私の提言

奨励賞

既存の取り組みを生かした安全衛生第一文化の醸成

松木 伸介

 働くことに結びつく社会保障=5つの「安心の橋」は、誰もが社会参画をし、つながり、支えあうという連合の「働くことを軸とする安心社会」を考えるための基礎であり、私たちが働くために不可欠な考え方である。
 働くことで、社会とつながり、賃金を得て生活をする。生涯100年という時代を生きていくために、この日々の営みを継続するために、企業で安心して働くためには職場における環境整備が何より大切だと考える。
 職場の環境整備といっても、考え方次第では多岐にも及ぶ。事務所や倉庫周りの整理整頓から、所内の備品確認、現場で使用する工具、社有車のメンテナンス、作業の進め方や手順書の手入れなど、挙げればきりがない。これらは安全に仕事をするうえで最低限に大切な環境整備であるものの、どれほどの働く仲間が、求職をするときに重要視しているだろうか。

 私たち労働者が働こうと思い立ったときに誰もが目を通す書類がある。求人票だ。その求人票には、「賃金はいくらで、どのような手当てがあり、労働時間は何時間で休日は・・・」といったように、労働基準法に定める下限値以上の労働条件が記載されている。この情報を元に、自分のニーズにあった職種の求人票を横並びにみて、労働条件のより高い企業を中心に応募をし、就職につなげている。このことは、働く者にとっては、極めて自然なことである。
 企業に求める労働条件は、10人いれば人それぞれに考え方が違う。残業がないことを優先する人もいれば、何よりも賃金を優先する人も、福利厚生が手厚いという人もいるだろう。皆が知りたい労働条件に関する情報が「求人票」にはある。
 しかし、働く上で最も重要であるはずの情報が、それにはない。「安全衛生に関する情報」だ。私自身が就職をするために求人票を眺めていた頃には、何も気にしていなかったこともあり、おそらく誰もが同じように気にすることはないのかもしれない。「安全衛生は企業の責任で確保されている」と都合よく思い込み、そもそも求職する際の確認項目に安全衛生に関する情報は入っていないということも考えられる。
 ここで、日本における安全衛生に関する法律に触れておきたい。私たちの職場における安全衛生の基準は、昭和47年6月8日に施行された労働安全衛生法に基づいている。同法の第一条には「第一条 この法律は、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まって、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。」と記されている。
 この中で注目したいのは、単に労働災害を防止するだけでなく、快適な職場環境の形成を促進することを目的としている点である。これを実現するために、例えば続く第三条の3項「3 建設工事の注文者等仕事を他人に請け負わせる者は、施工方法、工期等について、安全で衛生的な作業の遂行をそこなうおそれのある条件を附さないように配慮しなければならない。」というような内容が同法には規定されている。
 「安全は何よりも最優先」という言葉は、多くの製造業・建設業などの企業で掲げられているものの、労働者にとってその職場が「安全衛生第一か否か」については、入社し、働いてみないとわからないのが現状ではないかと推察する。希望に満ちて入社したものの、職場における不安全な環境により労働災害に遭う、メンタルヘルス不全により働けない身体状態になるという可能性は誰もが持っている。そのような就労に対するリスクを私たち労働者自身の行動により、社会全体で低減し、誰もが安心して働きつづける環境を手に入れることはできないものか。
 企業にとって安全衛生確保は何よりも優先すべきである。しかしながら、企業は安全衛生に関する情報開示に対し消極的ではないだろうか。「労働災害を起こした過ちは隠したい、開示すれば取引先や消費者から敬遠されるのではないか」という心情が生まれ、慎重になっているのかもしれない。一方で、先進的な取り組みや、好事例であればどうだろうか。例えばNPOの取り組みを支援するといった社会的に良い活動をしている様は、ホームページ等により「当社は社会に貢献しています」などと大々的に宣伝をしているため、私たちが普段目にする機会はある。他方で、「当社では労働災害が年間で〇〇件発生し・・・」などの安全衛生に関する情報は、求職者をはじめ私たちが触れる機会はどうだろう。やはりその企業に所属してはじめて触れることができる情報ではなかろうか。
 そこでわたしの思いとして提言したいのが、安全衛生を働く者すべてに確保していくために、社会が不安全な職場を許さないという文化を築くべく、連合大で社会の安全衛生確保を啓発する場を持ち活性化していくという考えである。
 では、私たちや社会が、この安全衛生に関する情報に触れる機会がない状況で、どのように安全衛生を活性することができるかを考えたとき、公の機関が推進する活動に多くの企業に参加してもらうことで実現できるのではないかと考えた。その活動とは、厚生労働省が平成23年7月1日から立上げ、現在も継続している取り組みである「あんぜんプロジェクト」(注1)であり、同省のホームページを活用することにより、安全の輪を広げていこうという取り組みである。
  ここで「あんぜんプロジェクト」の開始の経緯と内容について触れておきたい。このプロジェクトは、民主党が政権与党であった当時、労働組合出身の国会議員が「労働災害を日本から撲滅したい」という思いから、「災害事例を水平展開し、対策を共有する仕組み」として立ち上げたプロジェクトであり、言うなれば「働く仲間のためのプロジェクト」である。労働災害の多くは類似災害であり、多くの働く仲間の参加が叶えば、原因や再発防止対策情報が集約され、類似災害を未然防止し、大きな成果につながっていくという取り組みなのである。
 ただ情報発信を対外的にすることで終わるのでは、参加の動機づけには乏しい。参加した企業が参加してよかったという事例があれば、参加意欲も高まると思い、当該議員を通じて確認をとったところ、管轄する厚生労働省に報告が挙がっているとのことであった。一例を紹介すると「同プロジェクトに登録したところ、社長がこれまでになく安全にこだわるようになった」「登録されている企業の取り組みを見て感銘を受け、連絡をとり、安全衛生に関する意見交換の機会をもつことができた。有意義な意見交換ができた。」といったような好事例が同省に報告されてきているとのことである。同プロジェクトは、例年、「見える」安全活動コンクールという取り組みも行われ、応募作品が閲覧できるなど、現場レベルの安全に対する工夫がたくさん詰まったサイトとなっているためぜひご覧いただきたい。
 同プロジェクトには、6月18日時点で720事業所が参加しているとサイトに表示されている(注2)。主には製造・建設の事業所が参加しているものの、サービス業をはじめ多様にわたる職種の事業所が全国各地で参加していることがわかる。
 ここに登録された企業の安全に関する情報には、至近の労働災害実績や、安全に対する取り組みが開示されている。各社のホームページのトップページでは探せない安全衛生に関する情報が、ここでは収集することができる。この情報を活用して、誰もが安心して働きつづける環境整備ができないかと考えたのである。

 しかし、この取り組みの残念な点を挙げるとするならば、参加する企業・事業所が多くない点だ。また、取り組みの知名度が社会に浸透していない点も課題である。
 その背景を考えたときに、「注目」が足りていないことが原因であるのではないかと推察する。
 「『あんぜんプロジェクト』に登録されている企業は、安全衛生を職場一丸となって確保に向けて取り組みを行っており、安心して働ける職場である」というように社会に認知をさせ、醸成することができれば、就職希望者は求人票に併せて「あんぜんプロジェクト」の登録状況をチェックすることができる。労働条件だけではなく、安全衛生の取り組みについても情報収集することができ、ニーズにより即した就職に近づけることができる。
 冒頭私は、労働安全衛生法に触れておいた。事業者は労働災害を発生させないように、快適な職場環境の形成を促進しなさいという法律であるが、意外に私たち労働者に対する条文が同法にはある。「第四条 労働者は、労働災害を防止するため必要な事項を守るほか、事業者その他の関係者が実施する労働災害の防止に関する措置に協力するように努めなければならない。」である。
 もしかすると、職場によっては無いところもあるかもしれないと断りを入れたうえで、私たち労働者は、過去の先人たちの経験を基に会社が築き上げてきた安全衛生や作業に関するマニュアルを遵守することで日々の安全衛生を確保している。これまでの手順や工法を守りさえすれば、これまでに発生した同種の労働災害は起きないというのが前提でこれらのマニュアルがあるのだと私は認識している。しかしながら昨今の私たちの働く社会は少子化による労働者の高年齢化や、労働力を補うために外国人労働者の力を借りるといった状況が今後加速する見通しにある。このように人員構成に変化が起ころうとしている中で、これまでと同じマニュアルでは防げない労働災害が発生する懸念がある。
 例えば、高年齢者は歩行中に些細な段差でも躓きやすいという感覚を私は持っていたが、データでみると顕著に表れていることがわかった。
 厚生労働省 職場のあんぜんサイトSTOP転倒災害プロジェクト(注3)によると、加齢と転倒災害の関係が分析されている。
 加齢による運動機能の低下という項目で、平衡性・敏捷性・視認性について記載がされている。平衡性では、足立時間について30歳付近をピークに低下が進むほか、敏捷性についても男女で差があるものの20歳を頂点に急激に低下していく。認識性については加齢により水晶体の弾力性や光の透過率の低下により視力や暗い場所での認識性が低下するとともに、明るさが急変して暗くなる場所では目が暗さに順応するのに時間を要するとのことである。また、製造業における労働災害のうち50歳以上の占める割合を事故の型別にみたところ、転倒の占める割合が52.7%と最も高くなっていると指摘している。
 至近の労働災害データではどうだろうか。厚生労働省の平成30年労働災害発生状況(速報)5月末集計分(6月7日現在)(注4)によると、全産業で39,900であった。単位に記載がないため、ここでは集計データの数字を件数として取り扱うこととする。この災害件数39,900件のうち、最も多い災害種別が転倒災害であり、11,653件となっている。これは、次に多い墜落・転落(6,827件)や、はさまれ・巻き込まれ(4,611件)と比較しても多いことがわかる。
 加齢における運動機能低下と至近の労働災害に触れたが、この事実を踏まえ、今後の高年齢者の社会での活躍を考えたとき、高所作業の現場であれば、資材を担いで運搬中に躓けば、資材の落下による二次被害も懸念されるなど、躓きが起因する労働災害が今後の社会的課題になるものと推察する。また、外国人労働者の増加について言えば、同じ文化で育ってきた日本人同士ですら伝達ミスを起こすことは少なくないことを踏まえると、外国人労働者個々の文化の違いにより危険に対する受け取り方に差がある可能性もあるため、意思疎通を図ることは簡単ではないものと考える。
 もう一つ、「安全衛生に関する情報」が求人票にないと指摘したが、私は求人票に明記をするような法改正を望んでいるわけではない。安全衛生が何より優先されることがあたりまえのような社会になればそれでよいのである。
 では、安全衛生が何よりも優先される社会にするためには、何が必要かと考えたとき、社会を構成する私たち労働者が安全衛生に関する情報を発信し、社会が触れる機会を得ることにより、安全衛生確保の意識を醸成・高揚することが必要である。
 そこで、連合に集う49の産別組織と47の地方連合の計700万人の労働者の仲間は潜在的な大きな力を持っている私は考える。連合に集う仲間の各職場が取り組みに参加すれば、登録事業所数は飛躍的に増加し、注目も高まるものと考える。労働者ひとりひとりは、賃金・賞与・福利厚生だけではなく、これからは安全衛生の確保という観点で、職場環境にこだわっていこう。労働者がこだわるほど企業は職場実態を把握することにつながり、労使の工夫によって労働災害は減少していくに違いない。さらに「あんぜんプロジェクト」が社会に認知され、参加の有無が顧客の発注の際に選択肢の1つとなれば、その流れ・影響は未参加の企業や未組織の企業にも及び、労働組合を持たない働く仲間の職場にも波及し、やがて最終的には社会における労働災害撲滅につなげていくことができるのではないだろうか。

 また視点を変えると「あんぜんプロジェクト」を活用した安全衛生確保は、企業にとっても取り組むメリットがあると私は考える。仮に生産性という数字を上げるために安全衛生にかかる費用や時間を省きさえすれば、目先の数字として売上が横ばいでも利益が確保でき、結果として生産性に関する数字は高まる。しかしながら、ここで目先の生産性の数字を高めることができたとしても、安全衛生に関わる費用を削減したことが起因で労働災害がひとたび発生すると、利益を生む企業の生産は停止させざるを得ず、人的にも、収益的にも、取引先にも、結果として会社に良い影響は一つも生まれない。誰もが労働災害を起こしたくて起こしているわけではない。気を付けていても予期せぬ災害が発生するリスクを持つ企業にとって事業活動を円滑に継続させるためには、安全衛生は不可欠なのである。
 このような考えのもと、安全衛生の確保により、労働災害発生を防ぐことができれば、企業は、安全衛生に関する状況や取り組みを社会貢献の実績と同じように企業ホームページに掲載するなど、胸を張って社外に発信することができるようになる。これまで参加に躊躇してきた企業による「あんぜんプロジェクト」への参加も容易になりはしないだろうか。
 これは求職者への志望の動機付けにはもとより、取引先との信頼関係の構築や、社会に対して企業イメージUPという大きな情報発信に期待できる。「安全衛生確保の企業を選択する」という視点を、消費者はじめ社会が持ちはじめることができれば、同業他社もきっと、職場における人材確保の面や、お客さまへの信頼という観点から追従する流れが起き、結果して“社会における安全衛生確保の底上げ”を図ることができるのではないだろうか。
 このように、労働者・企業の双方からの視点で「あんぜんプロジェクト」を活用した安全衛生の確保に向けた取り組みを考えたところ、お互いのニーズは合致しているように思える。であるならば、その橋渡し役として連合が旗を振り、実行していくことは社会に好影響をもたらすわけであるから、実現できればと切に願う。


備考、参考資料、引用等一覧


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