労供運動の強化と将来保障の充実を
御厨 成海
1.非正規~正規を渡り歩いて
私は職業運転者である。自動車の運転は免許証一枚でどこでも働ける仕事で、バブルと呼ばれた時代に初任給がボーナス並の高収入と謳われた某社を振り出しに大型トラック、ダンプカー、ミキサー車、タンクローリー、観光バス、高速バス、路線バス、タクシー等々あらゆるクルマに乗り二十数年運転業界で食いつないできた。雇用形態も正社員であったり、「数年先に社員にしてやるから」と目の前に人参をぶら下げられつつ理不尽な条件を押し付けられた嘱託採用(非組合員)であったり、個人営業で社会保険制度が全く無い職場であったり、任期制の公営交通非正規職員(非組合員)であったり、アルバイト的に製造業日雇派遣労働に従事したりと様々な働き方を経験した。
その中で自分に一番合っていたのが労働者供給事業を行う労働組合(以下、労供組合とする)での就労である。職業安定法第45条で労働者供給事業を認められた労働組合の事であるが、現在の労働人口が5,240万人、非正規労働者が1,962万人※1のうち全国の労働者供給(以下、労供とする)で働く仲間はわずか12,394人※2と至ってマイナーな存在で、外部の人にこの事業の説明をしても「え?何それ?労働組合が労働者供給?派遣とどう違うの?」と中々理解してもらえないもどかしさがある。
しかし我々は1959年の結成以来、労供権を武器に労働組合として「中間搾取(ピンハネ)無し」で「職種別」「同一賃金同一労働」、ボーナス・退職金といった後払い的性格の賃金を全て含めた「比較的高い日建て賃金」を盛り込んだ労働協約を実現しており、使用者(就労先企業)側も「即戦力のプロを一日単位で使用」できることから、労使双方にメリットのある良いシステムであると思っている。
確かに非正規労働者ではあるが決して低賃金ではない。運転業界の通弊である長時間労働をせずに運輸業・郵便業の現金給与総額※3とされる程度の収入を得ており、労働条件の悪い職場の正社員運転者が労供組合に加入する例も見られる。結果的に運転労働者の待遇改善の一翼を担っていると考えている。
我々の就労スタイルは一日単位の使用関係(継続就労者であっても一日単位の繰り返し)で休みも取りやすく、自分の夢に向かって二足の草鞋を履く組合員も多い。男女・若年者に対する区別の無い「乗務車両・職種別賃金」である事から、いわゆるシングルマザー・ファザーやとにかく稼ぎたい層が充分活躍出来うる賃金・労働条件であり、労供組合が自由労働者を組織化しライフワークバランスを実現してきたと自負している。
2.労働者供給事業の位置付けと問題点
労働者供給事業は派遣業や請負業等と何が違うのか。「外部組織が人を出して他人の下で働く」事ではどれも似通ったシステムに見える。しかし労供は単なる中間搾取(ピンハネ)業ではなく、働く者の立場に立った供給先企業の開拓(仕事起こし)と労働協約の締結、万が一トラブルになった際の交渉・解決にあたることが出来る民主的組織である労働組合にだけ例外的に認める、というのが職業安定法の趣旨である。しかし前述の通り派遣・請負に比べ労供運動は広がっていない状況がある。これは社会的に余りに認知度が無い存在であるだけではなく「労働組合に事業主性が認められていない」故に所属組合員に対して社会・労働保険の適用が難しい事が以前から指摘※4されている。
対応策として労働組合が派遣事業体を設立し、組合から派遣事業体に労供し派遣事業体から派遣を行う「供給派遣」、あるいは企業組合を設立しその設立組合員の形で事業を行う、あるいは株式会社化した労供組合がある。法人化で業界上位の会社に育った例(旅行業関連の㈱フォーラムジャパン等)もあるが「労供労組」の枠にこだわるとすっきりとした形になったとは言えないように思う。
また少子高齢化が進み、従来の「充分な運転経験のあるプロ」のみに加入が許された職別組合の時代から、自前で人材育成に取り組まなければ将来の組織維持が難しい時代に突入した。我々の組織構成の特徴として50歳以上のベテラン組合員が多いのに対し1975年生まれ以降の若い組合員が少なく、また2007年の運転免許制度改定(中型免許制度導入)により若年層の免許取得率が非常に低くなっている。これは運転免許取得費用が高くなった事と教習時間延長が相当影響しており(免許取得費用平均は普通免許30万円、中型23万円、大型47万円、普通二種25万円、大型二種37~62万円※5)、これはベテラン層が引退する将来においてプロの運転者を供給できない可能性がある事を意味する。これは我々だけではなくブルーカラー業界全体の共通した大問題である。
我々としてはペーパードライバーを含む未経験者を対象に広く加入促進を行い運転実務・座学を充分行った後に各事業者に供給する教育体制の構築、中型免許・大型免許・二種免許・危険物取扱者・高所作業車技能教習・車両系建設機械技能講習・運行管理者等の上級資格取得支援制度、資格のない作業員組合員に対する運転免許取得支援の可能性、女性が働きやすい職場環境の形成といった方策を検討、一部は取り組みを始めたところである。
しかし組合単独会計だけでは財政的に非常に厳しく、前述の通り労供労組には事業主性が無いため関係省庁・地方自治体の各種の関係助成金・制度等を受ける事も出来ず日々頭を悩ませている。非正規労働者が増え続ける昨今、職業人(社会人)の教育・訓練は各企業・団体ではなく国の責任において積極的に行う必要性を痛感するが、そういった動きにはなっていない。
労働者供給事業関連労働組合協議会(労供労組協)では以前より「労供事業法制定」を主張している。これは「職業安定法にもとづき労働者の自発的意思と協同の精神によって労働組合が無料で行う労供事業の民主的で適正・公正な運営の確保を図ると共に、非正規雇用、外部労働市場の肥大化という労働雇用情勢の変化に対応して、企業の枠を越えた労働者によって自主的に組織する職業別労働組合の社会的役割と団結力により雇用の安定、職業能力の開発、福祉の増進に資すること」を目的とし、「労働組合に事業主体性を」と謳っている。(新運転東京地本ホームページより抜粋)
労供事業を行う我々だけではなく、全ての労働者の利益となるべく労働組合の強化・拡大の訴えである。是非とも連合をはじめ各産別・単組や政党のご理解・支援をお願いしたい。
3.年金問題と解決策
組合員から指摘されている問題として「年金制度」が挙げられる。我々新運転の日々供給支部では以前より健康保険と雇用保険は「日雇特例保険」の適用となっている。従って年金は国民年金適用である。厚生年金の上乗せ年金が無い為社会保険3保険(雇用保険・健康保険・厚生年金)適用者に比べ給付金額が低く将来の不安を訴える声がある。個人営業者を対象とした上乗せ年金として「国民年金基金」「確定型個人拠出年金」といった制度はあるが、厚生年金で言うところの事業主負担部分も自己負担してはじめて同水準の給付となる現在の制度では一般的な賃金収入者では多大な負担となる。そこで「厚生年金印紙保険制度」の創設を提案したい。
基本的には日雇特例の雇用保険・健康保険と同じく事業主が半額負担する保険料印紙納入方式の厚生年金である。これを日雇労働者だけでなく「厚生年金手帳のみの交付制度」も合わせて作り、短期間・短時間のパート・アルバイトやフリーランス・一人親方・内職・個人請負事業主といった従来社会保険3保険適用外の働き方の人にまで適用範囲広げるところがポイントである。
雇用・使用関係にあるパート・アルバイト・日雇労働者は厚生年金保険料を労使折半で他の日雇保険と同じく印紙で保険料を納付とする。
一人親方等の個人事業者は「労災保険の特別加入制度」に倣い、「特別加入団体を通じ労働日数と収入に応じた印紙購入(全額負担)・貼付」納付とする。また建設業退職金共済制度(建退協)のシステムを活用し、事業発注者に対し保険料半額負担・印紙貼付を求める、といった方法とする。
パート・アルバイト・日雇労働者に対しては厚生年金の完全適用となり、使用・雇用関係と個人事業主が混在する労働者には保険料労使折半となる就労部分は本人負担の軽減となる。個人事業主は一日単位の印紙購入・貼付で業務の繁閑に応じた負担感の少ない納付が可能となる。(各基金制度は簡単に納付金額の変更ができないしくみである)
公的制度はややもするとモラルハザードの問題が取り沙汰されるが、厚生年金印紙保険制度は適用要件を広げても対象者が将来に備え自主的に支払う性格のものであり問題はないと考える。モラルハザードが問われるのは給付要件であり、既に制度として確立している厚生年金では問題が発生するとも思えない。
以上の施策により年金全体の納付率・納付金額も上がり、幅広い層に対し大きな老後の保障が可能となる。無年金者~生活保護費問題への対策にもなると考えるがいかがだろうか。
4.生涯現役社会をめざして
個人加入制度の組合の特徴として定年制が無い事が挙げられる。我々の仲間にも80歳を超える現役の個人タクシードライバーをはじめ「生涯現役」の先輩が多数おられる。
十数年前の事であるが就労先事業者より「60歳を越える組合員のトラック就労を断る」申し入れがあった。しかし時は流れかつて就労の断りを申し入れた業界も運転者不足が顕著となり、トラック就労では概ね70歳までは(元気であればそれ以上でも)働ける環境となった。タクシー業界は更に深刻で東京の法人タクシー運転者平均年齢は58.2歳※7であり80歳近い現役ドライバーも多数就労している。世間で定年とされる60歳以上を使用しないと現場の穴が埋まらない事態に陥っており、ここでも少子高齢化の問題の根深さを感じる。かつて「悲しき60歳」という歌が流行した昭和の時代と現在では「高齢者」の実態が全く違う事を認識すべきである。
しかし高齢になれば体力的な問題があるのも事実であり、それに起因する交通事故も見受けられる※8。が、いつまでも健康に働きたいと望むのは健全な大人の証であり、ここで生涯現役の取り組み例を紹介したい。
労供現場での経験から言えるのは高齢者就労の特徴は「慣れた仕事であればずっと続けられる」「体力、能力といった個人差が非常に大きい」事である。これは我々だけではなく高齢者就業に取り組む各組織も同様の報告をしており※9、特に「個人差の問題」をどう解決していくか苦慮する実態が浮き彫りとなっている。
「各人の申告により好きな仕事を自分のペース」で働いてもらうのが理想であるが、日々労供の現場は日替わりで仕事の繁閑があり需要と供給のマッチングが上手くいかない場合があり労供業務担当者(新運転では支部長)は日々の対応に頭を悩ませている。
タクシー就労は「定時制乗務員」制度がある。隔日勤務なら月7~8日乗務、日勤なら14~5日乗務で働けるしくみで定年後の乗務員確保の方策であるが、我々の高齢乗務員も希望に応じこの制度を利用して就労している。しかし我々の組合員全員が二種免許を取得しているわけでなく、更に乗務員になるために必要なタクシー乗務員証取得もタクシーセンター実施の地理試験合格が条件(大都市など一部地域)であり、タクシー業界は人手不足であるが誰でも簡単にという訳にはいかない難しさがある。労供組合に身を置くものとしてここでも組合加入直後や若年時からの教育の重要性を痛感する。
また加齢とともに運転職以外を希望する組合員もあり、これに対しては新運転東京では高齢者等特別対策事業部(以下、特対部)があり、自主的な仕事起こしに取り組んでいる。仕事はマイカーの車検代行や介護・福祉タクシー乗務員、民間救急車添乗などがある。収入的には大きな金額にはならない為、従事者はまだまだ少ない状況であるが「生きがい」を求める組合員がこれらの仕事に従事している。また、この特対部の担当者会議の席で「歳を取ると寂しくなるんだよなぁ」との声が上がり、高齢組合員を対象とした集会も実施した。今後も事故防止の観点から高齢者対象の安全講習会の実施や組合主催の「困り事相談会」の開催、更には各地域での仕事起こしと雑談スペース的な拠点を設置し、組合として「歳を重ねても寂しくない、孤独ではない」運動を推進している。
5.まとめ
以上、我々の視点から考えを述べてみた。今夏にも労働者派遣法改定と同一賃金同一労働法が可決されそうな状況である。これからも働く者に不利な圧力が続きそうな状況である。しかし労働組合による労供事業がこのような動きに抗える可能性がある。例えば労供組合が大手派遣会社に組合の労働協約で組合員を供給すれば賃金・労働条件の向上と組織率を高めることができる。また高齢化社会に突入したが高齢組合員の側に立ち、老後のさまざまな不安を減らす取り組みを進める事で安心社会を築く事となる。我々労働者が組織する労働組合が主体的に行う労供事業が諸問題解決の切り札となる事を確信し、本稿のまとめとしたい。
【参考文献・資料】
※1 厚生労働省「非正規雇用の現状と課題」http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000046231.html
※2 厚生労働省「平成25年度労働者供給事業報告書の集計結果」より
※3 厚生労働省大臣官房統計情報部雇用・賃金福祉統計課「就労条件総合調査報告」平成23年度資料、新運転内部データを比較
※4 濱口敬一郎「新しい労働社会」より
※5 各自動車教習所資料より筆者が平均値を算出。
※6 内部資料「新運転東京人材育成センターリポート1」(2015.1)
※7 東京ハイヤータクシー協会「東京のタクシー2014」より
※8 内部資料「発生時この分析と今後の対策について」(2014.9)
※9 労働政策・研究機構「高齢者の多様な働き方と社会参加の実現に向けて」(2014.9.25開催)
配布資料より