私の提言

奨励賞

労働組合の組織拡大に向けてして

盛本理紗
(一橋大学社会学部2年生 連合寄付講座受講生)

はじめに

 2009年の日本労働組合総連合会の第11回定期大会では、2010~2011年度の運動方針として「すべての働く者の連帯で、希望と安心の社会を築こう!」をスローガンとした。そしてそのスローガンのもと、以下の3点の「運動の力点」を宣言した。

  1. 「社会の底割れに歯止めをかける。そのために雇用の確保・創出、政策制度の実現に全力を傾ける。層の厚い中間層を取り戻すため、分配の見直しと底上げをはかり、非正規雇用労働者、中小零細企業で働く労働者の処遇改善と均等処遇を進める。働きがいの向上とゆとりのある生活の両立をめざし、全組織を挙げた働き方の改革によりワーク・ライフ・バランスを推進する。」(注1)
  2. 「地域に根ざした顔の見える運動」をさらに前進させ、地域や地域で働く労働者が抱える諸問題への対応力を強化する。他団体とも連携を深める中で、広く社会連帯の輪を拡大する運動を展開する。」(注1)
  3. 「社会の安心、安定のためには労働組合は不可欠なインフラとの認識に立ち、組織拡大を進める。労働者代表制の法制化や会社法の見直しを進め、日本社会全体で集団的労使関係を再構築する。」(注1)

 そこで今回筆者はそれら3点の運動の力点のうちの最後のひとつ、「社会の安心、安定のためには労働組合は不可欠なインフラとの認識に立ち、組織拡大を進める。」(注1)という課題に焦点を当てる。

(厚生労働省 平成21年度労働組合基礎調査結果の概況より抜粋)

 上のグラフを見てもわかるように、労働組合の推定組織率は減少傾向にあり、平成21年には18.5%まで落ち込んでいる。なぜこれまでの日本の労働組合は組織拡大を進めることができなかったのだろうか。この疑問に対して、筆者は法制度の整備などの一般市民には理解しがたい視点からというよりも、主に労働者の視点から原因を考え、「労働組合へ加入するインセンティブの欠如」と「非正規雇用の増大」という2つの側面を考察し、今後労働組合の組織拡大をすすめるためにはどうすべきか、その対策を時代に即した形で見出し、いくつかの提案を行いたい。

労働組合加入へのインセンティブの欠如

 労働組合とはそもそも、労働者の立場から経営者側へ要求・提案を行い労働環境の改善を目指して活動する団体のことである。日本労働組合総連合会発行の冊子『「働くことを軸とする安心社会」に向けて~わが国が目指すべき社会像の提言~』の27ページにも、「働く者にとって、労働組合は一番身近で最初のセーフティネットであり、働く者が自立し、支えあうための基本的で不可欠な社会的ツールである」(注2)と書かれている。また、労働組合に入っていなくとも労働協約が適用されすべての労働者に適正な労働条件が保証されているヨーロッパと比べて、日本では労働組合に加入しなければ労働協約の適用が受けられないため、労働組合に入ることが労働条件保証のためにも不可欠なはずである。しかし現実には、春闘でこれといった成果があげられず、労働者の意見を経営者に提示し要求する「仲介役」というよりもむしろ、経営者の言い分を労働者に納得させる「なだめ役」として組合のイメージが広く普及してしまっているようだ。企業別組合はそれぞれ企業の組合員に活動報告や意見収集などを行っているが、未加入者にとって労働組合の活動・成果はいまだ不透明な部分が多く、春闘の結果などマスコミで報道されるような一部の活動のみを見て「労働組合は労働者を守ってくれるわけではない」というイメージを形成してしまっているのではないだろうか。そのため労働組合に加入しようというインセンティブが働かず、そのことが組合の組織拡大の障害のひとつとなっているのではないか。

労働組合の活動の透明化

 そこで、まず必要なのは、労働組合の活動・成果を未加入者に対しても透明化するということだろう。未加入者に知ってもらう内容としては、たとえば、「労働組合では労働者からの相談を受け付けています。電話番号は・・・」という宣伝だけでなく、「○○企業の労働組合の働きかけにより○○という制度が改善され働きやすくなりました」、「政府との会談で労働組合から○○という提言・要求をしました」といった報告でもよい。大切なのは、労働組合の活動が労働者自身の生活に結びついているということをきちんと認識してもらうことである。また、その方法としては、現在すでに行っているような街頭でのビラ配りや労働組合のホームページだけでは足りない。なぜなら、ビラ配りではビラをもらわなかった人に対して活動を報告できず、ホームページに関してもホームページを随時チェックするというような関心のある人々以外にはなかなか活動を周知させられないと考えられるからである。そこで筆者は、電車の広告や新聞の広告欄を活用してはどうかと考える。労働組合の活動を知ろうと努力しなくても自然と知ってしまうという形が理想である。電車の広告は多くの人がそれとなく目にするものであり、新聞の広告欄も同様である。さらに、現代の情報技術の発展を利用して、メールマガジンやツイッター、フェイスブックも有効だろう。そこでは労働組合が今何をやっているのかということだけでなく、組合を通して改善された労働条件を実際に享受している労働者の声も載せることができよう。このようにして労働組合の活動・成果を透明化できれば、組合をより身近に感じ、不透明さからくる組合への不信感を排除できるだろう。

メリットの充実

 以上のような透明化に加えて、「組合に入ったからこそのメリット」をより充実させる必要がある。現在、労働協約の適用を受けられる・団体交渉ができるといった「制度的」なメリットはあるが、なかなか労働者の身近なものとしては実感しづらい。さらに、たとえ交渉できたとしても労働者側の要求が必ず通るというわけではなく、組合費を払ったことへのリターンがある保証はない。また、組合員でなくても労働相談ができ、組合が努力して最低賃金引き上げを達成してもその成果は非組合員も享受できる。こうした事実による組合加入へのインセンティブの弱まりを解決するために、より身近な、普段から実感できるメリットを考え直すべきである。
 たとえば、組合員のパーティーを定期的に行うのはどうだろうか。参加費は月々支払っている組合費から出すことにし、パーティーのための集金は特別に行わない。そして、企業・産業の枠を超えさまざまな労働者たちが集まり、自由に話をする。様々な人の仕事の話を聞いて刺激を受けたり、各々の労働環境への不満を共有したりするのでもよいし、全く仕事とは関係のない話をするのでも良い。このパーティーの目的は、組合員の連帯・つながりを作ることである。そうした連帯から新たなビジネスチャンスが広がるかもしれないし、良き相談相手を見つけることができるかもしれない。さらには、利害を共有した者が集まって労働条件の改善へ向けた労働運動を始めるかもしれない。組合員が連帯する機会を与えることによるメリットは無限に存在するだろう。
 そのほかに、組合員優先で受けられるサービスを組合が作るというのはどうか。たとえば、企業で働く母親のために組合が保育所を作るとする。そこで働いてもらう保育士さんの募集にあたっては組合員を優先的に雇用することで「雇用を守る」というサービスを提供し、また、保育所を利用する母親に関しても組合員を優先的に採用するというサービスを提供する。あるいは、組合員かどうかに関わらずさまざまな条件を加味して本当に保育所を必要とする母親から優先的に採用する場合、組合員のほうの利用料金を安くする。このようにして組合員だからこそ受けられるサービスが身近に存在すれば、労働者は組合費を支払ってまでも組合に加入していることへ意義を見出すことができるようになるだろう。
 こうした「組合員だからこそのメリット」は、組合員と非組合員の間の差別と紙一重になっている。一見すると、これらの例は非組合員がそうしたメリットを受けられないようにしているという点で非常に冷淡なものに感じられるかもしれない。しかし、組合に加入しなければ適正な労働条件が保証されない日本の制度においては組合加入が労働者にとって必要条件であり、それはつまり、組合の組織拡大を何としてでも実現させなければならないのである。そこで、組合員であることのメリットを充実させて非組合員との違いを明らかにすることは組合加入のインセンティブを高めるために有効であろう。また、組合費を払っていることへのリターンとして組合員への優先事項を設けることは、お金を払っていない非組合員と払っている組合員の待遇を同じにすることよりも「公正」な試みといえる。
 ただし、筆者のこの提案は「すべての人が労働組合に入れるという状況にありながらも加入する人と加入しない人が出ている」ということを前提にすすめられている。そのため、自らの生活またその家族の生活を支えるのに精いっぱいで組合費を支払う余裕がないほど収入が少ない労働者や、自分が働く企業の労働組合に入りたいのだけれどもそこに労働組合がなく組合を新たに結成するほどの時間的・精神的余裕を持ち合わせていない労働者に関しては考慮されていない。したがって、そのような労働者に対する対策はまた別の形で考える必要がある。たとえば組合費を労働者の収入に合わせて増減するという方法や、労働組合結成のプロセスをより簡単にするという方法などが考えられる。しかし、多様な働き方が実現している今日の日本社会の中ですべての労働者に対応すべくあらゆる対策を一気に行うことは難しいだろうと思われるため、今回はそれらの労働者の対策に関する議論を省略させていただき、まずは上で述べた前提に当てはまる状況のうえでの対策に絞って考察することとした。

非正規雇用の増加

 ここまでで労働組合加入に対するインセンティブの欠如という問題点をみてきたが、これ以外に、組合の組織拡大が進まない原因のひとつとして「近年の非正規雇用の増加」という問題点があげられる。正規従業員が減少する一方で非正規労働者が増加しているという状況の中、非正規労働者の労働組合組織率は非常に低い。この問題を解決することは組合にとって重要な課題となっているといえる。
 そこで、まず、なぜ非正規労働者の組合加入が遅れているのかを考えてみる。筆者はその理由について、非正規労働者の短期的な雇用形態にあるのではないかと考える。日本では企業別の労働組合が主となっているが、派遣やパートタイマーなどで雇われる非正規労働者はいつまでその職場にいられるのかわからず、企業の組合に加入することには困難が伴うだろう。
 非正規労働者がこうした困難を理由に組合へ加入していないのだとすれば、組合加入の形態に流動性を設けることが有効な解決策になるのではないだろうか。連合はすでに非正規労働センターやパート労働者の集い、パート共闘・パート共闘連絡会議といった非正規雇用労働者の組織化への取り組みを行っているが、それらに加えて、ある企業の労働組合に入り、その企業をやめたまたはやめさせられた際、簡単に次の企業の組合の組合員となれる制度を作るのはどうか。非正規労働者だけのための労働組合を作るよりも、なるべくなら日本において主となっている企業別の労働組合に加入したほうが良い。なぜなら、非正規労働者と正規労働者で労働組合が別れてしまうと2者間の格差はなかなか埋まらなくなってしまうと考えられ、また、非正規労働者も正規労働者と一緒になって同じ企業の労働条件の改善を目指すことが必要だからである。たとえ雇われる先の企業が変わっても、もとの企業の労働組合の組合員であれば次の企業の労働組合の組合員に移行できるという制度があれば、短期の非正規労働者であっても「とにかく労働組合に入る」というインセンティブができ、また、そうすることによって労働者である間は常に組合の活動の恩恵を受けることができる。
 つまり、ひとが労働者として働き始める時に自分が勤める企業の労働組合にいったん加入してしまえば、その後は転職しても常に「組合員」であることのできる制度があれば良いのではないだろうか。たとえ短期雇用でも組合員として経営側に意見を言える、発言の場へ参加できるという意識が持てれば、仕事に対する意欲や向上心は以前よりも充実し、非正規雇用であってもよりよい質の働き方が実現できるだろう。

まとめ

 以上で見てきたように、筆者は、組合の組織拡大には「組合加入に対するインセンティブを高める」ことと「非正規労働者も加入しやすい組合制度にする」ということが非常に有効なのではないかと考える。そして、インセンティブの向上のためには、新聞や電車の広告、ソーシャルネットワークサービスなどを利用して労働者が知ろうと努力しなくても自然と労働組合の活動を「知る」ことができるようにする「労働組合の活動・成果の透明化」と、組合員のパーティーの開催や組合員優先のサービスの提供などによる「組合加入のメリットの充実」を実行していくといった方法が考えられる。また、非正規雇用労働者の組織率の低さへの対応としては、短期雇用の労働者でも気軽に入ることができるような、「流動性」が確保された組合の体制を作るというのが考えられる。これらの具体的な対策が労働組合にどこまで可能なのか、また、どこまで労働組合の組織拡大に貢献できるのかは未知である。しかし、筆者の提案の根底にある「組織率の低さの原因を労働者の視点から考え、時代の変化に即した対策を見出す」という態度をもつことは、労働組合の組織拡大だけでなくその他さまざまな取り組みを行う上で非常に貢献度の高いものとなっているはずである。
 労働組合は組合費を集めている限り、何かあった時には確実なセーフティネットを提供するのが理想である。その点ではある意味「保険」と同じ役割を担うが、多くの人が入っている生命保険や火災保険と違うのは、問題がお金だけでは解決できないという点である。組合は金銭面でのセーフティネットというよりもむしろ、安心して働くことのできる社会制度としてのセーフティネットを築きあげるという役割がある。そのためにも、労働組合が組織拡大をすすめることは、より広範囲な労働者の連帯を強化し、労働者自らが労働そして生活の質の向上を目指せるような「『労働者』を主体とした働く場・生活の場」の実現のために必要不可欠な要素となっているのである。これを踏まえたうえで、組織拡大のためにこれからも様々な試みが行われ、より多くの労働者が安心して働くことのできる社会になることを期待している。

以上

参考文献

注1:連合ホームページ、連合ニュース2009年10月13日、http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2009/20091013_1255424084.html より引用
注2:日本労働組合総連合会発行『「働くことを軸とする安心社会」に向けて~わが国が目指すべき社会像の提言~』27ページ


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