第4次産業革命が進展した社会における労働運動課題
―労働組合こそ新情報技術の積極的な利活用を―
松岡 康司
Ⅰ.はじめに
第4次産業革命を本格的に迎えつつある今日。その核となる新情報技術―IoT/ビッグデータ・AI―やスマートフォンなどのディバスを活用したデジタル社会の進展は、人々の生活をより便利にし、あらゆる産業の活性化やイノベーションにつながるだけではなく、超少子高齢による労働力人口減少や過疎化、資源・エネルギーの問題など、日本が抱える様々な社会的課題の解決も期待されている。
政府が提唱する「Society5.0」(注1)においても、①IoTで全ての人とモノがつながり、新たな価値が生まれる社会、②イノベーションにより様々なニーズに対応できる社会、③AIにより必要な情報が必要なときに提供される社会、④ロボットや自動走行車などの技術で、人の可能性がひろがる社会――といった新情報技術の利活用による未来社会のビジョンが示されており、産官学が一体でこの実現に向け取り組んでいる。新情報技術は、これからの社会に欠かせない極めて重要な技術であり、これらの技術によって実現されるデジタルトランスフォーメーション(注2)こそが、課題先進国・日本の切り札となることは間違いないだろう。
一方で、新情報技術、とりわけAIの利活用については、社会に与える悪影響や最先端研究者の倫理に関わる課題等が指摘されており、中には、人間の知能を超えたAIの誕生を危惧する専門家もいる。
今一度、第4次産業革命が進展した社会を労働組合の視点から冷静に検証し、労働者の未来のために労働組合に何ができるのかを考えてみたい。
Ⅱ.第4次産業革命の進展に伴う労働組合の課題
第4次産業革命は、労働者や労働組合にどのような影響を及ぼし何が課題となるのか。大小さまざまな課題が想定されるが、今回は労働組合の根幹に関わる課題に特化して、以下の二つを提起したい。
1.雇用(労働移動)に関わる課題
2014年にマイケル・オズボーン博士らが公表した「米国において10~20年内に労働人口の47%が機械に代替可能である」という試算(注3)は、あくまでも機械による代替の可能性であり、別の雇用が生まれる可能性を加味しておらず、雇用が半数になることを述べているわけではない。とはいえ、この試算は大きな反響を呼び、その後、AIと雇用をテーマに多くの試算や論文が発表された。
2017年、三菱総合研究所が「(日本国内において)2030年までに500万人の新規雇用創造と740万人の既存雇用喪失の可能性」があるとの試算結果(注4)を公表した。この試算結果は、マイケル・オズボーン博士らが公表した「機械による代替」とは異なり、新たに生まれる雇用より失う雇用が多い事実、つまり失業や労働移動などの雇用問題が避けられないことを示している。もちろん、あくまでも試算であり、必ずしも数値どおりの事象が発生するとは言い切れないが、雇用への影響を見据えた対応を今から検討・準備することは、労働組合の重要な役割であり、転ばぬ先の杖として決して無駄にはならない。2030年まであと約10年。この最大の課題に、労働組合はどのような対策を提示できるのだろうか。
2.労働組合活動に関わる課題
「在宅勤務」、「モバイルワーク」、「サテライトオフィス勤務」に代表されるテレワークという働き方は、すでに私たちの職場でも浸透しつつある。第4次産業革命の進展に必須である情報通信技術のさらなる向上は、あらゆる場所をワークスペースに変え、時間の有効活用を可能とする環境を今後も広げていくだろう。
テレワークは、2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックや次世代移移動通信システム(5G)の商用化を契機に進展し、介護問題等により「2025年には一般化する」と予想する専門家もいる。第4次産業革命がさらに進んだ近い将来、これまでのように決まったオフィスで丸一日働く人はごく少数となるだろう。
一方で、職場に働く人がいない時代の労働運動はどのようものだろうか。決まった職場に働く人がいなければ、労働組合の代名詞である“フェース・トゥ・フェース”を軸とした活動が難しくなることも想定される。オルグ(職場対話)活動や職場点検に出向いても職場に組合員がいない、団体交渉の相手すらオフィスにいない。そのような環境下で、労働組合は、その存在価値をどう示していけるのだろうか。
Ⅲ.労働組合は何ができるのか
第4次産業革命の進展により生じる雇用や労働組合活動の課題に対し、労働組合はいかなる手立てが考えられるだろうか。結論から言えば、新情報技術の積極的な利活用が、これら課題解決の道を切り開く。もちろん、新情報技術、とりわけAIの利活用にあたっては、人間や社会全体にとって有益であること、つまり個人の権利や社会倫理等が保障された人間中心の考え方が醸成され、それに基づくルールが整備されていることが前提である。
その上で、前項Ⅱ.で課題とした二点の対策として以下、提言する。
1.提言「労働移動に対応できるシステム構築等における連合の役割発揮」
労働組合における新情報技術の利活用は、すべての労働者の業務スキルや実績等の情報を企業の枠を超え、インターネットを通じてアクセス可能なデータベースを構築することから始めたい。
しかし、この実現には超えなくてはならない高いハードルが存在する。第一のハードルは、労働者(実名)の業務スキルや実績等は、個人情報であり、その中でもこれらはプライバシー性が高く、他人にはあまり知られたくない情報であること。加えて、企業固有の人事・賃金制度や事業運営にも密接に関わっている。したがって、これらの情報は極めてセンシティブな扱いが求められる。
第二のハードルは、業務スキル程度の評価が企業ごとで異なっていること。これまで客観的・共通的な評価がなされてこなかったマネジメント能力や企画力など、オフィスワーカーのスキルなども含め、評価基準を標準化・全体化する必要がある。
したがって、この高いハードルを越えていくためには、働く意思のある者の失業期間を可能な限り短くし、人材が不足している企業や産業に労働力を移動するという、政労使の目的共有と密接な連携が重要な鍵となる。具体的には、まず評価基準作成に向けたガイドラインやデータベースの運用ルール、ハローワークをはじめとする公共機関とのデータ共用・役割分担など、政府が法制化も含めた環境整備を図った上で、労使がデータベースへの情報登録を積極的に推進するなど“オールジャパン”での対応が不可欠である。
次に、このデータベースを活用するために、今後起こり得る「新規雇用創造と既存雇用喪失」をタイムリーにマッチングさせる、職業紹介と職業訓練が一体化したシステムをインターネット上に構築する。
運用イメージは、以下のとおりであるが、とりわけ連合には、先述したデータベースおよびシステム構築と次に述べるシステム運用も含めて、その推進役を求めたい。
- 人材募集する企業(新規雇用創造)は、当該の労働組合との登録内容の確認を踏まえ、新規に創造された雇用の業務内容、必要な業務スキルやそれを身につけるための学習資材(eラーニング形式が望ましい)をシステムに登録する。
- 求職者は、必要な人材情報を登録する。また、企業(雇用喪失)、および労働組合がシステムに登録する場合は、当該本人の希望、または同意に基づき登録する。
- AIが、登録情報によりデータベースからマッチする人材情報をピックアップし、募集した企業(新規雇用創造)、および労働組合に提供する。
※採用は募集企業と求職者の個別対応で決定 - 同様に求職者、(登録者が企業、労働組合の場合はそれぞれの組織)にも登録したスキル等とマッチする雇用情報が提供される。加えて、業務スキルの情報や足りないスキルを補うための学習資材をAIが判断し、提供する。
- 求職者の学習状況はデータベースで登録・管理され、(3)のフローに続く。
ただし、このシステムが完全に機能したとしても、雇用問題のすべてが解決するわけではない。先の三菱総合研究所の試算結果(「新規雇用創造」で生まれる雇用の数より「既存雇用喪失」で失う雇用の数が多い)を踏まえれば、それでも雇用を喪失してしまう人たちへの対応が不可欠である。
実際には、第4次産業革命の進展に伴う雇用や賃金、働き方への影響はもとより、外国人労働者数や実態等を含め、今後の労働力人口を総合的に勘案しなければならいが、現在考えられる対策としては、①雇用等に著しい影響を与える産業や業種等における新情報技術の利活用の規制、②労働者間のワークシェアリング、③ベーシックインカム(注5)などによる最低所得保障の充実・見直し――等が考えられる。
いずれの対策も実施には大きな社会的インパクトを伴うとともに、その効果にも一長一短がある。対策の組み合わせや詳細な運用ルールなどを決めていく際には、国民全体での論議が不可欠であり、労働組合としても、これらの課題を真正面から受け止め、連合を中心に論議をリードし、社会的な気運を高めていく必要がある。
2.提言「全労働組合共通のスマートフォンアプリによる活動の展開」
対話活動に行っても職場に組合員がいない・・・。そんな状況が近い将来に起こり得ることは先述したとおりである。このように、働く場所や時間が区々である組合員への対応として、例えば、インターネットを活用したテレビ会議システムの活用が考えられる。この他にも、情報共有や事務手続き、相談窓口などもインターネットを介したメールやホームページでの対応も有効である。こうした将来の事例を挙げるまでもなく、多くの労働組合ではすでに諸活動にインターネットをごく普通に活用している。私の所属する労働組合でも同様であり、インターネットと労働組合活動の親和性の高さは経験的に感じている。
しかし、そのほとんどが、メールやホームページを介してのやり取りが中心であり、全組合員が一元的にオンデマンドでサービスを受けられる、または活動に参加できるようなプラットフォーム(注6)をインターネット上に構築している労働組合はまだ少ないのではないだろうか。
インターネット上にプラットフォームを構築できれば様々な活用が考えられる。例えば、組合員のスマートフォンに労働組合のアプリ(注7)がインストールされていることを想像してほしい。
朝、組合員A氏のスマートフォンには、労働組合からの「お知らせ」が通知されている。彼は、「労働組合アプリ」を立ち上げ、共済の締切り日が今日であることを知る。あわてながらもアプリ内の「各種手続き」に従い、継続申込みの対応をスムーズに完了した。職場対話会開催の「お知らせ」も入っていたので、「テレビ会議システムでの参加」と、これもアプリ内の選択ボタンをタップして返信。間もなくテレビ会議システムにログインするためのIDとパスワードが自動でスマートフォンに送られてきた。最後の「お知らせ」は賃金に関するアンケートへの回答要請であったので、アプリ内で該当する項目をタップし、回答をすました後、彼は自宅でPCを開きテレワークを開始した。
組合員がどこにいてもサービスを受けやすい・活動に参加しやすい、というイメージを持っていただけただろうか。さらに、このスマートフォンアプリを単組や産別に限定せず、共通メニューやプラットフォームを連合で一元化することにより、開発・維持費の低減や前項の雇用マッチングサービス等も個々人のスマートフォンに提供できるようになる。ちなみに、総務省「平成30年度版情報通信白書」によれば20~59歳のスマートフォンの保有率は90%以上、60~69歳でも73%であり、労働者のほとんどがスマートフォンを持っていると考えてよいだろう。
一元化されたプラットフォームと労働組合共通アプリによる組合員サービスの提供は、労働組合活動の効率化にも寄与する。事例にも示したA氏のスマートフォンから送られた共済の提出書類は、A氏が所属する組合事務所を経由することなく、共済を運営する事業体に送信され、進捗状況がA氏のスマートフォンアプリと執行部のPCの管理ソフトに反映される。アンケートについても、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)(注8)により労働組合で管理すべきデータがプラットフォームに蓄積され、単組のみならず、産別や連合でもそれぞれの組織において必要なデータが活用できる。
スマートフォンから送られたこれらのデータは、ビッグデータとして必要に応じAIで解析され、数値・グラフ化として当該の組合役員に示される。アンケート用紙の配布・回収、結果のとりまとめなど、単純だが稼働を要する作業から組合役員が解放され、企画や政策づくりなどの重要な活動に集中できる環境が整う。職場に組合員がいない場合の対応として先述した職場対話会におけるテレビ会議システムの使用も、労働組合側からみれば旅費や会場費のコスト、組合役員の移動時間節約にもなる。
また、スマートフォンアプリは工夫次第で取り組みへのさらなる応用も可能である。例えば、「賃金支払いに関する労使協定(24協定)」の締結が困難な個人ユニオンの組合費徴収では、課金機能の活用(現状は手数料に課題がある)が考えられるし、自然災害時に、アプリ機能を使って、組合員の安否確認ができれば、大掛かりなシステムを持てない単組でも組合役員の稼働をかなり抑えることができる。
さらに、本アプリの使用を組合員に限定することなく、労働相談やワークルールの解説をはじめとする情報提供など、コンテンツの一部を開放することにより、全ての働く人たちに対する労働組合の社会的役割の発揮と労働組合加入の訴求効果も期待できる。加えて、アプリと同期したPC版において同様のサービスを提供することにより、インターネットを介して仕事を行うクラウド・ワーカー(注9)をはじめ、未組織労働者への幅広いアプローチも開けてくるのではないだろうか。
なお、前項1.の一元的データベースの活用と合わせて、労働組合における新情報技術の利活用イメージは上図(著者作成)のとおり。
Ⅳ.まとめ
第4次産業革命が進んだ社会で実現されるデジタルトランスフォーメンションは、超少子高齢化が進む課題先進国・日本の切り札であり、特に経済界や産業界をはじめ各方面からも熱い期待が寄せられている(もちろん筆者も期待している一人である)。その期待の高さからか、労働組合主催の諸会議等やシンポジウムでも、第4次産業革命の光の面にスポットがあてられ、論議される機会が多いが、影の面については案外語られることが少ないように感じる。しかし、第4次産業革命の進展に伴う影の面、とりわけ労働移動への影響を正しく見極め、しっかり対応することこそ、労働組合が社会から最も期待されている役割であろう。
一方、その役割発揮が期待されている労働組合の実態はどうだろうか。例えば組織拡大。ブラック企業の横行、ハラスメントや過労自殺のニュースが毎日のように流れ、労働環境や処遇の劣悪さが可視化されているにも関わらず、それらを改善するために労働組合に加入した、または立ち上げたというニュースは非常に少ないように感じる。
では、労働組合が何もしていないのか、といえば決してそのようなことはない。しかし、職場に近い組合役員からは、所属する組合員を守り現状の維持が精一杯の状況で、組合役員のなり手も不足しているとの声も聞く。個人の価値観、雇用形態、対置する会社の事業内容等が多様化し、労働組合が扱う課題の範囲が拡大し続けている中、全ての活動を“フェース・トゥ・フェース”で対応するには、職場に近い組織ほど人材や活動資金が不足している、というのが実態なのではないだろうか。
私も“フェース・トゥ・フェース”の運動を基本に活動してきた役員の一人であり、「互いの顔が見える」活動スタイルを決して否定するものではなく、その基本が完全に変わることはないが、従来の運動スタイルに頑なに拘るのではなく、新たな運動スタイルへの変化を受容していくことが、次の活路を見出すものと考える。
労働組合における新情報技術の積極的な利活用は、単組・産別が組織の枠を越え、各々のデータの共有のみならず、優れたノウハウや経験が混ぜ合わさり予想しなかった効果やアイディアが生じる「科学反応」を促進させる。
このことは、単に、組織活動の効率化だけではなく、組織強化・拡大はもちろん、時代にマッチした新たな運動を創造する可能性も秘めている。デジタルトランスフォーメーションは労働組合にとってもまさに切り札であり、とりわけ連合には、現実・仮想社会の両面で、未組織労働者も含め、すべての労働者のためのプラットフォーマーとしての社会的役割発揮を強く期待するものである。
備考、参考資料等
- (注1)日本が提唱する未来社会のコンセプト。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、新たな未来社会。
- (注2)2004年にスウェーデンのストルターマン教授が提唱した「進化し続けるITテクノロジーが人々の生活を豊かにする」という概念。
- (注3)マイケル・A・オズボーン博士とカール・ベネディクト・フライ研究員との共著で2014年に発表した論文「未来の雇用」より引用。
- (注4)三菱総合研究所ホームページより引用。
https://www.mri.co.jp/opinion/column/trend/trend_20170522.html - (注5)最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を定期的に支給するという政策。
- (注6)基盤や土台、環境を意味する言葉。ここではビジネス用語として、商品やサービスを提供する企業と利用者が結びつく場所を提供すること。
第三者がビジネスや情報配信などを行う基盤として利用できる製品やサービス、システムなどを提供する事業者はプラットフォーマーと呼ばれている。 - (注7)正式にはアプリケーションと呼ばれるもので、ゲームやメール・音楽プレイヤーといったOS上で動くソフトウェアのこと。ここではスマートフォン上で使用する様々なソフトウェアを意味する。
- (注8)ルールエンジン、機械学習、人工知能などの認知技術を活用した、オフィス業務の効率化や自動化に向けた取り組み。
- (注9)企業が不特定多数の群衆に業務をインターネット上で発注するクラウドソーシングを通じて業務を受注し、仕事をしている者。発注者とクラウドソーシングの受注者であるワーカーの関係は基本的に業務委託であるが、実態は雇用労働に近い働き方で仕事をしているケースも散見されるなど、問題が指摘されている。