『私の提言』

「働くことを軸とする安心社会の実現にむけて」講評

「第8回私の提言」運営委員会
委員長  岡部謙治

 連合は「山田精吾顕彰会の論文募集」事業を継承し2004年から「私の提言連合論文募集」を行ってきました。今回は連合論文と言う表現を「私の提言」に一本化し連合が、めざすべき社会像として提起した働くことを通じて支えあう希望と安心の社会「働くことを軸とする安心社会の実現にむけて」とのタイトルを付けて募集し今回8回目を迎えました。「山田顕彰会」から通算すると14回目になります。

 今回は3.11東日本大震災の影響で応募が少ないのではないかと心配していましたが20編の応募があり、さらに応募者、取り上げたテーマも幅広いものとなり感謝申し上げます。これから社会人となる学生の眼から見た今日の日本社会・非正規労働者の組織化など労働組合に対する期待、現役組合役員の日常の活動から生み出てくる実践にむけた提起、精神疾患が加わり5大疾病となった今日、職場のメンタルヘルス対策の重要性、高齢社会に入っているなかでの高齢者労働運動の充実、障碍者の置かれている現状を例に取り出し不安定な労働を支える仕組み実現の訴えなど、まさに今日の日本社会の現実を反映した多岐に渡る提言となりました。
 今回学生からの応募が7編となったことは喜ばしいことであり、就労前の青年の社会観・労働観が見てとれます。連合寄付講座の効力の表れとも言えますが今後も多くの若い世代が応募する環境を整えていきたいと思います。

 審査の結果は優秀賞1編、佳作3編、奨励賞2編としました。
 優秀賞の石田英樹さんの「働くことを軸とする安心社会、すべての従業員(働く仲間)と一体となる組織活動を目指して」は組合員の視点、人材育成・教育訓練など提言の具体性、活動の一貫性が評価されました。
 佳作賞の太田武二さんの「非正規・有期雇用労働の抜本解決に向けて外部労働市場における労働者供給事業の主導権確立を」は経験の積み重ねと論理的な文章、明快な提言を評価、原均さんの「高齢者労働運動を進めよう」は実体験に基づいた提言の強みを評価、橋本壽子さんの「働くことを軸とする安心社会の実現にむけて・・私の思い」は悪いサイクルから幸せなサイクルへと生活の場から自分が変わるとの視点を評価しました。
 奨励賞の盛本理紗さんの「労働組合の組織拡大に向けて」は従来の発想に無い加入形態の提起など新しい視点を評価、貫名真由子さんの「不安定な労働力を支える仕組みを求めて、眠っている貴重な労働力を活かし一人でも多くの人が働ける社会の実現を目指して」は障碍者の視点から現行制度の不備・矛盾を描き出している点を評価しました。

 別に全体の評価や入賞作についての寸評を運営委員の橋元秀一さん、廣瀬真理子さん、大谷由里子さん、吉川沙織さんの皆さまに行って戴きました、ぜひご覧戴きたいと思います。

 今回は3.11東日本大震災というきわめて困難な状況のなかにあったにも関わらず、組合活動のなかから、大学生や連合組織外からも応募を戴きました皆さまに感謝申し上げますと同時に大変お忙しいなかに審査を行っていただきました運営委員会の委員の皆さまにお礼申し上げます。


寸評

國學院大學経済学部教授 橋元秀一

 より多くの応募を願い、今回は「論文」募集という表現をさけ、「働くことを軸とする安心社会」の実現につながる「私の提言」の募集が行われた。昨年より多くの応募があり、安心社会とはどのような社会か、何を重視して労働組合は取り組むべきか等、色々な視点からの提言が寄せられた。分析や文章表現に精粗が見られたものの、大半が有意義な論点や問題提起であった。
優秀賞となった石田英樹さんは、「全ての組合員と一体となった活動を展開するにはどうするべきか」を論じ、「組合役員だけが頑張っている『組合役員中心の労働組合』になっている」問題点を指摘している。「旧態依然として時代の変化に対応して十分な教育活動や組織の立て直しが足りなかったこと、現場での技能伝承に委ねすぎていたこと」が要因であるとし、組合員や役員に対する継続的体系的な教育活動の重要性を強調している。自らの経験、組合員や非正規従業員の意識状況を踏まえつつ、提言への論理もきちんと説明されている。
佳作となった太田武二さんは、「非正規・有期雇用の抜本的解決へ向けての労働運動のパラダイムチェンジを提言」するとして、労供事業に取り組むことを提唱している。原均さんは、中小企業における高齢者雇用の問題点をリアルに指摘しつつ、産別退職者組織や地協の高齢者雇用における取り組み強化を提言している。これら二作品は、問題点や問題解決の重要性がきちんと指摘されており、論拠を示しつつ提言するなど、優秀賞の水準にあると言うこともできる。お二人は、過去に優秀賞を受賞された方々であり、筆力はそれを物語るレベルにあった。それ故に特段の水準であることが期待される。橋本壽子さんは、組合役員経験の中で感じてきたことを描いている。男女間の格差につながる古い慣習からくる見方の問題、若者の就業意識に関わる学校教育や所得と教育の格差問題などを指摘している。重要ではあるが、具体性や論理的説明が弱く、提言としての明確さが欲しかった。
奨励賞は、大学生・卒業生からの提言である。盛本理紗さんは、組合加入の「実感できるメリット」として、「企業・産業の枠を越えさまざまな労働者たちが集まり、自由に話をする」パーティーなどを提唱し、連帯作りに有効であるとする。若々しい素直な提言の良さが示されている。貫名真由子さんは、障害者や体調に不安を持つ人が、「社会保障に頼るだけでなく、自分ができる範囲の『労働』も加えて、自身の生活が支えていける」ようにすることの大切さを指摘し、障害者基礎年金改革などを提言している。失業者ばかりでなく、障害者も含めて「1人でも多くの人が働ける社会」の実現が重要な課題であることを明快に示している。


寸評

東海大学教授 廣瀬真理子

 今回の応募者の提言には、それぞれの方が普段持っている関心事からテーマを選ばれたようすがうかがえて、個性的な提言が集まったと思います。社会人にとっては、日常の仕事に追われるなかで、自分でテーマを設定して文章を書くには、普段の活動にプラスした集中力と、締め切り期日までに書き上げるために相当のエネルギーが必要だったと思います。また、大学での課題として義務づけられるレポートではなく、自主的に社会に向けてご自分の意見を発信してくださった学生の方々の積極的な姿勢も、素晴らしいと思います。
 今年から、これまでの「論文」が「提言」に変わりました。そこで今回は、提言内容とその理由を重視して選考を行いました。つまり、現実の生活のなかから労働にかかわる問題を発見し、なぜそれが問題なのか、その解決策としてどのような発想があるのか、またその発想をどのように具体的な取り組みに結びつけられるか、という点を重視して選考にあたりました。
 優秀賞に選ばれた石田さんは、非正規労働者が増加する近年の状況において、労働組合の組織のあり方を問題として、組合活動の今後の発展の可能性について、教育の必要性を中心とした提言を行っています。また、佳作賞に選ばれた太田さん、原さん、橋本さんの提言には、それぞれ他の人とは異なった、ご自身が直面した現実にもとづいた提言の強みがありました。これらの方々の提言には、問題発見の目や熱意が感じられ、また「思い」が伝わる提言であった点を評価しました。
 こうしてみますと、まだ本格的に労働生活を経験していない、たとえば学生のような場合、どうしても社会人に比べて提言が少々弱くなりがちなことは否めません。しかし、そのなかで盛本さんの提言は、現時点でご自分が考え出した具体的な提言が、将来に向けた可能性として評価されました。また、貫名さんは、社会人として身近な事例を通して、働くことによる自己実現を重視した提言が評価されて、奨励賞の対象になりました。これらの方々は、次のステップに向けて、問題の背景をもう少していねいに分析して基本的な知識を増やし、多角的な視点をもって検討を加えられると、さらにシャープな提言が示せると思います。
 また、今回惜しくも受賞を逃された応募者の皆様も、普段の生活で何となく気になっている問題や、日々の職場で直面する疑問や矛盾などについて、書くという作業を通して一度ご自分の外側に出して、ご自分で眺めてみる良い機会になったのではないでしょうか。賞につながらなくてもそれはけっして無駄なことではなく、むしろ、次に新たな発想を生み出すための蓄積になったことと確信します。その意味で、今回応募してくださった皆様全員に心より敬意を表しますとともに、次回、さらに積極的な提言を寄せていただけますことを期待しております。


寸評

志縁塾 代表 大谷 由里子

 優秀賞の選考は、審査員一同悩みました。というのも、第2回優秀賞を取られた太田武二さんの論文と、第1回に優秀賞を取られた原均さんの論文が、論文としてもしっかりしているし、提言としてもかなり考えさせられる内容だったからです。
「できれば、同じ人よりも、違う人に賞を取って欲しい」「その論文が良いのならば、何回、賞を渡しても良いのではないか」「やはり、一度賞をもらった人は、前回よりも良いものを書いてもらいたい」などと、審査員メンバーの意見も別れました。
原さんの内容は、「高齢者労働を進めよう」という内容。「高齢者よりも、今、働いている人が大切じゃないか」「この問題は、これから連合が関わって行かなければならない問題じゃないか」ここでも意見が別れました。
わたしは、「やはり、高齢者よりも、今働いている人が大切」の視点で、論文の内容でなく、提言として、原さんよりも、今回優秀賞を取られた石田英樹さんを推させていただきました。
今回、優秀賞になられた石田さんは、「教育」の大切さを提言されています。「教育が大切なのは当たり前」「みんなが言っていること」と、言う意見もあったのですが、「基本に戻って、労働組合の重要性や、労働組合の意義をもう一度教育することも、本当に大切じゃないか」ということで、石田さんの論文が選ばれました。
原さん、太田さんは佳作になりました。原さん、太田さんの論文と比較すると、論文としての実力は、まだまだだけれど、熱い気持ちに打たれる内容だったために橋本壽子さんの論文も佳作になりました。こちらは、次回からも期待されています。
今回は、奨励賞の盛本さんを含めて大学生の応募が7点ありました。労働組合というものを「一生懸命、勉強してくれているなあ」と感じさせてくれるものや、とても労働組合の年配の人たちには思い浮かばないような組織拡大の斬新なアイデアがあって、読んでいて楽しいものもありました。
盛本さんの論文もそのひとつ。「組合に入ったからこそのメリット」が、必要などの提言に加えて、身近なものだと捉えてもらえるように「パーティを開く」など楽しいアイデアの提案も。論文の価値は置いておいて、「これからも頑張って欲しい」の思いを込めて奨励賞を出させていただきました。


寸評

参議院議員 吉川 沙織

 「私の提言」連合論文の運営委員として、第7回に引き続きその選考に携わる機会を頂いた。応募論文を概観する限り、前回同様、以下の2つのアプローチを中心に大別出来るものではないかと考える。
(1)著者自身の活動・実体験から得られた提言
(2)第三者としての客観的な情勢分析と提言

 ただ、前回と大きく異なる点は、これまで「論文」としての提言から「提言」そのものとして提出を募ったことであろう。そこで「提言」内容とその実現可能性に重きを置いて、運営委員による選考が行われたと言って過言ではない。その結果、優秀賞として石田英樹氏の提言が選出されたものと考える。石田氏においては、今は現役の組合役員であるものの、一組合員であった頃の感覚と体験を大事にしながら、組合員目線に立ち活動を展開している経験談を踏まえつつ、客観的指標であるデータも織り交ぜながら、現実的提言が示されていることが運営委員の評価を得たのではないかと感じている。

 また、佳作に選出された太田氏、原氏、橋本氏の各提言それぞれについては、経験の積み重ねと現実を直視した提言の強さ、実体験に基づいた問題発見の視点からそれぞれ選出されている。特に、橋本氏の熱い思いが伝わってくる「所得・教育格差問題」「若い世代の就職難」「夢」に触れた提言に関しては、評者自身が就職氷河期世代であることから、やはりどうしても思いを強くするものである。

 奨励賞については、盛本氏、貫名氏が選出されているが、盛本氏の提言は組合活動・制度の透明化やメリットの充実など、学生ならではの新鮮な視点での提言が目を引いた。学生にとって、働くということはある種未知の世界であるが、学生の段階から「働くこと」に関して理解と関心を深めてもらう一助に、本提言の存在がなれば幸いである。

 全体的には前回を上回る20編の提出となったが、それぞれの提言が興味深く、今後の活動に活かすことの出来るものが多いと言える。運営委員の立場としては、一編一編真剣に拝読し、それぞれの内容に向き合っているが、運動全体の活性化という観点からはより一層提出数が増えるような取り組みが必要であると言えるだろう。さらに、これまでの提言を含め、連合には提言内容を行動として活かすことで初めて、「私の提言」の意味があると考えることから、実践して欲しいと心から願うところである。


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