私の提言

奨励賞

高齢者雇用ベンチャー企業奨励制度の提案
―超高齢社会でのこれからの働き方

三宅 理沙

1.背景

1.1.過度な少子高齢社会、日本
  現在の日本では少子高齢化が深刻であり、統計のある国の中では最も総人口に占める高齢者の割合が高くなっている(図1)。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2040年には65歳以上の人口は35.3%に達すると言われており、実数においても生産年齢人口と逆転する見込みである1)。これらの統計から、我々が早急にこのような人口構造にフィットした社会基盤を築いていかなければならないことは明らかである。

図1 主要国の高齢者人口の割合の比較(平成29年)

総務省統計局HPより引用(平成29年度) http://www.stat.go.jp/data/topics/topi1031.html

 高齢者が増えて労働人口が減少することは、より少ない若い世代がより多くの高齢者を支えなくてはならない状況を意味している。少子高齢化に対する対処策が与えられることなくこれが進めば、日本が財政的に窮地に陥ることは容易に想像できる。
 そんな中、日本における高齢者の雇用は高齢化と共に増加しており、2006年の改正高年齢者雇用安定法2)の施行以降、各企業は①定年制の廃止、②定年の延長、③継続雇用制度のいずれかを選択することが義務となったこともあり、60歳~69歳で働く人口は着実に増えている(図2)。中でも特に③継続雇用制度を選択した企業が多く、60歳の定年を迎えた後も65歳まで働ける企業が半数近くを占めている(図3・4)。

図2 男女別高齢者の就業率の推移(平成元年~28年)

総務省統計局HPより引用 http://www.stat.go.jp/data/topics/topi1033.html

図3 雇用確保措置の内訳

厚生労働省雇用対策基本問題部会資料より引用
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001rgw7-att/2r9852000001rh0k.pdf

図4 各種指標の推移(51人以上規模企業:下線付きは31人以上規模企業)

厚生労働省雇用対策基本問題部会資料より引用
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001rgw7-att/2r9852000001rh0k.pdf

 しかし、厚生労働省の行った928社に対する意識調査の結果、この増加の理由の半数近くはあくまでも「高年齢者雇用安定法の改正に対応したため」、「継続雇用の希望者が増加したから」であり、必ずしも高齢者の雇用に積極的とは言えない状況である3)。つまり、多くの企業にとって高齢者の雇用はコストとして捉えられている可能性が高いのである。
 また、リタイアした高齢者を消費者として捉えたサービスは巷に溢れている。みずほコーポレート銀行の見通しでは、2025年までに高齢者向けマーケットの市場規模は100兆円に達すると言われている4)。果たして、約40年にわたって働いて貯めてきた給料や年金を残りの人生で使うことだけが高齢者の日本経済に対する役割なのだろうか。
 以上に述べてきたこれからの人口構造に日本がフィットしていくには、高齢者の日本経済に対する生産性を向上し、健康寿命ならぬ生産寿命を延ばす仕組みを作る必要があると考える。そこで、高齢者が現役時代に企業で培った実務経験やスキルを活かせる場づくりの必要性を提言したい。

1.2.日本のベンチャー企業を取り巻く状況
 次に、若い世代にフォーカスを当ててみよう。現在、国内においてはベンチャー企業の活躍が目覚ましい。ベンチャー企業にはメガベンチャーと呼ばれるような資金調達に大きく成功して人材登用を積極的に行える企業もあれば、資金と人材の確保に苦労している企業も少なくない。あるデータでは、ベンチャー企業の30%近くが人材採用に経営ニーズがあると答えている5)。人材不足が足枷となり企業の成長を妨げているケースがあることも予想される。中でも、採用コストのかかる財務や法務の知識を持つ人材の確保が困難なのではないだろうか。
 また、ベンチャー企業では学生をコストの低い長期インターン生として雇っているケースが多いが、起業したての段階では社内教育もまともに出来ず、学生にとっての学びは自分たちで能動的に動くことによってしか得られにくい。基本的なビジネスマナーや、営業での交渉、契約書の決まり、業務フローのデザイン、販促、財務諸表の読み方/作り方、法律や制度、リサーチの仕方など、身近な有識者にアドバイスを直に貰える環境があれば、インターン生の成長と円滑な業務の遂行が期待できる。そのようなフォローが確立していれば、来る就職の際も新たな職場への適応がスムーズになるだろう。
 ベンチャー企業の新入社員に対しても同様、新人教育は充実していないことが予想できる。メンターとなる人材まで調達するのはコストもかかるし、新入社員は漠然とした不安を抱えかねない。早期離職の恐れさえあるのだ。

 少子高齢化による労働人口減少とベンチャー企業設立初期の人材不足を解決するべく今回提案するのが、「高齢者雇用ベンチャー企業奨励制度」である。

2.提案内容

2.1.高齢者雇用ベンチャー企業奨励制度の概要
  “退職済み高齢者×ベンチャー企業”

 「人生100年時代」6)と巷では言われているが、未だに日本の多くの企業が65歳を雇用の上限に設定している。医療の充実によって健康寿命も上がっている日本では、65歳を超えても働けるポテンシャルのある方々が多い。もちろん現役時代同様のフルコミットな労働環境を続けさせることは避けるにしても、退職後の会社員の豊富な知識・経験を活用する場を作っていくべきだと考える。具体的には、人材育成や人材確保に困難を感じているベンチャー企業に退職後の高齢者を送り込み、若手社員やインターン生に基本的なスキルをアドバイスさせたり、財務や法務など専門的な領域のアシスタントを任せたりと、若い世代の育成や業務の補助を目的とした仕組みが生まれるべきであることを強く提言したい。
 そこで、高齢者を採用するベンチャー企業を支援する制度づくりを提案する。制度の中身は、①双方のマッチングのプラットフォーム形成によるスムーズな適切人材/企業の紹介、②高齢者雇用導入企業に対する支援、③高齢者が活き活きと働ける環境を実現した企業への表彰制度である(図5)。
 ①について、行政が主体となって、アルバイト感覚で気軽に働きたい高齢者と、高齢者を登用したいベンチャー企業が集まるプラットフォームを構築する。定年退職者の元々の業種・役職をカテゴライズすることで、それに見合った最適なベンチャー企業とのマッチングが可能なシステムを構築する。既存の一般企業には、退職した自社の社員に本サービスを紹介することを推奨することで、潜在的被雇用者への認知を促す。そして、希望者が本システムに情報などを登録することで、ベンチャー企業の適切なポジションの求人情報を受け取ることができるというものである。蓄積された高齢者の情報にベンチャー企業もアクセスでき、人材のスカウトも可能となる。行政主導のシステムであることが、企業や高齢者に安心を持たせる要素となる。
 ②の支援内容は、高齢者雇用を導入する企業に対する高齢者の人材紹介はもちろんのこと、採用担当者向けの制度に関するセミナーの開催や、登録企業に対する何らかの優遇措置を設けることなどが考えられる。優遇措置としては税制的なものが第一に考えられる。税負担に係る特別措置の延長などが、実行可能な範囲ではないだろうか。
 ③は、働く高齢者と雇う企業双方の満足度を調査してそれが優れている企業や、独自のシナジーを生み出せている企業を定期的に表彰し、助成金を支給するものである。総務省や経産省が主催する優良ベンチャー企業に対する表彰は既にいくつもあり7)、新たな形でベンチャー企業界隈を活性化することができるだろう。

図5 提案の概要

筆者作成

 高齢者の働き方の例として、週3回程度、時給を1000円~5000円、勤務時間3~5時間/日など。これは、高齢者が受給する年金の減額を避けるため、厚生年金の適用を受けない、かつ高齢者に無理のない範囲を想定したものである8)。高齢者はフルタイムで働く必要がないため、余暇も十分に担保されている。他にも、高齢者を重要な会議や意思決定時における監督的な役割において、週1回程度の勤務で月給を設定するといったパターンや、在宅勤務を可能にした自由度の高い働き方の導入など、多様な雇用形態が考えられる。

2.2.ターゲット
 対象は、経済的特別困窮していない、65歳以上のリタイアした高齢者である。
 図6を参考に、65歳以上の高齢者人口を3500万人9)、経済的に心配のない高齢者をその中の70%と仮定したとき、現時点で2450万人の潜在的ターゲットが見込める。

図6 高齢者の暮らし向き

内閣府HPより引用 http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2016/html/zenbun/s1_2_2.html

 なお、経済的に困窮している高齢者は、病気などの何らかの理由で働けないものとして、今回の対象からは外している。
 ベンチャー企業は、設立後の年数、平均年齢、社員数などで一定の上限を設け、基準をクリアする駆け出しの企業を支援制度の対象とする。今回ベンチャー企業という括りにしているのは、高齢者にとって柔軟な働き方が出来て、かつ高齢者雇用の潜在ニーズがあり、採用プロセスの単純さや、若い社員が多いことなどを、実現性を担保する要素として重視したためである。

2.3.優位性
 現行制度(改正高年齢者雇用安定法)の発足後、大企業・中小企業で定年退職者が存在する企業がその対応に迫られ、仕方なく対応したという企業が多かった。その点ベンチャー企業では、主に20代~30代の若い世代が働いているためそもそも該当世代が社内におらず、制度とはほぼ無縁の領域であった。しかし、本提案ではベンチャー企業に高齢者雇用の選択肢を与え、人材育成や人材確保の新たな方法を拓くことで、企業と高齢者にとってwin-winな仕組みを作っている。高齢者にとっても、退職後に自らのスキルを活かして働ける場があることは安心につながるだろう。
 また、ベンチャー企業は自由度の高い働き方ができる職場が多く、フレックスタイム制やテレワークの存在、シフトの融通性、意思決定のスピードなどを考慮すると、一般大企業の継続雇用制度の延長を推進するよりも簡単に制度として導入でき、高齢者の負担も少ないという側面もある。
 本提案は高齢者の雇用を促進することが目的なのではなく、あくまでも高齢者を生産者として位置づけ、そういった世の中の見方をも構築していくことを目指している点で、制度による高齢者の雇用の安定や、年金受給対象年齢までの収入保障のための定年の延長とは根本的に目的が異なっている。

2.4.課題
 こういった制度を構築することで、いくつかの課題の浮上が予想できる。まず、高齢者のノウハウを低賃金で搾取しようとする企業が現れることがひとつの懸念である。私の見込みでは、この課題は提案③「高齢者が活き活きと働ける環境を実現した企業への表彰制度」によるインセンティブ設計で解決可能と考える。表彰されることでその企業の認知度が上がり、イメージの向上にも繋がるため、満足度の高い職場を設計することは企業にとってメリットとなる。また、被雇用者が不当な待遇を受けたら、労働組合等に相談できる窓口を予めガイドしておくことも解決につながると考えられる。
 他にも、世代間の価値観・考え方の差異による衝突が起こり得る。しかし、高齢者が人口の4人に1人、3人に1人…となっていく日本において、若者と高齢者の分断の加速は別次元で食い止めていくべき課題である。本提案が、ベンチャー企業の自由な気風や世の中のトレンドを高齢者に感じさせ、若者には高齢者に対するリスペクトを抱かせる、相互理解を深める手段となることを期待したい。

2.5.展望
 本提案の波及効果と考えるのは、大きく世代間の相互理解と、高齢者の生きがいの形成、ひいては超高齢社会にフィットした高齢者の生産性のデザインである。
 高齢者と若い世代が交流する場は、現状充実しているとは言えない。高齢者には高齢者の、若者には若者のコミュニティがある。能動的に歩み寄ろうとしなければ、お互いのことは見えてこないようになっている。超高齢社会において高齢者と若者が分断されたままでは、溝は深まっていくばかりであろう。高齢者には経験、若者には新鮮な考え方、といった風に、どちらにも良さがある。本提案が世代間の相互理解を促し、リスペクトを前提としたフラットな関係が実現されることに繋がっていくことを見込んでいる。
 高齢者にとっても、簡単に人材を代替できる一般的なアルバイトを選ぶよりも、これまでの職業人生を通じた経験・知識を還元していける働き方の方が、生きがい、自己効力感を醸成するのにベターである。退職後も高齢者が誇りを持ってディーセントに働ける環境が、世の中により増えていけばと願う。
 更に、高齢者を消費者と捉えたマーケットが大きくなっている中で、高齢者が経験を世の中に効果的に還元していく仕組みを作ることで、高齢者を単なる消費者から生産者へと、経済の供給側へと世の中の認識を変えていく流れが生まれることを期待している。所得再分配ならぬ経験再分配という概念が、きっと生まれてくるだろう。これらが実現すれば、超高齢社会に屈しない日本の働き方モデルが、続く各国のモデルとなっていくだろう。日本のただでは転ばない粘り強さ、存在感を世界にアピールしていこう。

2.6.労働組合の掲げる5つの「安心の橋」とのかかわり
 本提案は、連合が取り組んでいる橋Ⅰ、Ⅲ、Ⅴを架けていくことに関わる提案である。
 経験豊富な高齢者が若手社員やインターン生が業務上でぶつかる疑問・困難をサポートすることで、若い世代の効率的な成長を見込める。若い世代の生産性の底上げにつながり、橋Ⅰの補強が出来るのではないだろうか。また、ベンチャー企業では働くかたちも柔軟であり、今までにほとんどなかった高齢者にとってフレキシブルで自由な働き方を実現するという点で、橋Ⅲにも貢献している。中でも特に強調したいのが、高齢者の知識や経験を社会に活かせるという点で、橋Ⅴに大きく貢献しているということだ。

図7 5つの「安心の橋」のイメージ

「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けた政策(2017年7月改訂版)より引用
https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/seisaku_jitsugen/data/201107_teigen.pdf

3.むすびにかえて

 自分自身、ベンチャー企業に1年間学生インターン生として務めた経験がある。ビジネスの右も左も分からない中、資料制作や戦略立案、営業までを行ってきた。自分がいたベンチャー企業に参加している社員・学生インターンの平均年齢は20代、未経験であることがほとんどである。インターンの取りまとめを半年以上任され、多くの学生を見てきたが、取引先に対する電話応対やメール送付を始めとしたビジネスマナーに不安・心配を禁じ得ないシーンが多々あった。自分に関しても、営業でのマナーや交渉の進め方などが手探りでとても不安であったが、ベンチャー企業ではそういった教育がないことはよくある。そんな時に、身近な社内に一般企業勤務経験のある有識者がいればと思ったものである。
 また、自分の父親は既に定年を迎えており、継続雇用制度によって65歳まで元々の企業で勤務した上でリタイアしている。しかし、もちろん人それぞれではあるにせよ、自分の父親の場合は経験的・体力的に、まだまだ企業に給料に見合った価値を提供できる人材であると感じてしまい、他にも多くの同じような状況の退職者がいるのではないだろうかと、もどかしい思いを抱えていた。長年の会社勤めで培った知識・経験は、役目御免となりもはや社会には還元されないのだろうか。働くことが全てではないが、やはり社会との繋がりを持つのと持たないのとでは精神的な安定にも大きな違いが出るだろうと考えた。フルコミットではないにせよ、週に十数時間でも、自由度が高く気軽に働ける環境が高齢者に用意されていればと感じた。
 こうした自分を取り巻く2つの状況から、需要と供給が一致する仕組みをデザインできるのではないかと考え、今回の提言に至る。

 そもそも、生産者人口と高齢者人口を分けて語らざるを得ないこと自体を変えることはできないだろうか。私は高齢者の生産性に対する見方を変えて、両者の垣根を低くしていくべきだと考える。巷には高齢者をターゲットとした、消費者として捉えているマーケットが溢れているが、高齢者を供給側にシフトしていく試みこそこれからの超高齢社会で必要となるだろう。高齢者の生産性・価値認識を変えてゆき、高齢社会の成功モデルとして世界に発信できるような、誰もが働きながら安心を感じられる日本社会を築いていこう。


備考、参考資料、引用等一覧

  1. 総務省統計局HPより http://www.stat.go.jp/data/topics/topi1031.html
  2. 厚生労働省雇用対策基本問題部会資料より https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001rgw7-att/2r9852000001rh0k.pdf
  3. ベンチャー白書2017より。継続雇用制度を選択した理由を企業にアンケートしている 
    http://www.vec.or.jp/wordpress/wp-content/files/2017_VECYEARBOOK_JP_VNEWS_01.pdf
  4. みずほコーポレート銀行産業調査部のレポートより
    https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/bizinfo/industry/sangyou/pdf/1039_03_03.pdf
  5. ベンチャー白書2017より
  6. リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット『LIFE SHIFT』より。誰もが100歳まで生き得る時代にどんな働き方、生き方をしていくか考察した本で、世界的に大反響を巻き起こした
  7. 「ベンチャー・チャレンジ2020」にかかる 政府関係機関コンソーシアム及びアドバイザリーボード (第1回) 事務局説明資料 平成28年11月 内閣官房 日本経済再生総合事務局 より
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/venture_challenge2020/venture_challenge/dai1/siryou1.pdf
  8. 日本年金機構HPを参考にした http://www.nenkin.go.jp/service/kounen/index.html
  9. 総務省統計局HPより http://www.stat.go.jp/data/topics/topi1031.html

戻る