私の提言

佳作賞

「働くことを軸とする安心社会」の実現にむけて
-コミュニケーションの充実により、個人の生き方を肯定できる社会を目指して-

岩本 進也

1.はじめに
 かつての労働組合は、団結権、団体交渉権、団体行動権をフル活用し、労働組合の最大の役割であった「経済的機能」を発揮し賃金引上げをしてきた。しかし近年の経済状況から賃上げが十分に出来ない状況になってきている。このような経済及び雇用環境において、労働組合は、どのように職場にある様々な問題を解決していき、安心して働ける環境を作っていくのかが、次の時代に求められている。
 今年の6月にマニラで開催されたUNI-Apro青年ワークショップに参加したときに、クリストファー・ウン地域書記長の講演で「労働組合は、権利が保障されているからといって、その存在が認められているのではない。真に経営に貢献する存在となり始めて存在が認められる」と仰っていた。これは氏が長年、アジア太平洋地域での労働運動を通じて得た教訓なのであろう。これはまた、時に経営側に虐げられるアジアにおける労働運動の厳しさを示した表現でもある。しかし、だからこそ相手(経営)にとって必要と思われる存在となり得ることが、今後の労働運動の発展に必要であるとウン氏は言いたかったのではないだろうか。
 ワークショップの期間中、アジアの青年活動家からは、どのようにしたら我々も、日本のように労使が協調して、経済成長と賃金引上げを達成できるのかと聞かれた。それは、私がやってきたことではないが、少し誇らしい思いすらした。しかし、今置かれている我々日本の労働運動も、アジア諸国の労働運動と同じように厳しい局面に立たされている。
 真に、組合員のためになる活動とは何か。経営のサポートになるために組合は何ができるのかといった観点から提言をまとめてみた。

2.職場における問題点
 私は、現在NTT労組東京総支部において執行委員を務めている。入社以来、それほど組合活動に関心がなかった私が執行委員になった理由は、いまいち「元気のない職場」の状況を改善したいと思ったからである。
 まず、職場における仕事のモチベーション状況がどのように変化してきたか、私の体験をもとにして分析してみた。


図1.固定電話の契約者数の推移


図2.NTT東日本の当期利益の推移

 私は平成10年NTTに入社した。入社当初、本社・支店という組織構造が歴然としてあり、典型的な上意下達組織のピラミッド組織であった。
 また、キャリアパスとして本社に行くことが好ましい道順という認知がなされており、多くの社員はそのように考え行動していた。平成10年当時は図1にあるように電話加入者は、まだ増加しているという状況であり、ITが社会で注目され始めた時期でもあり、会社の将来に対しても明るい展望を抱いている社員が多かった。そして、会社と社員の関係は、年功序列の賃金体系が引続き行われるという緩い関係であった。その様な状況の中、平成11年NTTは、東・西・コムと3社に分割された。
 平成12年、インターネット拡大に伴い事業構造転換が叫ばれるなか、ブロードバンドインターネットサービス「フレッツADSL」が開始される。
 平成13年に業績評価が導入され、徐々に会社と社員の関係はドライになってきたと、私自身は実感する。また、光ファイバーを使ったインターネットサービス「Bフレッツ」が開始される。
 この頃から当時の花形商品ISDN電話加入者数も頭打ちになり業績も悪化してきた。そして、新規採用凍結を2年に渡って実施することになる。
 これまで、本社計画の下行われてきた投資計画は、事業動向が複雑化するなか、投資計画業務は、すべて支店の判断とされ、これまでの本社機能はストップし、本社の全社的な指導力が著しく低下した時期である。この時期を境に本社に行くことは、仕事のやりがい、キャリアのステップアップにおいて必ずしも好ましくないという雰囲気が出来たと思う。
 図2にあるように、平成14年当期純利益がマイナスに転じた。フレッツサービスの需要増に伴う業務の混乱により、平成14年~平成15年は、職場内で叱責や罵声が聞かれることが多くなり、心身不調による長期休暇をとる同僚、退社する若手も増えてきた。
 現在、業績は回復し、株主への増配を決定する一方、業績評価のもと多くの社員の給与は据え置かれ、大部分の社員は燃え尽きているように思われる。失敗して減点されたくない、努力しても報われない、自分の仕事以外は関係ないという雰囲気の蔓延があるように見受けられる。

3.職場の課題解決に向けて
 このような職場環境を改善するために、自分自身が労働運動の中でどのように取り組むべきなのであろうか。私の職場の同僚にヒアリングすると、評価に対する納得感の無さがすべての年齢、職種で存在することが分かった。また、失敗することで評価を落としたくないあまり、チャレンジングな人材、ビジョンを示し周りを巻き込む人材がいない状態である。いわゆる「元気のある社員」が少ないのは、このあたりに原因があると思われる。
 このような状況を打破するために、労働組合として出来ることとして、会社により公平で透明感のある評価制度の運用を求める一方で、組合員同士のコミュニケーション充実を図り「認知および賞賛」で溢れる環境を構築することであると思われる。やってきたことを称える、悩みごとが相談できる、周囲の人をねぎらう--等の雰囲気を意識的に作っていかなければならないのではないか。職場のコミュニケーションの活性化を労働組合が積極的に推進し、お互いが相手の話しを「聞く」「分かる」「賞賛する」など現在の職場では行なわれにくいと思われる前向きなコミュニケーションを推進するのである。
 このような職場の課題解決に労働組合が積極的に関わり、リーダーシップを取り、経営のサポートを行なうことが今後の労働組合の運動に求められるのではないだろうか。

4.労働組合における問題点
 職場でのモチベーション低下が見受けられる一方で、組合活動における組合員の意識についても問題はある。
 我々の属するNTT労組東京総支部の問題点として、職場の社員・組合員から選出される分会役員のなり手が不足しているのが、まず挙げられる。また、分会活動においても、分会の二役(分会長、事務局長)に多くの負担がかかり日々の活動に支障を来してしまいかねない状況の分会もある。
 分会役員になりたがらない理由としては、(1)労働組合の活動をして評価を落としたくない。(2)自分が組合活動で仕事を抜けることによる罪悪感。(3)カンパ等の活動に周囲の人の理解がなく苦労する。(4)分会新聞を定期的に発行するのが大変。(5)時間外及び土日まで拘束される。(6)組合がなにをやっているのかがわからない--等の意見がこれまでの対話会等で出された。
 これらの問題点は、結局のところ「組合に対する周囲の理解不足による活動負担」が根本原因である。我々労働組合の活動が、会社や同僚、さらには家族など組合役員を取り巻く周囲の人達の理解が不足し、協力が得られず、その結果組合役員の稼働的・心理的な負担が増大し、それが周囲を巻き込んだ十分な労働運動に発展しにくい状況になっていると思われる。

5.職場と労働組合の問題を解決するために
 かつての労働運動は、誰もが関心がある「賃金引上げ」を軸に労働運動の求心力を維持していくことができたが、これからの労働運動にはそれに替わる代表的な運動が必要になってくるのではないだろうか。
 「賃金引上げ」に替わる労働運動の活動として、更には、現在置かれている職場の問題解決として必要とされる運動は「ワーク・ライフ・バランスの推進」ではないかと思っている。今後、進展されるグローバル化の波、複雑化する経済状況--等から想定されることは、これまで以上に個人の確立が求められ、自分の人生を切開く覚悟と努力を求められる時代になるということである。キャリアビジョンとライフビジョンをどう描くのか、そして仕事とプライベートのシナジーをどのように生み出していくのかが必要になってくる。そのためには、百人百様の生き方を肯定し、お互いがサポートするような人間関係を構築する環境を、まず構築する必要がある。
 この様な、労働者全員に関心のあると思われる環境を整備する運動を、労働組合がリーダーとなり推進することで、労働運動の求心力を高めることができるのではないかと考える。
 また、前項2の「職場の課題解決に向けて」でも触れたが、コミュニケーションの充実を図り「認知及び賞賛」で溢れる環境の構築は、職場における社員・組合員のモチベーション向上に資するものと思われる。
 この「ワーク・ライフ・バランスの推進」は、職場のモチベーション向上と、労働組合の求心力の向上の両方を達成する運動になる可能性があると、日々の労働運動から実感している。

6.多様性を認める職場環境を目指して
 職場に認知と承認の輪を広げるためには、職場にいる多くの社員・組合員の多様性を認め合うことが必要である。
 NTT労組東京総支部では、ワーク・ライフ・バランス(以下WLB)推進委員会を設置し、今後の想定される労働人口の減少や、グローバル化の進展に備えるために様々な活動を行っている。
 その活動の一つとして、女性組合員が組合活動に参加しやすい組合環境の整備に向け、組合活動を目指して働く女性の声を組合活動へ反映させるため、分会役員で構成する「分会役員ミーティング」を開催している。
 平成23年11月30日、「男女平等と労働組合の役割」に関する講師を招き講演を聴き、その後、分会活動と仕事の両立について、また自分自身のWLB状況に関するグループディスカッションを行なった。ここで参加者に対し行なったアンケート調査が今後の労働組合の運動に大きな示唆を与えると思われることから、以下に紹介する。

 ここでは、ミーティング後のアンケートとして以下のような質問をした。

Q1.役員ミーティングの内容について
  1. 参考になった
  2. 普通
  3. そうでもない

Q2.講演会の内容について
  1. 参考になった
  2. 普通
  3. そうでもない

Q3.「分会・部会役員ミーティング」参加前後で組合活動について意識が変わったか?
  1. 変わった
  2. そうでもない

 また、各設問にはコメント欄を用意し、アンケート回答者に自由に意見を書いてもらった。

◆アンケート集計結果1

 各設問の回答において、女性の方が男女参画について意識が高いといえる。またミーティング後の意識変化をみても7割の女性の意識が変わったと回答していることから、女性の方がより時代のニーズに合わせた活動を望んでいると推察できる。

◆アンケート集計結果2

 役員ミーティングの内容について、自由回答でのアンケートでは「1.ミーティングを開催し、改めて人と向き合い共感することが出来て良かった。2.女性役員登用に関する課題は、昔から変わらない。もっと機会を多く持って意見交換し対話を深化した方が良い。」という結果となった。対話会に対して前向きな反応が多かった。対話をすることでお互いに共感ができ、初めて会った組合員同士が打ち解けていくのが分かる。
 また、一方、対話会で出される課題に対し、問題点の深掘りを行ない解決に向けた行動を望む意見も出ているのが分かる。

◆アンケート集計結果3

 講演を聴くことで「1.男女平等運動における、労働組合の重要性がわかった。2.男女平等問題だけでなく、世界の雇用情勢がわかり、女性の働き方に対する意識が高まった。」という結果となった。
 男女平等運動における最新の研究成果や世界の雇用情勢の知識を得ることにより、参加した組合役員も新たな視点で男女平等運動をみることができるようになったことがわかる。

◆アンケート集計結果4

 ミーティング参加前後の意識については、「1.今日学んだこと、話し合ったことを伝え、男女平等を推進していきたい。2.昔からの体質が残っており、ミーティングと講演会では(現状は)変わらない。」と相反する意見が出された。
 この二つの意見から、今後の労組の運動として、積極的に男女平等運動を展開し、時代のニーズに合わせた組織活動を積極的に行なっていく必要があるとわかった。
 この「分会役員ミーティング」を開催しわかったことは、「対話会に参加し他の人と共感が持てたことが良かった。そして、講演後に学んだこと、話し合ったことを伝え、男女平等を推進したい」と多くの組合員が感じてくれたことである。
 この結果から「違う職場の人同士が苦労などを共有するコミュニケーションの機会を作ることと、これからの生き方に関する新しい情報の提供の場」が、今後においても組合員に好感を持って受け止められるのでないかということがわかった。

7.おわりに
 職場と労働組合の問題を解決するには、「コミュニケーションの充実」が必要だということが、私の提言である。
 職場においては、職場の雰囲気、評価制度にたいする不満から他人にも関心を持たず、モチベーションの低下を招いている。しかし、アンケート結果からもわかるように、コミュニケーションによる他者との共感ということが、参加した組合役員からも好評を得たように、一般の組合員にも好評を得ることができると考えられる。このように労働組合が「コミュニケーション機能」を発揮することで、社員・組合員のモチベーションを上げることは、組合員だけでなく、会社の経営サポートに繋がる。
 一方、労働組合としては、このような機会を提供することで、参加者が、他者から得た知恵や、講演会で得た知識により、別の角度から参加者自身を見つめ直すことにより、「自分よりももっと大変な人がいる」「自分よりももっと頑張っている人がいる」ということを自覚するきっかけとなったことが伺える。そして、それが自分を現状の「被害者」として見るのではなく、自分に関係のある隣の人の問題、ひいては、世の中を更に良くしようという、本来の「労働活動家」としての視点を身につける、という人材育成の機会として捉えることができるのではないだろうか。
 組合員個々の生き方を確立する機会を、労働組合が積極的に支援する活動を行っていくことが、会社や組合の問題を解決し、ひいては社会問題を解決するための人材育成を行なうということに繋がるのではないかと思う。
 今後は、組合員同士の対話会だけでなく、「上司を交えたWLB対話会」、「政治家を交えたWLB対話会」--等、様々なバリエーションを設け開催していきたいと思っている。そして、そこで出た意見を、会社や政治の場に届けていきたいと思う。
 そして「労働組合と会社」「労働組合と政治」等の問題にも参加した社員・組合員が興味を持ってくれれば、労働運動に対する求心力もさらに増すのではないかと思っている。

以上


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