私の提言

奨励賞

不安定な労働力を支える仕組みを求めて
~眠っている貴重な労働力を活かし、1人でも多くの人が働ける社会の実現を目指して~

貫名 真由子
(國學院大學卒業生)

1.はじめに

 今日、「働きたくても働けない。」と感じている人たちが多くいます。もちろん理由は様々で、希望の求人が無い、子育て、介護で働けない、自身の病気や怪我、障害などで働けないなどが挙げられます。しかし、「1日8時間、週40時間の労働」ができない環境での労働は、とても心細く、不安定です。子育てや介護支援、雇用者数を増やす対策として、「育児、介護休暇」「ワークシェアリング」、障害者に対しては「障害者雇用促進法」などが挙げられますが、会社での地位が安定しなくなる、生計が成り立たない、障害者の求人枠が少ないなどで、まだ満足できるような普及の仕方ではありません。
 さらに体調に波があり、週に数回の労働さえも困難な体調の人の場合、現在の労働システムでは、パートタイマーやアルバイトの口もほぼ無いと言っていいでしょう。在宅ワークでの口も難しいかもしれません。しかし、彼らを支える今の社会保障制度には不安があり、これから先の安心も見込めない今、彼らも生計を立てられるまでにはならなくとも、自分の体調に合った形の労働を月に1回、1時間でもいいので始めることが、今こそ必要なのではないかと感じます。そんな彼らの「労働」を様々な法や制度のしがらみから守り、しっかり支えていける社会のシステムにはどんなものが考えられるでしょうか。

2.障害基礎年金を受給している者の現状

 仮にあなたが障害基礎年金2級を受給しているとしましょう。この場合、1ヵ月に月額65,741円の支給(H23年度の場合)があります。しかし「身体の機能の障害または長期にわたる安静を必要とする病状が、日常生活に著しい制限を受けるか、または、日常生活に著しい制限を加える程度のものとは、必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度の状態」(※1)にあることが条件となります。いい方を変えれば、「働く気力、体力面での能力不足」でありながら、月6万円台で生活をしてくださいといわれているのです。現実問題として、月6万台で生活は可能でしょうか。実家で親のすねかじりができる人は、まだいいでしょう。専業主婦(夫)をして家計が回る家も大丈夫でしょう。貯金などの財産がある人も暮らしていけるでしょう。しかし、そうではない人は、一体どうやって暮らしていけばよいのでしょうか。
 彼らがこのような状況下で生きていくための救済措置として生活保護が考えられますが、皆が受給できるわけではありません。また障害基礎年金を受けている人は、生活保護の受給額から障害基礎年金額分が相殺されます。
 そして、「働く気力、体力面での能力不足」ながら、制度と制度の狭間で、何の救済措置も受けられない人たちもいます。例えば、障害者手帳や障害年金受給の条件が満たせない方、引きこもり、「働く気力、体力面での能力不足」の者など、その数を合わせると何百万人もいるといわれています。

3.障害基礎年金を受給していても、月に1回程度の活動ならできる人も多い

 障害基礎年金を受給している者の中には、車の運転ができる人もたくさんいます。障害の程度にもよりますが、買い物にだって行くことができます。障害があるからといって、24時間365日、体調が優れないわけではないのです。障害基礎年金受給者は、受け身の人生を送っていると思われがちですが、体調のいい日には、活動ができるのです。どんな形でもいいのです。社会と繋がっていたいと思っているのです。社会貢献もしたいのです。誰かに必要とされているという実感を得たいのです。お金だって稼ぎたいのです。社会の一員と感じられる安心感が欲しいのです。しかし、働くことで年金の受給が止まってしまうことが心配で、僅かとはいえ働けるかもしれない能力をしまい込んでいる人も相当数いるのです。制度と制度の狭間で、葛藤の日々を送っているのです。
 ちなみにこの例は、正社員並みに働いても年収が200万円以下のワーキングプアが、貧困層から抜け出す術が得られず、次第に働く意欲をそがれ、全面的な生活保護の受給に移行していくケースにも当てはまるのではないでしょうか。なぜなら、労働で得た対価は全て生活保護費から相殺されてしまうからです。これが、「仮に多少の労働ができる状況にある場合でも、何もしないのが、1番いい。」といわれる所以でしょう。生活保護受給世帯が増大している理由は、失業率の高さだけではないようです。この眠らせてしまった「やる気」を呼び起こし、活かせるような法や制度に改正される日を願ってやみません。
 そして忘れてならないのが、毎年自殺者が3万人を超す背景には、経済面だけではなく、精神疾患を抱え、精神的な支えを必要としている人が多く含まれているということです。社会との繋がりがあれば、ひょっとすると救えたかもしれない命なのです。

4.難病指定を受けた方がボランティアをする

 私の知人にリウマチの認定を受けた方がおられます。しかしその方は、月1回のパーキンソン病の会のボランティアをされています。人は、例えば持病や障害に関してはマイノリティ(少数派)であっても、それ以外のことではマジョリティ(多数派)になるのです。つまり誰かが不安を抱えた状態の自分を必要としていて、それに対して持病を抱えた自分でも応えられる場所が、きっとどこかにあるはずなのです。しかし一個人では情報不足で、自身と団体を結ぶツールがまだまだ不足しているのが現状です。都会に比べて田舎では更に深刻です。もしも、ここを繋ぐルートが多数存在していれば、自分に合ったボランティアを自身の体と相談して行うことが可能になります。今以上に活躍する場所が増えるかもしれません。お金にはならなくても、やり甲斐を感じられるものもあるのです。社会との繋がりを感じながら、誰かの役に立つことができるのです。
 そして、仮にこの「ボランティア」という活動にも、対価が支払われる仕組みがあったとしたら、どれだけの人が「労働者」と呼ばれる立場になれるでしょうか。勿論、生計を立てられるわけではありませんが、少なくとも「働くことができない者が、何がボランティアだ。」というようなセリフを耳にしなくて済むようになるでしょう。

5.ある障害者センターのお話

 ある障害者支援センターの人と話をする機会があり、「仮に体調の関係で週2日位しか働けない場合、どういうお仕事の求人がありますか。」と尋ねたことがあります。回答は、「週2日でしたら、1回2時間くらいの清掃のお仕事くらいでしょうか。」とのことでした。
 また、「障害者」には、身体障害、知的障害、精神障害がありますが、大企業の障害者雇用の枠で就職が見込めるのは身体障害者の人が多く、知的障害の人は、作業所で働くケースと清掃の仕事が多いとのことでした。在宅ワークの求人は、障害者センターにほとんど来ないとのことでした。そして、これらの求人を足しても、パイに対してほんの僅かとも話されておられました。そして印象的だったのが、「規則正しい生活ができるようにならないと、働き口は紹介できません。」という言葉です。彼らに合わせた働き方を用意、支援するのではなく、健常者に合わせた働き方ができる障害者しか働けないというのは、何とも腑に落ちないのは私だけでしょうか。

6.化学物質過敏症患者のケース

 皆さん、化学物質過敏症という病名をお聞きになったことはあるでしょうか。「一度に多量の化学物質に曝露されたり、少量でも長期に渡って曝露され続けることによって、その人の体の許容量を超えたときに、拒否反応として一気に発症し、一度過敏性を獲得すると、その後はごく微量の化学物質に接しただけで強い拒否反応を繰り返し示すようになる」(※2)という病気です。そして、「たいていは発症のきっかけになったものだけでなく、それ以外のさまざまな化学物質に反応を示すようになり、外部との接触が難しくなったり、不便な生活を強いられる」ようになっていくというものです。今から50年程前にアメリカで発見されたものの、日本では平成21年10月にやっと国に病名認定され、ようやく保険診療が受けられるようになりました。シックハウス症候群や電磁波過敏症なども化学物質過敏症の大枠に入ります。症状は人それぞれで、自律神経失調症のような症状を示す人もいれば、息苦しさを訴える人もいます。また、曝露する化学物質によって、症状も異なります。化学物質過敏症患者は潜在患者を含めて成人では70万人と言われていますが、日本での認知度は低く、専門外来も全国で10カ所程度に留まるため、診察は半年待ち、誤診されるケースも珍しくありません。
 さらに障害者手帖の制度は古いため、どんなに症状が重くても手帖の支給はありません。障害基礎年金に限っては、ようやく2級が認められるケースが出てきたというのが数年前のことです。変な話ですが、仮に障害基礎年金が受給されたとしても障害者手帖が貰えないために障害者枠での求人に応募することができないということになります。とはいえ、化学物質過敏症患者にとって外出したり、働くことは、様々な化学物質と接触する危険性があるため、現実問題として外で働くことは難しい人が多いかと思われます。自宅が安全とは言えませんが、少なくとも「我が家の城」である自宅が1番安心な空間であるため、自宅に居ながらにしてできる「在宅ワーク」が向いているのかもしれません。PCの操作ができる人なら、電磁波過敏症を発症する心配はありますが、入力作業やテープおこし、才能があれば小説などの文章を書くことは可能かもしれません。また手先が器用な人であれば、ビーズのアクセサリーなどを体調のいい日に作り、どこかで委託販売してもらうか、ネットオークションを通じて自ら売ることもできるかもしれません。しかし、安心して暮らせる程の労働やそれに伴う対価を手に入れることは、難しいのが現状です。

7.不安定な労働ではあるが、労働力はたくさんある

 仕事を始めてから体調を崩した人は、労災が認められる場合があります。とはいえ、今の労働環境は、一度転げ落ちるとその職場に戻って来られない場合がほとんどです。そのため、体調に不安を抱えていても、体に鞭を打って働く人が大半です。無理をして、無理をして、体が限界だと悲鳴を上げた時には、治療に長期間を要するまでになっていて、休職、退職に追い込まれるケースも稀ではありません。病気になったり、社会復帰できない状態にまでならないと、救済措置はないのでしょうか。体に不調を感じ出した時に安心して休める環境が整っていれば、また復帰できるシステムが確立されていれば、そこまで自身を酷使することもないだろうにと、憤りを感じるのは私だけでしょうか。
 また、仕事に就く以前に体調を崩した人やひきこもりをしている人は、社会との繋がりをあまり持つことができず、何らかの補償もありません。思春期に勉強ができず、手に職も付けられなかった人も少なくありません。しかし彼らには、気力、体力の差はあるにせよ、時間はたくさんあるのです。学ぶ機会さえ得られれば、それをいかんなく発揮する可能性を秘めているのです。もし彼らが場所を選ばず、体調に合わせたペースで学べ、その知識を活かせる舞台が併せて用意されていたとしたら、きっと彼らは将来の自分に期待することができるようになり、自信を取り戻せることができるかもしれません。そのためには、やはり在宅ワークの種類の拡充やそれに伴うお金の掛からない教育システムを支える組織が早急に求められます。

8.わずか月1回、数時間の労働を支える仕組みを…

 その人の気力・体力面に応じて、「月に1日以上、数時間の労働」、もしくは、「数日の在宅労働で完成できる作業内容ですが、納期は1ヵ月あります。」といった作業など、体調の波を考慮したスパンでの仕事や情報提供があれば、体調に不安を抱えた人にとっては、どれほどありがたく、心強いことでしょう。勿論これでは、今の会社のシステムでは成り立たちません。しかし、このような働き方が確立し、社会に認知されれば、一体どれだけの人たちが社会との繋がりを復活させることができるでしょう。どこかに所属しているという安心感が、どれだけの人に勇気と自信を与えることでしょう。自分の労働や社会とのつながりを証明してくれる社員証や団員証、会員証は、彼らにとっては印篭になるのです。私はこのような働き方を支える労働組合の出現を切に願ってやみません。

9.消防団の活動で安心社会を…

 消防団といえば、東日本大震災で注目されることとなりましたが、消防団員が非常勤特別職の地方公務員であることは、皆さんご存知でしょうか。火事や災害の際、出動するイメージが強いかもしれませんが、活動の多くは地域の防災訓練の支援や災害に備えての訓練や広報など、日頃の防災活動が主になります。
 入団は18歳以上で、普段は他に職業を持っていたり、無職の方もおられます。また渋谷消防団の場合、定年が70歳のため、在籍が20年、30年の方もおられ、中には持病を抱えながら活動されている方もおられます。日頃は、体調に不安があるため家でゆっくりされている方でも、いざ活動服に袖を通されると消防団員という誇りに満ちた顔になられます。地域の人たちの役に立ちたい、自分たちの町は自分たちの手で守るんだという使命感、責任感がそうさせているのでしょう。そして地域の仲間と一緒に活動ができる安心感もあるのかもしれません。
 活動内容は、私の住んでいる地域(東京都渋谷区)では、地域の自主防災訓練の支援や中学生のD級ポンプ訓練の支援、お祭りの警戒など、月に1~3回程度の不定期な活動です。災害時の活動に不安があるものの、日頃の活動ならできると思われる方はおられるのではないでしょうか。
 消防団の活動は、ボランティアだと思われている人もいるかもしれませんが、先程も述べたように、消防団員は非常勤特別職の地方公務員ですので、活動に対する対価はもちろん支払われます。35歳以上でしたら、健康診断も毎年受けることができます。
 また、消防団員にはいざという時の為に、心肺蘇生のやり方やAED(自動体外式除細動器)の使い方、三角巾による止血や固定の仕方、傷病者の搬送方法などを学ぶ、上級救命講習以上の受講ができるだけ求められています。普通救命講習や上級救命講習は一般の方でも受講できますが、応急手当指導員講習になると、消防職員と消防団員のみに受講が認められているもので、終了するとこれらの講習や地域の方の指導にあたることができるようになります。自分の得た知識を地域に還元することができ、傷病者に遭遇した場合は、その人の命を助けることができるかもしれないのです。
 会社の定年を迎え、社会との繋がりが減って不安を感じる人は少なくないでしょう。渋谷消防団の場合、定年が70歳ですので、仮に会社の定年が60歳だった場合、10年間は消防団に所属することができ、社会の役に立つことができます。そして、自分の体力や体調管理に自然と目が向くようになることも嬉しいところです。
 さて、いざ災害が起きたと仮定して、障害や持病を抱えている人は、一般の人と同じように避難ができない場合があります。普段から自身の避難方法を頭で理解するだけでなく、体にも覚えさせておく必要があります。そして、このことを地域の人たちに知ってもらえていたとしたら、こんなに心強いことはないでしょう。いざという時、落ち着いた行動がとれるよう、日頃から自助、共助を確認し合っておきたいものです。そして、いざという時は、これにいち早い公助が加わることを期待したいと思います。

10.おわりに

 持病や障害を持ちながら働いている人は、大勢います。しかし気力、体力面で不安を抱え、制度と制度の狭間で月に1時間の労働の機会さえ手にすることができない人がいるのも現実です。彼らにとって「労働」とはお金や労働時間の長さはなく、地域、社会との架け橋であり、自分が社会の一員であることを証明してくれる大切なものなのです。勿論、生計を立てられるようになるということとは異なりますが、人、地域、社会との繋がりを実感でき、「自分にもできることがあるんだ。人の役に立つことができるんだ。」と自信を取り戻せる、かけがえのないチャンスなのです。社会復帰の大きな一歩なのです。
 もちろん体調に波がある人は、その波の大きさや長さはその時々によってまちまちです。そのため現在、彼らの体調で働ける「労働」のシステムが無いのであれば、早急に彼らの波のスパンを考慮した社会づくりを考えるべきではないでしょうか。また、体調に不安を抱えながらも無理をして働いている多くの人たちが、初期の段階で休職して治療に専念できる環境整備と、治療中の生活の保障、そして安心して復帰できるシステムの確立が望まれます。
 体調に不安を抱えている人や障害を持っている人が、社会保障に頼るだけでなく、自分ができる範囲の「労働」も加えて、自身の生活を支えていける日が訪れることを希望します。そして体調の良し悪しを問わず、誰もが「生活の不安が無く、未来は明るいんだ。」と、胸を張って、安心して暮らせる社会が訪れるよう、心より願ってやみません。

以上


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