私の提言

佳作賞


通信制高校における
安心して働くことのできる職場への実現のために

久原 弘

1 はじめに

 5年間ほど臨時的採用教員として勤務した後、私は平成元年に公立高校の正採用となった。その年に山口県高等学校教員組合に加入し、今年でちょうど30年になる。組合というものが当初はよくわからなかったが、新採の時に県の教育庁で実施された春闘に参加したことで、少しずつ理解するようになった。春闘では、当時の教職員課長をはじめとする役人を前に、主として教職員の勤務条件の改善について熱く訴えていたのを記憶している。中でもその時、最も印象に残っているのは、ある定時制高校の教員の要望だったが、当時交渉した教育庁の天井には20を超える蛍光灯が所狭しと設置されており、眩しいくらいに明るかった。私もその時初めて教育庁に行ったのだが、あまりの明るさに驚いたのを覚えている。ところが、その教員の勤務校では教室に蛍光灯がたった2本というお粗末さ。先生はもちろん、生徒にとっても気の毒としか言いようがない。暗くて授業にならなかったであろう。
 こういった現場の声を伝えることはもちろん、長年の組合員の先生方の交渉により、ゆとりと働きがいのある職場に徐々に改善され、今はずいぶんと働きやすい職場に近づいているとは思う。昨年の3月20日に発行された教育新聞社によると、「先生が働きやすい都道府県ランキング2017」の総合部門で山口県は上位に入っていることからも伺われる。
 しかし、6年前に初めて通信制高校に転勤し、いざ現場で働いてみると、様々な問題が浮上してきた。通信制は在籍数のおよそ3分の2が不登校だった生徒で、精神疾患をはじめとする諸問題を抱えた生徒も多い。とはいえ、通信制の教員のほとんどが特にそんな生徒たちに対応したスキルを持っているわけではない。そのため、どのようにして生徒とアプローチするか等、日々頭を悩まし、生徒対応からのストレスより学校を辞めざる、もしくは転勤せざるを得なくなった教師も少なくない。そこで安心して働くことのできる職場への実現に向けて提言したいと思う。

2 最後の砦


 長らく(20年以上)全日制高校に勤務していたが、保健室登校や相談室登校を繰り返した不登校の生徒達の行き着く先が、常日頃から気にかかっていた。全日制に限らず定時制においても、不登校になった生徒達に対して、あの手この手で精一杯の支援をする。しかし、万策尽きて、結局学校を辞めざるを得なくなった生徒の行き着く先の多くは通信制の高校である。いわゆる通信制が最後の砦ともいわれる所以でもある。
 その通信制高校に平成24年度より転勤になったのだが、本校は前述したようにおよそ3人に2人が不登校だった生徒である。そんな生徒達の多くは、前籍校において、まず担任をはじめ保健室の養護教諭や教育相談担当の先生方及びスクールカウンセラー等、たいていは学校の支援を受ける。しかしそれでも改善されなかった場合、例えばふれあい教育センターなどその他の支援施設を経由して、最終的には精神科等のドクターによる治療を受けることも多い。それでも学校に復帰できなかった生徒の多くが通信制高校の門を叩くわけである。
 しかし、そんな生徒達も不登校といった影を抱えながらなんとかレポートを提出し、スクーリング(通学して先生から授業を受けること)にも参加するようになる。この時点では、前籍校において学校に足が向かなかったことから考えても、少しでも自己実現に向かっていると思われる。しかし、みんながみんなうまく適応できるわけではなく、中にはいざ集団の中に入ると、ストレスを溜め込み、再び拒絶反応を起こすなど不適応等を起こす生徒も多い。そんな生徒たちと日々悪戦苦闘しているのが通信制の教員なのである。

 3 通信制高校とは

 通信制高校とは、基本的には学習意欲を持って高校進学を希望しているのに様々な事情で毎日通学することのできない人々のために設立された学校である。近年不登校の生徒の増加とともに増えており、その特色も多岐にわたっているが、ここでは本校の通信制高校におけるシステムを説明したい。
 学習活動としては、レポートによる自主学習と週1回(日曜日)のスクーリングが基本となり、3年間在学し、特別活動30時間と74単位を取得すれば卒業となる。クラス担任制ではなく、8支部(山口、下関、宇部、防府、萩、徳山、柳井、岩国)制の担任で、本校である山口市にある山口高校と、各支部の協力校でスクーリングを実施している。通信制の教員は20名余りで、毎週ローテーションになっており、4会場で実施している。つまり1会場およそ5~6名となる。

 4 生徒の現状

 入学生は毎年、130~180人程度で、卒業生は120人~140人ほどである。また在籍者数はここ5年間では、平成26年度…1277人、平成27年度…1233人、平成28年度…1134人、平成29年度…1053人、平成30年度…980人となっている。そのうち受講生はおよそ半数で、あとは未受講生となる。そんな中、どんな生徒が在籍しているかというと、大まかには、以下の四つのグループに分かれる。

  • 高校受験に失敗し、もしくは成績不振や問題行動等により学校を辞めざるをえなくなった生徒。
  • 中学校や高等学校で不登校だった生徒。
  • かつて高校を中退したが、高卒の資格の必要性に気づき再び入学を希望する生徒。
  • 特に高卒の資格を必要とはしていないが、教養をつけるために入学した生徒。

 このグループの中で、ⅢとⅣはさほど問題ではない。というのも目的を持って入学してきているのでほっといても自主的に活動するからである。問題なのは、Ⅰ、Ⅱグループである。まずⅠグループは目的意識がなく問題行動も多く、自然と除籍になることも多々ある。しかし、このままでは良くないと改心し、自分の生き方を模索しはじめる生徒も少なからずいる。そして最後に不登校だった生徒であるⅡグループだが、最もこれが最大派閥(およそ3分の2)で、このグループの生徒は心の健康度が極めて低く、ひきこもりの生徒も多い。人とのコミュニケーションを苦手とし、他人に対する不信感や恐怖感も持っている。多くの生徒が精神疾患を持ち、発達障害をはじめ、統合失調症や鬱の診断を受けている生徒もいる。さらに肢体不自由の生徒や身体的疾患を抱えた生徒も多くいる。そのため授業中に発作を起こしたり、パニックになる生徒も多く、その度に先生方の対応は大変である。
 Ⅰグループの生徒は問題行動が多い反面、精神的エネルギーとしては、比較的旺盛な部分もある。ところが、Ⅱグループは、通信制に入り自己実現に向かって少しずつ歩き出したとしても、まだ精神的エネルギーがどうしても少ないため、通信制での活動をするにあたり、すぐに取り掛かれなかったり、またはしばらく取り掛かれたとしても途中で挫折することも多い。しかし、このタイプの生徒は根本的にまじめな生徒が多いため、何とか通信制で頑張りたいという気持ちを強く持っているといえる。

5 通信制高校における生徒対応への問題点


 スクーリング会場は県内8ヶ所(山口、下関、宇部、防府、萩、徳山、柳井、岩国)だが、養護教諭が付くのはそのうち2会場(山口、下関)のみ。以前はそれすらなかったが、長年の組合による交渉でやっと2会場のみ養護教諭が付いたという現実がある。しかし、他の会場で問題が起こった時どうするのか、その時は現場の教員が対応するしかないのである。
 パニックを起こす生徒や、アレルギーによりエピペンを必要とする生徒、PTSDにより突然体調を崩す生徒など多岐にわたっているが、とてもじゃないが現場の教員だけで対応しきれるものではない。
 また多くの生徒が発達障害(アスペルガー、ADHD等)もしくはそのグレーゾーンであり、鬱や統合失調を患っている生徒も少なくない。にもかかわらず、スクールカウンセラーは本校において全日制、定時制、通信制、分校を含めてたった1人である。それも年間10回程度で、通信制は時間にすると1回につき3~4時間である。さらに本校(山口)のみで、他会場ではスクールカウンセラーは対応しない状況である。したがって相談がある時は、例えば岩国地区の生徒であれば、電車・徒歩含めて、片道2時間半以上かけて来校しなければならない。これではとても生徒が相談のために来校するとは思えない。
 山口や下関以外の各会場でパニック等の諸問題が起こった場合、私たちは少ない人数(5~6名)で対応しなくてはならないのだが、ほとんどの教師が授業を担当し、時間によっては全員控室にいない時もある。中にはパニックを起こして「死にたい」と漏らす生徒も少なくなく、その対処のためにどうしたらいいか、ほとんどの教師がストレスフルになっている。実際私もある鬱状態の生徒と昼休みに対応した時、面談を終わって別れ際に「また次回のスクーリングで会いましょう。」と言うと、「生きていたらね。」と言われ、もし万が一自殺したら、私の対応が悪かったから…などあれこれ考え込んでしまい、かなり精神的に落ち込んだこともあった。またこのようなケースは本校の場合、一人、二人ではない。そのためどうしても転勤希望(退職のケースもある)の教師も多くなってくるが、最後の砦である通信制高校がなくなってしまったら、不登校からなんとか立ち直って高校生活を送ろうとしている生徒たちの行き場がなくなってしまう。なんとしても教師が安心して働くことのできる職場にする必要性があると思われる。

 

6 提言~安心して働くことのできる職場への実現に向けて~

 現実問題として、1会場5~6人の先生で問題を多く抱えた生徒への対応はどう考えても無理があると言わざるを得ない。そこで安心して働くことのできる職場への実現のために2つほど提案したい。まず一つ目はすべてのスクーリング会場に養護教諭を配置すること。そして2つ目は、スクールカウンセラーを今までの月1回から週1回のスクーリング時の来校とし、各会場に派遣することである。

(1)養護教諭の配置
 保健体育審議会答申(抄)によると、養護教諭とは、専門的立場より心身の健康に問題を持つ生徒の指導に当たり、一般教員の行う教育活動にも積極的に協力する役割を持つものとある。一般教員にとっては大変ありがたい存在である。また評価する立場にある一般教員と違って、学校職員でありながら評価者ではない養護教諭は生徒にとっても相談しやすいと思われる。
 そんな養護教諭もかつてはどのスクーリング会場にも配置されていなかった。しかし、粘り強い県教委との交渉の末、やっと4年前に本校(山口校)と下関校だけが認められたのである。山口と下関に配置された理由としては、やはり、単に生徒数が多いということだけでなく、問題を抱えた生徒が多いということが考えられる。
 実際、養護教諭が配置されたことで、ずいぶんと教員にとっても助けられた事例がある。その一つは突然、パニック障害を起こし、呼吸困難に陥った生徒がいたが、養護教諭による適切な処置により事なきを得、その生徒は無事に迎えに来た保護者とともに帰宅することができた。もう一つは食べ物によるアレルギーよりエピペンを必要とする事例だが、その対処については、いざ直面すると、一般の教員ではなかなか対応できるものではない。ところが実際、そういった状況に授業中、直面する場面があり、それも養護教諭による専門的処置により無事に済んだ一件があった。もし養護教諭がいなかった時のことを考えると、空恐ろしい。生徒の命にも関わることで取り返しのつかないことにまで発展していた可能性は十分あったといえる。
 ただ問題を抱えた生徒は養護教諭が配置されたこの2校だけでなく、どの会場にも在籍しており、養護教諭なしではとても対処しきれないような諸問題もしばしば発生していたのである。たまたま現時点まで、取り返しのつかないほどのケースにはなっていないものの、それは現場の教員が必死で対処したからに他ならない。しかし、いつどんな諸問題が起こるか、びくびくしながら授業をすることは教員の心身にとっても大変不健康この上ないといえるし、そんな状況下で授業を受ける生徒にとってもすこぶる不幸と言える。早急にすべてのスクーリング会場に養護教諭を配置してほしいものである。

(2)スクールカウンセラーの派遣
 私が初めてスクールカウンセラーに会ったのは、今から20年近く前、当時教育相談担当でスクールカウンセラーのコーディネーターを頼まれたからだ。その時、相談室で20分足らずそのスクールカウンセラーと世間話をしたのだが、職員室に戻った私を見て周囲の先生から「何かあったのですか、ものすごくスッキリした顔をしていますよ。」と言われ驚いた記憶がある。当時私はクラス担任をしていたのだが、不登校の生徒のことで悩み、いつも眉間にしわを寄せていたからだ。その私が晴れ晴れとした顔をしていたので周囲の先生もびっくりしたのであろう。正直、当時はちょっとカウンセリングしたくらいで、人の心はそう変わるものではないと、タカをくくっていたため、無意識のうちに変わった自分に衝撃を受けると同時に、スクールカウンセラーの重要性を知った瞬間でもあった。
 そんなスクールカウンセラーの役割を考えると、心理臨床の専門家であり、教員がとても対応できない鬱や統合失調などの精神疾患をはじめ、発達障害などの生徒の相談にも対処するとともに、重篤な場合はドクターにもつないでくれる存在でもある。また同時に学校スタッフでありながら、もちろん評価者ではなく、その存在は養護教諭よりもさらに中立的、独立的といえるだろう。そのため生徒にとっても、実に相談しやすい存在であるにもかかわらず、相談日が実に少ないといった現状がある。
 山口県でスクールカウンセラーが派遣された当初は、当時私が勤務する高校において、週1回のペースで来校していたが、今はおよそ月1回のペースである。本校は全日制、定時制、通信制、分校とあるが、前述したように一人のカウンセラーがすべてをまかない、その中で通信制に分配されたた時間はわずかに1日につき、3~4時間であり、それも本校のみである。元不登校の生徒が3分の2を占めている状況下にあって、これではどう考えても生徒への相談体制が不十分であると言わざるを得ない。
 そこで、本校だけでなく各スクーリング会場に週1でスクールカウンセラーを派遣する必要性がある。本校(山口)しかカウンセリングを実施していない現在では、下関や岩国から来る生徒にとってみれば、かなり距離があるため、来校するだけで相当疲れると思われる。ましてや精神疾患を抱える生徒にすれば、すこぶる敷居が高いといえるだろう。実際、家から出たがらないある鬱の生徒は、親から近くであれば何とかすることができるものの、遠距離だといかんともしがたいという意見もあった。また別の発達障害の生徒の場合は、地域に対するこだわりが強く、自分の住んでいる周辺から出たくないという強い要望があり、本校でのカウンセリングはできないと訴えたケースもあった。生徒の3分の2が元不登校の生徒であるといった現状を考えれば、これはほんの氷山の一角であり、多くの生徒が各会場での相談を切望していると思われる。
 そんな生徒たちがスクーリングに来校したのはいいものの、ある躁鬱の生徒で躁の時は元気だったが、突然鬱状態に陥り、「死にたい」を連発したことがあった。養護教諭もいない会場だったため、授業の最中ではあったが、先生方も一人にさせるわけにもいかず、対応に追われたというケースもあった。またある統合失調の生徒で、休み時間に職員室(控室)にやって来て、延々と「誰かが自分を狙っている」と言い続け、止まらなくなった生徒もいた。
 こういった生徒達への対応は養護教諭もスクールカウンセラーもいなければ、結局教師が対応するしかないのである。相当なストレスが教師にかかってくると言わざるを得ない。1日も早くスクールカウンセラーを各会場に派遣してほしい。

6 おわりに

 教員は常日頃より精神疾患など多くの諸問題を持つ生徒の対応に関して、スキルアップのための研修を積む必要性はある。本校でも年に数回、教職員を対象とした発達障害の生徒への対応に関する研修や、通級(軽度の障害を持つ児童生徒が通常の学級に在籍しながら障害の状態に応じて特別な指導を受ける教育形態)による研修等を実施している。
 しかし、年に数回の研修では、その専門性において、やはり限界がある。通信制のように重篤な疾患も含め、諸問題を抱えた生徒が多い場合は、どうしても専門職の支援が必要となってくる。そのためにもスクーリング時に養護教諭とスクールカウンセラーが職員室に常駐していれば、教師は安心して授業に専念できる。実際、スクーリング時の会場が本校と下関以外の場合、時間によっては実際、職員室が不在になることもしばしばある。そんな時、問題が起こり、その生徒が職員室を尋ねた場合、だれが対処するのか、養護教諭とスクールカウンセラーがいるといないとでは、教師にかかるストレスを考えると雲泥の差といえる。
 教員がゆとりを持って、やりがいのある仕事として打ち込み、安心して教育に専念することが、生徒にとって学ぶ喜び、友情と希望にあふれる学校につながると信じている。教師が安心して働くことのできる職場は、同時に生徒も安心してこころ健やかに学校生活を送る場でもある。1日でも早い実現を望む次第である。


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