、自分が働いている状態に問題があることに気づくには、労働者に認められている権利が何かを知っていなければならない(連合総研2015:3)。
 つまり、問題に気づくことがすべての出発点であるにも関わらず、実態として、自分が働いている状態の異常さに気づけない(連合総研2015:1)問題が発生している。中嶌・梅崎(2019)(11)も引用するように、厚生労働省(12)によれば、労働者自身が自らの権利を守っていく必要性の認識が高まっている状況にもかかわらず、必要な者に必要な労働関係法制度に関する知識が十分に行き渡っていないことが、若者が無知やあいまいさをもたらしている原因の根幹に繋がっているのだろう。
 それでは、労働組合を知る機会に「恵まれなかった」若者たちが、正しい知識や素養を身につけ、働き方に対する無知やあいまいさからの脱却を試みるためには、どのような取り組みが必要になるだろうか。

4.筆者の政策的提言
―労働組合を知る機会に「恵まれなかった」若者に対する施策の検討―

4-1 連合への新たな提言

 筆者は、労働組合を知る機会に「恵まれた」若者と「恵まれなかった」若者の社会的格差を是正する為の施策を連合に対して提言したいと考える。とりわけ、これまでに連合寄付講座を受講できず、労働組合の存在や役割の重要性を認識する機会を享受できなかった若者に対して、必要な労働知識や情報を随時獲得できるプラットホームを構築する必要性があると考える。具体的に、いつでも・どこでも正しい労働知識の獲得ができるよう、連合寄付講座の講義内容や最新の労働情勢、時事問題をラインナップ化する。そして、アプリケーションやオンライン・システムなどの情報伝達手段を開発・運用して、雇用・労働知識の獲得機会を提供することが、今後の社会に強く要請されるのではないかと考える。
 本提言の検討にあたっては、募集テーマに掲げられた、コロナ社会に伴う「新たな運動様式」への対応とも深く関係している。コロナ社会により、労働組合の基本原理であった「結集」は困難なものとなった。個々人が広く分断化させられたことにより、集まることに最大の利点を持つ労働組合の特徴を強く押し出すことが困難な社会環境となっている。
 一方で、コロナ社会の到来は、アプリケーションやオンライン・システムを主軸とするデジタル化に適合した学習機会が助長されたとも考えられる。今はまだ結集が難しく、各自が分散した社会環境下ではあるものの、今の時代に適合した、ユビキタスな情報プラットホームを開発、展開しておくことは、一人ひとりの孤立した労働者の思いや悩みを拾い上げ、耳を傾け、労働者同士の社会的連帯を構築し続けることが可能となる。
 更に、いつでも労働知識に接近できるプラットホームを形成しておくことは、これまで労働組合を知る機会に「恵まれた」若者にも良い影響をもたらす。南雲(2018)によれば、学生時代に獲得したワークルール知識は「剥落」しうる(南雲2018:9)と指摘する。個々の労働環境や雇用状況に合わせて、今、必要とする労働知識にいつでも立ち返ることが出来る、リカレント・スタイルの学び場を構築することができるだろう。

4-2 本提言の社会的意義と役割

 これまで、長らく取り組まれてきた連合や労働組合の活動に対して、本提言の内容は、どのような役割と貢献をもたらすことができるのか、検討を行う。
 1点目は、「働くこと」につなげる5つの「安心の橋」に対する貢献である。連合(13)が提唱する5つの安心の橋のうち、本提言は【橋Ⅰ】<学ぶことと働くことをつなぐ>に深く関係すると考える。具体的に、「労働教育のカリキュラム化の推進」という項目がある。連合寄付講座の講義内容や最新の労働情勢、時事問題をラインナップ化し、アプリケーションやオンライン・システムなどの情報伝達手段を用いながら、雇用・労働知識の獲得機会を提供するといった本提言は、カリキュラムの細部に立ち入った、具体的な教育内容の提案に帰結するのではないかと考える(図表5を参照)。

図表5 「働くこと」につなげる5つの「安心の橋」

図表5 「働くこと」につなげる5つの「安心の橋」

資料出所:連合HPより引用

 2点目に、連合(14)の2020-2021年度における運動方針のうち、推進分野の一つである「4.連合と関係する組織との相乗効果を発揮しうる人材育成と労働教育の推進」に関係するのではないか、と考える。多くの若者が就職活動を経て、企業に入社し、働くキャリアを辿る。労働者の一人として仕事を行う時。タイミングが相俟って企業の労働組合の担当者になる時。単一企業のみならず、複数企業の労働組合の担当者になる時。タイミングは個々人によって異なるが、働く誰しもが、仕事の上で欠かせないワークルールを見直す時が訪れるに違いない。自らが必要とする時に、いつでも立ち返ることの出来るプラットホームを構築することは、誰もが、正しい労働知識を、その都度獲得するための教育機会を提供することに繋がるだろう。
 そして、Withコロナ・Afterコロナと呼ばれる、新たな雇用環境の下、たとえ物理的な結集は難しくとも、労働者一人ひとりが正しい労働知識を身につけ、働き続けることができる、時代に適合した社会システムを構築することが重要な意味を持つと筆者は考える。

5.参考文献 *本文引用順に掲載。本文中に番号を記載しております。

  1. 厚生労働省「労働組合 / 労働委員会」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/roudoukumiai/index.html、2021年7月25日最終閲覧
  2. 南雲智映(2018)「若者のワークルール知識と労働組合についての認識」『労働調査』第 578号、pp.4-9
  3. 藤村博之(2007)「若手組合員に労働組合をわかってもらう方法を考える」『労働調査』第455号、p.4
  4. 連合(2017)「日本の社会と労働組合に関する調査2017」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20170831.pdf?1189、p.12、2021
    年7月20日最終閲覧
  5. 連合(2021)「多様な社会運動と労働組合に関する意識調査2021」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20210427.pdf?1187、p.18、2021年7月25日最終閲覧
  6. 教育文化協会「連合が行う大学寄付講座」
    https://rengo-ilec.or.jp/seminar/index.html#kougiroku、2021年7月24日最終閲覧
  7. 同志社大学「先行登録科目 登録要領」『2021年度 社会学部・履修要綱』
    https://ss.doshisha.ac.jp/attach/page/SOCIAL-PAGE-JA-52/150352/file/5_senkohtohroku_tourokuyohryoh.pdf、p.21、2021年7月22日最終閲覧
  8. 文部科学省(2020)「令和2年度学校基本調査(確定値)の公表について」『学校基本調査』https://www.mext.go.jp/content/20200825-mxt_chousa01-1419591_8.pdf、p.2、2021年7月24日最終閲覧
  9. 連合(2015)「若者の関心と政治や選挙に対する意識に関する調査」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20150803.pdf?1190、p.8、2021 年7月24日最終閲覧
  10. 連合総研(2015)「労働者教育が健全な日本社会をつくる~人材の使い捨て阻止と労働組合の役割~」https://www.rengo-soken.or.jp/work/201511_03.pdf、pp.1-3、2021年7月23日最終閲覧
  11. 中嶌剛・梅崎修(2018)「労働組合による教育は学生の認知をどのように変えるのか?:連合寄付講座『働くということと労働組合』の実践報告」『生涯学習とキャリアデザイン』第16巻、第2号、pp.149-158
  12. 厚生労働省「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方」『政策レポート』
    https://www.mhlw.go.jp/seisaku/2009/02/03.html、2021年7月24日最終閲覧
  13. 連合「『働くこと』につなげる5つの『安心の橋』」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/about_rengo/society/vision.html、2021年7月25日最終閲覧
  14. 連合「2020~2021 年度運動方針」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/about_rengo/data/2020_2021_houshin.pdf?7334、2021年7月25日最終閲覧

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