『私の提言』

講評

「第11回私の提言」運営委員会
委員長  南雲弘行

 本提言募集事業は、「山田精吾顕彰会」による論文募集事業を継承して、2004年から「私の提言・連合論文募集」として衣替えし、第8回から「私の提言ー『働くことを軸とする安心社会』にむけてー」として、連合が目指す社会像実現のための提言を組合員のみならず幅広く募集を呼び掛け、実施してまいりました。「山田精吾顕彰会」から数えて17回目、連合が継承してからは11回目の募集となりました。

 今回は17編の応募を、連合構成組織・単組役員、組合員、OB、有識者、大学生と幅広い各層からいただきました。「働くことを軸とする安心社会」の実現に向け、継続就業の支援、格差・貧困、長時間労働問題、労働組合への参加、労働者代表制、組織率向上、地域運動の強化など、今の社会状況を映し出すテーマでした。

 提言を評価する任務を与えられている運営委員会としては、連合が提唱する「働くことを軸とする安心社会」の実現に向け、「論文としての完成度もあるが、何よりも安心社会実現のための具体的な政策、あるいは運動の提言になっているか」、「個々の経験を踏まえたオリジナリティある提言になっているか」などを念頭に議論し、最終選考に当たりました。
 その結果、大変残念ではありますが、今回は「優秀賞」に該当する提言は見当たらず、「佳作賞」2点、「奨励賞」3点としました。「優秀賞」に値する提言とは何か、最後まで議論は尽きませんでした。論文の完成度としては評価してよいレベルのものもあり、厳しい労働環境に置かれた自らの体験に基づく分析や問題提起、労働規制緩和、ブラック企業などに対する問題意識や着眼点は優れているものの、オリジナリティや具体的な提言となっているかという面ではインパクトに欠けるとの判断により、委員の総意で今回初めて選出しないこととしました。しかし、男女、年代、職業、地域に関わらず、厳しい労働環境に対して何とかしなくてはならないとの強い思いをそれぞれに感じることが出来ました。

 運営委員の橋元秀一さん、廣瀬真理子さん、大谷由里子さん、吉川沙織さんに寸評をいただいておりますが、最終選考にあたっての議論経過を紹介させていただきました。

 最後に、今回の17編の提言に託した応募者それぞれの思いを受け止め、いかにして連合運動に生かしていくかが、われわれの使命であり、応募いただいた皆様に対する感謝のあり方であろうと思います。「全ての働くもの」が安心して働き続けられる社会実現のため、より多くの皆様からの提言をお待ちいたしております。関係者の皆様に改めて御礼申し上げます。


寸評

國學院大學 橋元 秀一

 17編が寄せられた今回の「私の提言」では、非正規労働問題、女性就業問題、組織化問題、長労働時間問題、労働法をめぐる問題、政治参加のあり方に関する問題などが取り上げられており、個人的体験から示唆される問題提起の作品もあった。また、連合寄付講座受講生など学生5人からの応募があった。それぞれの視点から問題を切り取り興味深い問題提起を披露するなど、応募してくださった皆さんに感謝申し上げたい。

 しかしながら、連合に対する提言を趣旨とする作品としては、提言内容が不明確であったり、提言そのものの記述が少なかったりするなど、提言としては不十分な作品が少なくなかった。募集の趣旨をご理解いただき、[1]論点の問題意識あるいは問題の重要さを説明すること、[2]問題の要因や論拠、問題状況について明示すること、[3]問題に対する具体的提言とその実現によって予想される成果を示すことが必要であろう。

 佳作賞となった小畑明氏の「「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けた一考察」は、新自由主義の問題性や対抗軸としての「互酬性」という考え方を簡潔に記述した上で、具体的提言を明快に提示している。未組織労働者が多数に上っている現状を考えたとき、「働くことを軸とする安心社会」の実現の上で重要となる3つの組織論運動論に伏在している論点への提言を具体的かつ建設的に述べ、「橋」の構築に有用な政策を提起している。優れた提言であるが、優秀賞受賞歴のある方だけに、独創性を含むさらなる踏み込みが期待される。
 同じく佳作賞となった沼田隆氏「「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けて 連合の地域運動・地協活動の抜本的強化を!」は、連合の方針の推移や内容をきちんと踏まえ、かつ自らの地協活動実践を振り返りつつ描いている。「地方自治研修会」「さわやかキャンペーン」などの地協活動の成果も手際よく紹介され、提言も具体的かつ明快で、優れた作品である。

 奨励賞となった中村光美氏の作品は、提言記述に弱さがあったものの実感のこもった体験をまとめ、読む者に感動を与えるものであった。角谷博氏の作品は、非正規労働者の状態をしっかりと踏まえた提言であり、長田祐生子氏の労働組合の組織率を上げる方策の提言は、若い学生の「善意の元気良さ」がよく示された作品である。

 次回、現場感覚に溢れた率直で斬新な提言が、多数寄せられることを期待したい。


寸評

東海大学 廣瀬真理子

 今回の「私の提言」には、 17本の応募がありました。すべての提言を通読して、これまでに比べて、よく言えば、「スマート」に書かれているのですが、他方で、執筆者の「心の底からの声」として響いてくる「提言」が少なくなったような印象をもちました。たとえば、日常の生活のなかで見聞きしたことや、実際に直面したことのなかで、心から離れなくなった疑問や、問題と感じたことなどについて、またその改善策や新たな取り組みについて、もう少し思い切ったアイデアを打ち出してみてもよかったのではないでしょうか。

 本委員会では、論文のような構成力や完成度を重視するよりも、応募者のおひとりおひとりが、「働くこと」のどのような点に光を当ててその方ならではの「提言」を打ち出しているのか、を審査の視点にしました。また、みずからがその提言についてどのように関わっていくのか、という姿勢も重視しました。こうした点からみますと、残念ながら今回は、優秀賞は「該当者なし」という結果になりましたが、佳作賞が2点、奨励賞が3点選ばれました。

 まず佳作賞に選ばれた小畑明さんの提言は、新自由主義への疑問から出発して、「互酬性」を軸に、労働者協同組合と労働者供給事業と労働者代表制に焦点を当てていますが、よく整理されており、主張も明確に示されていました。ただ改善の条件などについて、もう少し小畑さんの体験・経験から導き出された具体的な意見も示してほしかったです。
 同じく佳作賞となった沼田隆さんの提言は、これからの連合の地域活動の具体的な改善策を考える上でのヒントを与えている点が評価されました。できれば、これまで実施されてきた連合の地域運動の全体像について見渡した上で、各地域の事例を参考にしながら、これからの地協の役割について述べられると、さらに提言に説得力が増すと思います。

 そして、奨励賞に選ばれた3点のうち、まず、角谷博さんの提言は、非正規労働者世帯の貧困の再生産の問題に光を当てた着眼点の鋭さが評価されました。他方で、提言が経済的援助に偏っていることや、非正規労働者世帯の分析がやや物足りなかったように思います。また、中村光美さんの提言は、個人的な体験談が中心であり、提言としてふさわしいかどうかという点について審査の過程で意見が分かれました。しかし、闘病という現実をとらえて、読み手に社会保障制度など労働者をとりまく社会的支援策のあり方に関心をもつきっかけをつくっている点が評価されました。そしてもう1名、長田祐生子さんは、学生の視点から労働組合の組織率の低下について着目し、労働組合の必要性を述べている点が評価されました。若者の視点から「連合労働保険制度」の創設を提言されていますが、それについて、もう少し踏み込んだ議論を展開してほしかったと思います。

 以上が今回の選考理由ですが、応募者の皆様が、日々のお仕事や学業の合間に、ご自分の生活を通して感じた社会に対する疑問や矛盾などについて、たんに考えられただけでなく、それを文章化して提言に結びつけてくださったご努力には心より敬意を表します。一度文章化してみますと、ご自分の考えを客観的に眺めることができて、新たな発見もあったのではないでしょうか。その意味で、今回は受賞に至らなくても、みずからの経験や体験を社会に結びつけて考えられたことをひとつの節目にして、ぜひ次回も「働くことを軸とする安心社会」の実現をめざした提言をお寄せいただけたらと思っています。


寸評

志縁塾 代表 大谷 由里子

 気が付くと、第 1回から続けて運営委員をさせていただいているのはわたしだけになりました。
 11回を通して思うこと。初期の頃と比べると、応募をしてくださるみなさんの論文は、とてもまとまっています。けれど、斬新な提言が無くなりました。「こんなこともできるんだ」「こんな方法もあったのか」と、運営委員のメンバーが「ハッ」とするようなものが無くなりました。

 今回、佳作賞になられた運輸労連書記長の小畑明さんは、第1回も佳作賞で第2回に優秀賞を取られています。その時は、本部の組織部長でした。熱い思いが伝わる論文で、わたしには、とてもインパクトのある論文でした。当時の運営委員の方々もそう思ったと思います。
今回も、論文としては、内容もとても良く、きれいにまとまっていて、応募者の中では、トップクラスでした。しかし、第1回、第2回の論文のほうが荒削りでもインパクトがあったと感じました。「これを優秀賞にして良いのだろうか?」と、思いました。
 実際、今回、多くの運営委員が、「これが『優秀』と、思えるものはない・・」と、いうことでした。よって今回は、11回目にしてはじめて優秀賞の該当者なしということになりました。結果、小畑さんと自治労の沼田隆さんが佳作賞ということになりました。

 奨励賞は、大学生の長田祐生子さん、情報労連NTTビジネスアソシエ分会の角谷博さん、セラミックス連合の中村光美さんの3人でした。中村光美さんは、「論文としてはどうか?」という議論があったものの、世の中に対して、労働組合に対しての熱い思いに溢れた提言でした。ということで、「次回に期待して」ということで奨励賞となりました。

 今年も学生からの応募が 5人ありました。学生が興味を持ってくれるということは、素晴らしいと思う反面、もっと組合に携わっている人たちの応募が増えて欲しいと感じます。また、できれば、「なんとなく、連合がやっている」と惰性にならずに、「提案できる機会がある」と、思ってもらえるように、たくさんの人をこれからも巻き込んで行けるようなものにして行きたいですね。そのためにも、11回目ということもあり、新しい10年に向けてのスタートだと思いたいです。
 何よりも、わたし個人としては、次回は、運営委員を、ガツンと言わせるような斬新な提言を期待しています。


寸評

参議院議員 吉川 沙織

 「私の提言」連合論文の運営委員として、第7回以降、選考に携わる機会を頂いており、今回が5度目となる。今回の特徴は、これまで経験したどの選考よりも時間をかけたとともに、おそらく委員長はじめ、他の評者も触れていることと思うが、第1回以降初めて優秀賞を「該当なし」としたことであろう。これまで経験した選考過程においても優秀賞については議論があるところであったが、今回は予備審査段階で委員の半数が優秀賞を選出していなかったこと、提言のオリジナリティと実行性を重視したことなどから委員間での議論の結果、優秀賞「該当なし」となったものである。

 また、今回の選考過程においては、優秀賞の選出とともに、議論が分かれた提言も存在する。ご自身の体験を基に、労働法制に依る休暇制度と実態、そこから垣間見える運用課題、社会保障制度の認知度向上等の必要性について強く訴えるものであったが、この提言についての扱いも委員間で大きな議論となった。奨励賞に選出された中村光美氏の提言である。評者自身はこれまでにないタイプとカテゴライズし、今後「提言」の強さを期待する意味で評価した。労働法制、ならびに社会保障制度の認知度向上のため、多くの方にご覧いただきたいと考えている。

 佳作賞に選出された2編は、小畑明氏、沼田隆氏であるが、双方ともこれまでの豊富な経験を活かした形での提言となっている点が委員間の多くで共有されたものである。小畑氏は、集団的労使関係の構築、労働者代表制等に触れ国民的キャンペーンの必要性を、沼田氏は、現在の社会情勢下において、具体例を示しながら地協活動充実・社会貢献活動の必要性をそれぞれ指摘している点が評価され、佳作賞選出となった。

 奨励賞は角谷博氏、長田祐生子氏、上述の中村氏が選出された。角谷氏については昨年に引き続き奨励賞選出となったが、提言の具体性が評価され、長田氏については学生ならではの視点が評価されたものである。

 今回は第10回の節目を通過し、第11回目であるが、次回に関しては、周知・広報段階の一層の工夫により、提言が増えることを期待し、数多くの提言の中から選考を行ってみたいという思いが強い。
 「論文」から「提言」への変更を経ての提言内容の変遷を分析し、さらにはこれまでの提言の中で、運動方針に取り入れたもの、参考にしたもの等について幾つかの事例を挙げていただく事を第 10回に引き続きこの場を借りてお願いし、運動全体の活性化に繋げて欲しいと切に願うところである。


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