私の提言

佳作賞

非正規・有期雇用問題の抜本的解決に向けて!
外部労働市場における労働者供給事業の主導権確立を!

太田武二
(労供労連 事務局次長)

1.はじめに

 今回「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けての提言を書くにあたり、3月11日の東日本大震災と今も続く福島原発発事故に被災された方々の想像を絶する深い悲しみ、絶望感に想いを馳せることをまずは基本としたい。また、力強く復旧、復興に立ち上がっている被災者と多くのボランティアの活動に希望を託しながらも、今後の日本社会の劇的な変化を見据えなければならないと思う。それは決して安穏と推移するものではなく、過去20年近く蓄積されてきた負のスパイラルに沿って一層の厳しさを増すに違いない。この間、価格破壊から始まって国と地方の行財政、社会保障、医療、環境、雇用破壊と続き、更にリーマンショック後の偽装社会から人間破壊のどん詰まりの中で起こったのが、今回の震災だったのではないだろうか。それだけに、圧倒的な自然の破壊力と放射能汚染の拡大に留まらず、私たちの目前で進行した政治、経済、社会全般の現実は、別な意味で目を覆いたくなるような惨状を呈しているといっても過言ではない。
 その意味で、未来を展望しての提言に当たっては、戦後66年目の第2の敗戦と被曝からの復旧、復興に向けた歴史観、世界観、倫理観の転換=パラダイムチェンジが求められている。それだけに急激な情勢変化に惑わされない落ち着きと知恵が大事だし、変えるべきことに挑戦する勇気が求められると思う。
 更に言えば、この6月に逝去された故笹森清氏の連合会長から中央労福協会長としての言動、活動に対する私なりの弔辞という思いを込めて書いてみたい。というのは、笹森氏が連合会長になった2001年に私は初めて専従書記長となったからだ。21世紀ビジョンや連合評価委員会で提言された企業内労働組合からの脱却と非正規・有期雇用などの外部労働市場における運動強化、そして中央労福協での反貧困、社会問題での共闘拡大などの運動面で、この10年間活動させていただいたからだ。
 また、私の所属する新産別運転者労働組合(略、新運転)が、自動車運転士労働組合(略、自運労)と共に連合加盟産別として、全国労供事業労働組合連合会(略、労供労連)を結成した2001年にも笹森氏の指導、協力をいただいた縁を思い出す。
 現在、新運転と労供労連の専従役員として労働者供給事業(略、労供事業)の法制定と事業拡充に取り組んでいる私の立場から、大袈裟かもしれないが非正規・有期雇用問題の抜本的解決に向けての労働組合運動のパラダイムチェンジを提言してみたい。

2.労働組合による労供事業の再認識を

 実は、震災直後といってもいい3月末に「緊急に労働者供給事業を実施する労働組合御担当者様へ」として、「平成23年東北地方太平洋沖地震の災害により被災した組合員の就労を確保するための労働者供給事業の許可申請の特例」が厚労省職業安定局長名で発表された。その内容は、許可申請時に各都道府県労働委員会が発行する「労働組合資格証明書」の添付が間に合わない場合、当該証明書を後日提出することがでるというもの。8月31日までの緊急措置ということで、都道府県労働委員会に当該証明書の発行を申請しておき、後日、都道府県労働局に当該証明書を提出すれば、労供事業を始められるというもの。まさに国家非常時における労供事業の社会的役割と認知度の見直しを厚労省が認めていることの現れであった。
 しかし残念ながら労働組合役員でも、労働組合による労供事業と聞いてすぐ分かる人は少ないのが現実だ。況や一般組合員や企業においてをやで、社会的にもその認知度は極めて低い。昨年10月、厚生労働省が初めて発表した事業報告書では、全国で78組合が労供事業を実施していて、実際に従事している組合員総数は8798人となっていた。その報告も、昨年春の衆議院厚生労働委員会、雇用保険部会での社民党阿部とも子議員による日雇雇用保険と労供事業についての質問をきっかけに戦後この方初めて公表されたものだった。
 そもそも労供事業については、職業安定法(略、職安法)で禁止されているというのが労働界の固定観念となっているようだ。最近出版された非正規・有期雇用問題の本でも、職安法第44条で「労働者供給は禁止」と記述されているだけで、次の第45条で労働組合が無料で、厚生労働大臣の許可の下に実施できることに言及されていない。それが不思議でならないのは、労供事業で働く組合員も、文字通りの非正規・有期雇用労働者であり、しかも、職安法が制定された1947年当時、戦前の労働ボス支配の「組」に代わる労供事業として重要な役割を期待されていたからだ。
 実際、職安法を制定した第一回衆議院本会議の議事録に、(1)従来の供給事業所属の労働者の常傭化を図るよう指導すること。(2)労働者をして自主的に労働組合を結成せしめ、その組合に無料の労働者供給の機能を果さしめること。(3)公共職業安定所を充実強化して十分その機能を発揮させ、従来の供給事業者の営んだ機能に代わらしめるよう努めるべきことという政府答弁が残っている。要するに、労供事業を行う労働組合(略、労供労組)は、戦後の混乱期における失業問題の解決と未組織労働者の組織化は勿論、戦前の封建的労使関係から民主的労働社会への変革を担う三本柱の一つだったのである。つまり企業に就職できない多くの労働者が自主的に職業別労働組合を組織し、多くの中小・零細・個人企業との労供契約によって労働者の生活と労働条件の改善を果たすことが日本社会の民主化にとって有益であり、それこそ労働組合の社会的使命だったのである。
 しかし、戦後の民主化の波が冷戦体制下における反動の嵐に紛れた中で、労働組合運動も敗戦直後の高揚期から分裂と低迷へと舵が切られ、その後企業中心の高度成長、所得倍増路線が定着すると共に労供事業の存在は、企業内組合運動の主舞台から置き去りにされて来たといえる。それだけに冒頭に触れた第2の敗戦後を想定した労働組合運動のパラダイムチェンジとして、非正規・有期雇用問題の解決のために今一度戦後の原点に立ち戻り、労働組合による労供事業の拡充の道に踏み出すべきだと考える。

3.非正規・有期雇用の個人と労供労働者

 新たに労働組合による労供事業に挑戦するためには、従来の労働組合運動や労働者としての働き方、生き方についての歴史観、世界観の転換と同時に、日本社会の民主的変革とつながっているという確信を持つことが不可欠である。つまり、戦後日本資本主義の特徴である終身雇用、年功序列賃金、企業内組合の三本柱は、飽くまでも労働者個人と企業が労働契約を結ぶ企業中心主義が根底に据えられてきたといえる。期間の定めのない常用型正社員であっても使用者である企業より個人としての労働者の立場が弱いので、労働組合法や労働基準法その他の労働者保護法制で規制されてきたのである。この点では全雇用労働者の3分の1を超えた非正規・有期雇用労働者であるパートやアルバイト、派遣、請負、契約などの労働者も変わらない。要するに「強い企業と弱い労働者個人が労働契約を結ぶという企業中心主義社会」が本質なのだ。
 一方、長年に亘って労供事業を行ってきた私たち労供労組の真髄は「企業の枠を越えて運転業務に従事する労働者の自発的意思と協同の精神よって組織された職業別労働組合」「企業中心主義から労働組合中心主義へ」「営利企業中心主義から非営利中心主義へ」のパラダイムチェンジを実践してきたことにある。つまり、どんな雇用であれ企業との契約なしに個人の労働と生活が成り立たないという社会から多数の中小零細企業と供給契約を結んでいる労働組合に所属すれば仕事の確保と助け合いの精神で何とかなる社会への変革ということだ。
 因みに、我々の組合員の溜り場であり、供給契約の拠点を「ハイヤリングホール」という。今、労供労連の東京段階だけでも11箇所のハイヤリングホールがあり、3000人程の組合員がそこに仕事を求め、日雇労働求職者給付金(アブレ手当て)の認定と組合費を納めに集まる。日本語で言えば、労働者の溜り場、寄せ場である。確かに、寄せ場というと東京の山谷、大阪の釜が崎、横浜の寿町などがイメージされるが、要するに労働者の拠り所、拠点なのだ。この日雇い労働や寄せ場という日本語に込められた負のイメージを払拭し、一企業への長期固定的な就労から日々の職業選択を労供労組の供給契約に求める自由労働者が集う拠点、生活の拠り所としての溜り場、寄せ場への価値観、倫理観の転換を私たちは求めてきたのである。
 更に、個人が結ぶ労働契約と労働組合が結ぶ供給契約の違いを明確にしたい。労供事業を規定している職安法では、「労働者供給」とは、「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい、(中略)労働者派遣に該当するものを含まないものとする。」 となっている。その供給契約とは、労働組合法人と供給先企業法人との二者間契約であり、組合員である供給労働者は契約主体ではない。従って厳密な意味においては、労働契約でもなく雇用契約でもない供給契約によって働くことが、労供組合員の極めて独自な契約関係となっている。
 しかも供給契約先企業は、繁閑の差に対応する外部労働力を必要としている日本企業の99.7%を占める中小零細企業である。従って、同じ日雇い労働や非正規・有期雇用といっても、個人と企業との労働契約という縦割り固定関係に比べて、需要側の企業の都合と働く労働者の都合がピッタリと合った時に使用関係が生まれるという協同性と需給調整の妙味があり、賃金、社会労働保険、労働条件などで雲泥の差がある。昔のヒット曲で「一人じゃないって素敵なことね」という歌詞が、まさに労働組合の労供事業の利点を表現しているのだ。そして、個別企業の利害から自由となった多くの非正規・有期雇用労働者を組織することは、社会的マイナスの存在から変革主体というプラス存在へ変身させ、未来の日本社会の主導権を私たち労働者が握る「労働組合中心主義社会」への入り口になると確信する。

4.企業内労働組合と外部労働市場

 故笹森氏が2005年4月、全国産別周り・アクションルートパート2で、私たち労供労連の拡大執行委員会で以下の趣旨の発言をされた。「労働組合の組織率は、戦後55.8%、連合結成時が25%、そして今が19.2%。それでも厳しい実体を把握する数字としてはまだ甘い。実は、日本全体の約98%の企業に労働組合がないという現実があり、圧倒的多数の労働者が、民主的な労働組合のカヤの外に置かれているということだ。そして、バブル崩壊から失われた10年といわれた深刻な不況時代に所謂リストラ首切り、非典型労働者への切り替えが進み、低賃金、無権利、不安定化が、全労働者の3分の1に上るという深刻な状況である。今連合に求められていることは、まさに企業内労働運動の壁を打ち破ることだ。」と。
 しかしそれから6年が経つ今年の労働組合の組織率は厚労省の発表で18.5%だった。組合員数は、前年より2万4千人少ない1005万4千人。組合数も329組合減の2万6367組合。組合員数は2年ぶり、組合数は10年連続で減少した。 その内パート労働者の組合員は2万6千人増の72万6千人と全組合員に占める割合は7.0%から7.3%に上昇したが、民間企業の規模別の組織率は、1千人以上で46.6%、99人以下は1.1%に留まった。結局、パート労働者の組織化は少しずつではあっても進んでいるが、組合数の減少に歯止めがかからず、中小零細企業の組織化に成果は見られない。その企業内労働組合の基盤である企業実態がどうなっているかというと、この6年間の新自由主義経済の規制緩和と米国発の不動産バブルの崩壊から世界金融危機とデフレスパイラルに加えて今回の大震災の悪影響によってどのように変化していくかは容易に想像がつくだろう。
 この間、日雇い派遣や製造業派遣への社会的批判を受け、原則禁止という派遣法改正案が継続審議で棚上げ状態という中で、現場では派遣から請負や直雇用とはいっても短期間の有期雇用への切り替えがなされている。その結果は、労働条件の切り下げや雇い止めという新たな問題が生じており非正規・外部労働市場における労働者の生活と労働の安定には程遠いという現実が広がっている。更に、いわゆる官製ワーキングプアといわれる労働者が公共サービスに従事する労働者の3分の1まで増えている。その根源は、国や地方の財政支出削減の為に公務労働、とりわけ現業部門の民営化が進んだ結果である。しかも、その公共サービスに関わる民間派遣会社や請負会社が安かろう悪かろうという競争入札によって参入してきたことが問題を大きくしてきたのである。そうした中で、連合、非正規労働センター、自治労他の関連労働組合との連携で、外部労働市場に積極的に介入し、非正規労働者の組織化に留まらず労働組合による労供事業に取り組むという新たな運動の芽が生まれて来たことに注目したい。その芽を如何に伸ばすかが問われているからだ。

5.外部労働市場における労働組合の主導権確立へ

 働くことを軸とする安心社会の実現は誰もが望むことである。その為に国や地方の政治や行政は元より多くの企業、社会福祉法人やNPO、協同組合などが日々努力している。しかし、にもかかわらず前述した社会全般の閉塞、破壊状況に加えて大震災と原発事故の後遺症が「頑張れ日本」とか「負けるな日本」という勇ましい掛け声を背景に確実に襲い掛かってくるのが見える。それだけに喫緊の課題として具体的な対処方法を編み出し、着手することが私たち労働組合に求められている。
 勿論、これまで取り組んできた政策、制度要求や賃金労働条件の改善の取り組みと被災者への支援や復旧、復興活動という本道を外すわけには行かない。それでも尚、日本で最大のNGO組織として人力と財政力をこの状況で思い切り発揮しない手はない。まさに21世紀連合ビジョンの「実現に向けた道程」の「組織力強化の戦略」の「労働組合自らが職業紹介や派遣、労働者供給事業に取り組むなどを通じて、労働市場への影響力の強化に全力を上げて取り組まなければならない。」方針の具体化であり、更に一歩進めて外部労働市場における主導権を発揮することだ。確かに、その方針に沿って連合運動の重点が、企業内と同時に地域へ、正規労働者から非正規へと広げるために人と財政を投入してきたことは評価すべきである。
 しかし、それでも尚、「労働市場への影響力の強化」という道程の道半ばにも達しているとはいえないだろう。今や、塀の中の懲りない面々と揶揄された企業内労働運動の壁をぶち破るためには文字通り型破りな活動に挑戦すべきである。
 企業内労働運動のパラダイムチェンジを実現し、外部労働市場における労働組合の主導権を確立する有効な手段が、手前味噌を承知で敢えて言わせてもらうと「労供事業」である。前述のビジョンの中で「職業紹介と派遣」はそれこそ2001年からワークネットの事業展開で実現しているにもかかわらず、唯一手付かずなのが「労働者供給事業」であることからも、是非挑戦してほしい。
 労供事業の利点は、営利を追求する派遣事業の成長戦略と決定的に違う非営利の助け合いと共生戦略であることからあらゆる職業への供給ができ、年数制限もない。また、昔と違って全国組織やナショナルセンター加盟組合に限らず、一般の労働組合と自治労や国公労、そして連合の地方組織などでも労供事業が出来ることになっているのだ。そして、定年退職した元組合員をはじめ失業中の労働者、農魚業、自家営業といういわゆる地域で職を求める勤労者なら誰でも組合に加入できるという旺盛な組織力を持っているのである。
 という利点を生かして、思い切って企業内の壁を乗り越えてはどうだろうか。連合地協、地区協、産別、単組の組合事務所が、行政や企業の敷地内、ビル内だけでなく街中に散在し、現在取り組んでいる労働相談、ワンストップサービスやパーソナルサポートセンター活動に加えて、地域の中小零細企業、協同組合、個人商店、NGO、NPO、福祉協議会活動などと共に労供事業、労働、生活相談、介護福祉その他の協同ネットワークの要役を果たすことが出来れば、文字通り地域が、日本が変わるだろう。
 これも私たちの組合を例にして恐縮だが、新運転では、高齢組合員自身が、労供事業での就労にとどまらず自ら働く場を作り、低賃金でも地域での福祉、介護や資源リサイクル、生活支援全般などの新しい公共に関わる働き甲斐、生き甲斐のある介護福祉タクシー事業に取り組んできた。その後、組合員の高齢化が一層進む中で、組合員を中心に労供事業の拠点であると同時に前述した多種多様な機能、一言でいえば生活総合支援センターとしての寄せ場、溜り場を街中のシャッター通りに創っていく構想がある。嘗て、「書を捨て街へ出よう」という時代があった。大震災後の労働運動のパラダイムも「企業内から街へ出よう、労供事業へ挑戦しよう」といきたい。

以上


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