私の提言

優秀賞

『働くことを軸とする安心社会の実現に向けて』
~運動をさらに広げていくために~

押田 卓也

1.はじめに

 日本は5500万人以上が雇用されている「雇用社会」である。本来であれば、政治は国民の大多数を占める「働く者」のための政策を展開すべきであるが、現在の政権は、労働者ではなく、大企業寄りの政策を推し進め、さらなる労働法制の改悪を進めようとしている。
 このままでは労働者を取り巻く環境はますます厳しくなっていく。非正規労働者の増加、そしてワーキングプアと呼ばれる低収入者の増加は、少子化、格差の拡大、社会保障制度の崩壊など社会的な問題をさらに大きくしていくことになる。
 この政権の暴走を止め、労働者の権利を守り、公正な分配を実現し、格差の拡大を防ぐためには、労働者が団結し、対抗していく必要がある。そのためには、日本のナショナルセンターである連合が、その存在感を発揮し、社会を巻き込みながら、民主的労働運動を広げ、推進していかなければならない。近年、連合は、非正規労働者の組織化や広報・教育活動の強化など、仲間を増やす取り組み、社会とのつながりを強める取り組みを強力に推し進めている。本稿では、「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けて、連合運動をさらに社会に広げていくための方策について提言を行っていきたい。

2.取り巻く環境

(1)雇用のゆがみ
 総務省の人口推計によると、2014年の日本の総人口は前年比で21万5千人減少し、1億2708万人となった。日本の総人口は4年連続で減少しており、日本は人口減少社会に突入している。総人口の減少に伴い、15歳から64歳までの生産年齢人口も減少している。
 さらに2014年の日本の合計特殊出生率1は1.42となっており 、2005年に記録した1.26という過去最低の数値に比べると多少の回復はみられるものの、依然として低水準が続いており、少子化の流れに歯止めがかかっていない。現在の傾向が続くと、日本の総人口は2060年には8674万人と、2012年の総人口1億2752万人に比べて約4000万人減少し、65歳以上の高齢化率も40%となり、生産年齢人口も4418万人と2010年の半分程度に減少すると推計されている2
 このように今後さらなる人口減少、労働力不足が予想されながらも、雇用者を取り巻く環境は悪化している。ここ数年人手不足から、失業率は改善しているものの、増えているのは、不安定で収入の低い非正規労働者が大半である。1995年には2割程度であった雇用労働者に占める非正規労働者の割合は、2014年には全雇用者の4割近くを占めるまでになっている(図表1)。特に若年層の非正規労働者比率は急激に上昇しており、学校卒業後の最初の就職先が非正規雇用3というケースも増加している。2000年には8%程度だった25歳~34歳の男性の非正規雇用率は、2012年には15.3%まで上昇する4など、雇用者を取り巻く環境は年々厳しさを増している。

【図表1】正規労働者と非正規労働者数の推移・割合
出所:連合2015春季生活闘争中央討論集会資料

 雇用のゆがみは、賃金の低下にも表れている。1996年には、504万円だった名目雇用者報酬は、2013年には442万円5と大幅に低下し、実質雇用者報酬も、この20年横這いとなっている。労働分配率も、この20年で65.9%から59.5%6まで低下しており、生み出された企業所得が労働者に適正に分配されていない状態が続いている。
 現在の政権は株高や企業収益の回復などにより「景気は回復基調にある」というが、実質賃金は、2015年4月現在、20カ月以上にわたり前年比でマイナスが続いており、労働者の賃金は低下し、「景気回復」の恩恵を全く受けていない状況にある。一部の富裕層の所得は上昇したが、企業所得が賃金として公平に分配されていないことは明らかであり、労働者の生活は逆に厳しくなっている。
 特に非正規労働者の賃金は、正規労働者に比べて低く、厳しい生活を余儀なくされている。非正規労働者の8割以上が年収300万円未満となっており、さらに年収200万円以下のいわゆるワーキングプアといわれる労働者も近年大幅に増加している(図表2)。
 また、非正規労働者の問題は賃金だけにとどまらない。残業代の不払い、セクハラ、パワハラなど、多くの違法な扱いを受けても泣き寝入りせざるを得ないケースも発生している。不安定で弱い立場にある非正規労働者はほとんどが非組合員であり、声を上げると雇い止めされる可能性もあり声を上げられない。さらにほとんどの労働者は労働に関する教育を受けていないため問題が起きても、その問題を相談する相手や解決の術を知らないのである。

【図表2】年収200万円以下の推移
出所:国税庁民間給与実態統計調査

(2)社会のひずみ
 このような厳しい雇用環境は、職場の活力を奪い、メンタルヘルスや過労死など職場で様々な問題を発生させるだけではなく、社会的に大きなひずみを引き起こしている。
 日本はいわゆる分厚い中間層が戦後の高度成長期を支えてきた。終身雇用の正社員が、長期安定雇用のもとで、社内で教育・訓練を受けながら能力を高め、賃金も入社時は低く抑えられてはいるものの、結婚、出産、子育てなど人生のライフイベントに対応できるように上昇してきた。
 しかしながら、近年増加している非正規労働者は、不安定な身分であり、十分な教育・訓練も受けられず、賃金も低いままである。正規社員で就職したくても就職できないいわゆる「不本意非正規労働者」は3人に一人を占め、低収入で結婚できない若者も増えている。また、結婚しても、十分な収入がないため、子どもを産み、育てることをあきらめたり、十分な教育を受けさせることができない家庭も増加している。
 所得の減少や不安定な雇用の増加は結婚・出産・子育てという人生のライフイベントにも影響を及ぼし、晩婚化や未婚率の上昇、出生率の減少の大きな要因となっているのである。
 そして非正規労働者の増加とともに、日本では格差が急速に拡大している。1981年に7.2%であった所得上位者1%が総所得に占めるシェアは、2012年には9.5%と大幅に増加している(図表3)。また、所得格差を示す指標であるジニ係数7においても、この20年の間に格差が広がっていることが明らかになっている。
 さらに格差は、その子どもにも引き継がれていく。特に日本は教育費に対する公的負担の割合が低く、保護者の経済状態により子どもの学ぶ機会が失われてしまう。教育機会の低下は、さらなる貧困につながっていく。諸外国に比べて、経済的に豊かに見える日本社会であるが、2012年における貧困率は16.3%と子どもの6人に一人が貧困の状態にあり、日本も貧富の差が拡大しているのである8

【図表3】所得上位1%が総所得に占めるシェア
出所:OECD

 格差が拡大し、社会的に様々なひずみが出てきている中で、現在の政権は、労働者を無視した経済最優先の政策を推し進めている。大企業寄りの政策を推し進め、少子化などの社会問題を解決すべく、民主党政権が進めてきた高等学校の無償化や子ども手当など格差を縮小させるための政策や労働者のための政策を大幅に縮小し、労働法制の改悪を着々と進めている。このままの状態を放置すると、雇用のゆがみ、社会のひずみがますます拡大し、少子化はさらに進展し、社会保障制度の崩壊、そして日本社会の崩壊につながることになる。

(3)労働組合の現状
 これらの動きに対応していくために国民の大多数を占める労働者が団結して対抗していく必要がある。しかし、近年労働組合の力の低下が進み、社会的な影響力を発揮できていない。
 労働組合の力の低下は、労働組合員数の減少が大きな要因である。厚生労働省の調査では、2014年の労働組合組織率9は17.5%と戦後最低を記録し、日本は、5500万人以上が雇用されている「雇用社会」でありながら、労働組合員数は、984万9千人に過ぎない(図表4)。連合においても、結成当時790万人ほどの組織人員が2013年には約675万人まで減少している。
 組合員数低下の原因は、非正規労働者の増加や産業構造の変化等の要因が考えられている。1990年代以降グローバリズムが進展し、「規制改革」「構造改革」が推し進められ、日本型の終身雇用、年功序列制度が崩壊し、派遣や請負、パートなど非正規労働者が増加した。また、産業構造の変化により、製造業の事業拠点の海外移転などが進められ、正規社員が大幅に減少した。それに伴い、正規社員を中心に組織してきた日本の労働組合の組合員数は低下を続けたのである。

【図表4】雇用者数、労働組合数及び推定組織率の推移
出所:厚生労働省

 組織率が低下し、非正規労働者が全雇用者の4割を占め、働く者のニーズが多様化し、処遇の格差が拡大していく中で、運動の社会的広がりの低下に対して危機感を抱いた連合は、仲間を増やし、民主的労働運動を広げていくため、様々な取り組みを展開している。
 2013年には組織化専任チームを設置し、1000万連合をめざし、地方連合や構成組織と連携し、非正規労働者等の組織化を強力にすすめている。
 さらに社会的な広がりを進めていくため、広報・教育局を設置し、SNSなどのツールを使いながら社会への発信力を強化している。連合大学院の設立や寄付講座の設置、小中学生向けの学習教材の製作など、社会人、学生の労働教育にも力を入れている。
 今回は、これら連合運動を広め「働くことを軸とする安心社会」を実現していくための取り組みを強化、補完する観点から提言を行っていきたい。

3.提言

[1]労働教育の推進
 提言の一つめは、労働界を中心とした教育のための基金の設立と社会人向けのワークルールを学べる電子教材の作成である。
 日本では、学校教育において、労働に関する義務・権利を学ぶ機会がほとんどない。そのため、ワークルールを知らないまま働き始める若者も多い。また、貧富の差が拡大する中で海外に比べて教育費負担が重いため進学を断念せざるを得ない若者も増えている。本来は、民主党政権が進めた高校授業料無償化など教育費の公費負担を高め、貧富の差に関わらず、平等に教育機会を得るための政策を進めていく必要があるが、現在の政権下では後退している。
 アメリカなどでは、草の根金融的な取り組みが進んでおり、進学資金を確保できない若者など本当に困った人を相互扶助する取り組みや様々な団体が基金を設定し、教育の援助を行っているケースも多い。そこで、労働者相互福祉の観点から、労働界が中心となった基金を設立し、社会人向けの労働教育や、職業訓練、経済的な理由から進学を断念している学生への援助、さらには労働研究の専門家への研究支援などを行う。基金の財源としては、労働組合、労働福祉団体、労働者等からの寄付を募り、さらに、労働者等がろうきんに預金した利息の一部を基金に寄付するボランティア預金などで財源を確保していく。
 また、労働環境が悪化するなかで社会人向けの労働教育は喫緊の課題である。多くの若者は、働くルール・権利を知らないまま働いており、連合の調査でも、働くことの権利・義務をもっと学びたかったという社会人が約7割いる10。そこで、ワークルールを学ぶことができるアプリや電子教材などの開発・配信し、彼らに少しずつでも学んでもらう取り組みが必要である。連合でも近年ではワークルール検定や地方連合のセミナーなどを開催しているが、まずは若者が働くことの権利と義務を学ぶきっかけとして、入りやすいようなハードルを下げた取り組みが必要である。職場内でも組合員でない非正規労働者が増えてきており、組織拡大の取り組みを進めるうえでも、電子教材を展開していくことは有効である。最近では小中高生がアプリや電子教材で学んだり、マニュアルの代わりに電子機器などを活用して従業員教育をおこなっている企業もある。
 これら労働教育推進の取り組みは、働くことに対する意識を高め、労働者の団結力を強め、さらには連合運動の社会への広がりをすすめることになる。

[2]多様な人材を活用し社会の共感を得る
 提言の二つ目は、連合の組織内議員への高齢者や主婦パートなどの非正規労働者の擁立である。
 先述したように2013年の連合の組織人員数は675万人である。近年は減少が続いていた連合の組織人員は、下げ止まった。これは、1000万連合を目指した取り組みや、パートなど非正規労働者の組織化の結果である。組織のさらなる拡大には、今まで以上に非正規労働者や高齢者などの組織化が必要不可欠である。
 組織拡大の活動を広げていくためには、これらの人材を巻き込んだ活動を進めていく必要がある。たとえば、働く者の代表である組織内議員を増やし、政策実現を進めていくことは非常に重要な取り組みであるが、連合の組織内地方議員は近年急激に減少している。連合長野のケースでは、1995年に84人いた組織内議員(県議会・市町村議会合計)が、2015年には24人と、この20年で約4分の1に減少している11。理由としては、組合員数の減少や議員定数の削減などの要因もあるが、議員のなり手不足の問題も大きい。特に近年、企業側の理解が得られず、現役会社員として立候補する議員が大幅に減少している。
 そこで、連合の組織内議員として、結婚・出産を機に退職を余儀なくされた女性や労働者として働いていた定年後のOBなどを擁立することで、自身の労働者としての体験や育児等の経験を活かし、働く者の視点で政策を進めてもらうことができる。さらに多様な経験を積んだ方が、労働者の代弁者となることは、同じような境遇にある方の共感を得ることができ、支援者を増やすことにもなる。
 地方議員が増え、政策を推進するメリットは大きく、働く者の代表が地域での相談役として活動することは、連合運動を地域に広めていくことにもなる。さらに、地方議員の増加は、国政を支える議員を増やすことにもなり、政策実現力を高め、社会的な発信力を強めることもできる。

[3]組織力の強化
 提言の三つ目は、組織力の強化のために、連合、地方連合、地協、産別、単組、外部団体間の活発な人事交流を提案したい。
 連合がその発信力を高め、社会的影響力を高めていくためには、組織化の推進、外部とのつながり強化も当然必要だが、内部の組織力強化が何よりも重要である。
 組合活動は、内向きの活動になり、マンネリ化しがちである。労働運動を進化・発展させていくためには、多様化する組合員のニーズの取り込みとともに外部の視点も取り入れながら進めていく必要がある。そのためには、多様な経験を持った人材の採用・活用と、単組、産別、連合本部、地方連合、地協、外部福祉団体間の相互のさらなる人事交流が必要である。
 たとえば、連合は近年多様な人材を採用しており、入職時に産別や地方連合に研修に入るが、これをさらに拡大して取り組む。具体的には、連合、産別の中堅層の役職員や単組の組合員、労働福祉団体も含めて相互交流をはかっていく。現場に入れば、現場での組合活動はもちろん、産別からの情報、連合からの情報、地方連合からの情報など、現場が様々な情報の中で活動していることを理解できる。逆に、単組の役員も、連合や産別に派遣されることで、日ごろの一つ一つの活動の意義を大きな視点から理解することができる。
 そもそも組合活動は職場が原点であるが、組織が大きくなると大企業病のような症状に陥りやすい。組合員数が減ったとはいえ、連合は675万人の巨大組織である。その中には、企業別組合(単組・本部)、産別、連合本部、地方連合、地協などが複雑に連携しながら取り組みを進めているが、例えば産別本部からは、地方連合や地協の活動が見えない。
 連合として、いわゆるタテとヨコの関係が本当にうまく結びついているのか。組織が大きくなりすぎて、縦割り的な仕事の流れになっていないか。お互いが顔の見えない存在になっていないか。ITの発達により、情報が一方通行になっていないか。相手が理解できるような情報展開になっているか。組合員まで情報がきちんと伝わっているのだろうか等々。現場に数カ月単位で入り込むことで、組合員との接点を増やすとともに、単組の仕事、地協の仕事、地方連合とのかかわりなどを再認識し、仕事の再構築にも役立てることができる。組織力を強化するためには、相互理解をすすめる必要があり、そのためにも活発な人事交流が必要である。

4.おわりに
 現在の政権は、総理自身が「企業が世界で一番活躍しやすい環境をつくる」と公言しているように大企業寄りの政策や株価対策などを推し進めている。企業においても最近ではROEなど短期的な経営効率や株主配分重視の経営に重きを置く経営者が増加している。
 いずれも短期的な成長や株価上昇を目指しており、国民の大多数を占める労働者、企業の成長を長期的に支えている従業員の視点は置き去りにされている。結果的に景気回復の恩恵を受けるのは一部の富裕層に限られ、一方で労働者を取り巻く環境はますます厳しさを増していく。このままの状態を放置すれば、社会のひずみは大きくなり、格差は拡大し、日本社会が崩壊していくことになる。
 これらの動きに対抗しうるのは、民主的労働運動しかない。労働組合の組織率は、低下の一途をたどり、それに伴い社会的影響力も低下している。今後、連合が、社会的影響力を高め「働くことを軸とする安心社会」を実現していくためには、地道な活動を積み重ねながら運動を展開していく必要がある。そのためには、自身も含め、連合に集う組合員一人一人が、自らの役割と責務を果たしていかなければならないということを今回の提言を書きながら再認識した。

以 上


1 厚生労働省「平成26年人口動態統計月報年計(概数)」(2015年6月5日公表)
2 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2012年1月30日公表)によると、生産年齢人口は2010年の8173万人から2060年には4418万人へと約45.9%減少すると予測している。
3 総務省「平成24年就業構造基本調査」によると、男性の約3割が初職で就いた仕事が非正規雇用となっている。
4 厚生労働省「厚生労働白書」(2013年)80ページ
5 連合「春季生活闘争中央討論集会」資料38ページ
6 連合「春季生活闘争中央討論集会」資料38ページ
7 所得分配などにおける不平等を示す指標。0から1までの値をとり、0に近いほど所得分配等が枕頭であることを示す。
8 厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、特にひとり親世帯の貧困率は5割を超えて推移している。
9 厚生労働省「平成26年労働組合基礎調査」(2014年12月17日公表)
10 連合「学校教育における『労働教育』に関する調査」(2014年11月20日公表)
11 戸井田学久「連合組織内議員の活動と推移について」(Rengoアカデミー・第14回マスターコース修了論文)

【参考文献】
厚生労働省「厚生労働白書」(2013年)
連合「2015連合白書」(2014年12月)
連合「学校教育における労働教育に関する調査」(2014年11月)
連合「2015春季生活闘争中央討論集会資料」


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