『私の提言』連合論文募集

第7回入賞論文集
佳作賞

パパこそがワークライフバランスを実践する
―子育て家族を応援する労働組合のマインドからの提言―

野口 健幸
(都市交 横浜交通労働組合 本局支部長)

1.はじめに

 昨今、ワークライフバランスという言葉が、時代の潮流になりつつある。連合の推進や政府の法律作成などの効果もあってか、イクメン(育児を積極的に行う男性)という言葉の登場や、父親の育児サポートなどが話題となっている。
このような中で、私が筆をとろうと考えた理由は、ワークライフバランスと言っても、パパが実践することは、理想と現実の乖離が非常に大きいことを実感したからである。例えば、私が保育園の保護者会に行っても男性参加は私だけというように、男性は参加したくてもできない。男性が育児で残業もせずに毎日のように帰宅しようものなら、有給休暇の取得すら気を使う社会の慣習が大きな壁としてある。だが、今ならパパも残業から開放される良い機会であり、私は期待もしている。
ところで、従来の慣習と違い新しい価値観が生まれた場合、今までと違う展開が表れるのが一般的だ。ここで、ワークライフバランスという価値観が浸透した場合、労働組合の活動にもたらす効果や影響はどのようになるか、我々には十分に見えていないように思う。今まで育児は女性の仕事のように思えたかもしれないが、パパが十分に子育て参加した場合、労働組合へのメリットやデメリットという観点について、経験を提示したものは少ないと思う。今後、この点について、十分に検討する価値はあるだろう。
そこで、4歳の子供を持つパパである私がワークライフバランスを実践した経験を踏まえて、提案を試みたい。本論文は、2.ではパパの子育てが厳しい現実について述べ、3.では3重苦の中での活動の経験を述べ、4.で具体的な提案を行い、5で課題と今後の展望を述べる。

2.パパの子育てが厳しい現実

(1)仕事が忙しすぎるー現状の紹介-
私が所属する横浜市交通局は、民間の方から役所だからと優遇されているとよく誤解を受ける。大きな違いには、交通局は公営企業法の適用企業の適用を受けるという点である。これにより交通局で働く職員は、人事委員会の管轄外となる。即ち、民間企業と同様に黒字経営が前提の会社で働くことを意味するため、公務員としての優遇の多くは無くなる。まして交通局が抱えるバス事業は、全国でも半数以上が赤字経営となっているため、厳しい労働条件がかせられている。具体的な職場環境の違いとして、横浜市で働く公務員に比べ交通局で働く公務員には、夏休み休暇が全て無いこと、休暇が取りにくいこと、時間休暇制度が無いことなどがある。年間の平均労働時間は市の公務員よりも約1割も多く、2000時間/年を超えている。
これらの改善は労働組合に期待される。労働組合は交通局で働く職員で構成された横浜交通労働組合(以下「横交」と略す)がある。私は横交の本局支部長で支部を統括する立場にあるが、専従の組合員でないため、勤務時間は当然勤務を行う。また横交全体で専従の組合員はいるが、支部には専従の組合員はいない。組合活動は当然のごとく勤務時間中はできないため、勤務時間外が組合活動の時間となる。また、争議権がない労働組合であるため、団体交渉だけでは多くを期待できない構図がある。
本局支部に所属する職員の残業時間は、私が支部長に就任した当時は、過労死の認定基準である80時間以上/月も行っている人が全体の20%を越えていた。この理由は、合理化という名の下に、仕事量をそのままにして職員を減らしたことが原因である。だから、例えば育児のための帰宅と個人の権利を主張しても、自分が帰れば仲間が困るのである。仲間から“仕事はどうなる”と問われるので、実態として仕事は常に残っている。
つまり、仕事がいそがしすぎるため、育児のために帰宅するのは、とても勇気のいる行動になる。

(2)勤務時間外の組合活動の困難さー過去の受賞論文と本論文との違い-
ワークライフバランスという言葉は女性を連想する面が強いである。過去に幾つか提言されたものは、働く女性の立場にたつ視点が多いように思う。今回の“パパ”という観点からのワークライフバランスの提言は、今までの受賞論文を読む限り少ない。
今回の提案の問題は、カネの問題ではなく(注1)、時間の問題から発生する。子育てには朝夕の保育園の送り、休日の子供の過ごし方、勤務時間後の子供の迎えと世話の3つに大別できるが、最大の問題は夕方の保育園からの子供の迎えである。また労働組合活性化の観点から見ると、今回の提案は、目標達成運動(注2)の一つの具体的な手法に該当する可能性がある。しかし、ワークライフバランスの実体験を踏まえた目標達成運動の提案は過去にはほとんどない。
勤務時間終了後は、仕事の残業時間、組合活動の時間、子供の保育への迎えの時間の3つの選択となる。どれも重要なこの3つの時間を一つの体で調整するのは、非常に難問である。当局と労使協議を行う時間や組合活動のオルグをする時間は、勤務時間終了後が一番良い時間である。また、当局は職員に告げずに就業規則を変更したり、組合と合意しないまま36協定を労基署に提出したりしたことなどがあったため、何かと勤務時間終了後の組合活動は多かったし、苦労する案件も多かった。
以上、勤務時間終了後の時間調整は、本当に難しい。

3.3重苦の中での活動の経験

(1)当局との闘いの中での子育ての難しさ
横交と当局は激しく闘いが繰り広げられた。3年前に赴任した局長は職員との関係は、“命令と服従”と平気で言い、さらに市議会において局長は“労働組合は相手にしたくない団体”と述べるなど、労使は対決していた。局長のこの言動については、“まさか公務員がそんな事をするはずが無い”と多くの方が感じたせいか、始めのうちは信じてもらえなかったが、当局による協定の破棄、職員への厳しい懲罰、過重労働の実態、残業代未払い、メンタルヘルスによる自殺者、スピード違反で懲戒免職など、具体的な被害が少しずつ明らかになってきたことで、労働組合への理解者が増えてきた。
当初、私は育児も残業も組合活動も3つを行っていたが、流石にそこまでは出来ず、過労で入院した。退院後は育児のための残業時間の制限(法律により残業時間は150時間/年間)を取得したが、この取得までには当局の度重なる嫌がらせを受けた。
当局と労働組合との紛争は、県の労働委員会への調停にまで発展した(注3)。それでも当局の攻撃は収まることはなく、当局は本局支部の支部長と書記長に他の場所への配転辞令を提示するなど、労使対立は続いた。その中で、私に一度は出た辞令だが、不合理さを当局に追求し是正させ、支部長として支部に残って活動した。何の理由もないのに別の勤務地への配転は、保育園の時間に合わせて子供の送迎ができなくなるので、本当に困った。
その後も、当局の嫌がらせは後を絶たなかったが、子供を泣かせながらもやるべきことはやった。労使対立の時ゆえに、解決すべきことは多かったし、当局と交渉しても進まないことの方が多かった。

(2)時間外での地道な組合活動
私が夕方の迎え時間が労働組合の活動時間と重なることは、正直困った。それでもなんとかして時間を調整し組合活動をしたけど、子供は突然熱を出すことがよくあるので、せっかく予定を組んでも狂うことがよくあった。より重要なことは自分のことではなく組合員への接し方にある。子育てをしている組合員は私と同じ理由があり、皆との協力をしみじみと実感した。
職場環境の改善のための最大の問題は、残業時間の多さだった。この改善のための交渉を勤務時間外に行うとしたら膨大な時間がかかる。そこで、半年ほどかかったが、残業時間については安全衛生委員会の議題にすることに成功し、しばらく、安全衛生委員会を中心に交渉していった。
勤務時間外に3つの事柄が重なる問題の解決方法をひと言で言えば、自分の活動と組合活動のマネジメントの徹底になる。一例を述べれば、それまで重荷になっていた福祉事業を、徹底的に事務処理を効率化し、費用対効果を取り入れ撤退すべき事業は撤退した。時間的な余裕をつくることで、私は職場環境の改善のための時間を使うことができた。職場環境の全てを解決するにはあまりに難問が多いため、育児問題を中心に当局と交渉した。具体的な当局との交渉内容は、法律で定められている制度は取得を可能にすることなどである。
このように、地道に一つずつ問題を解決していくことに尽きた。また、育児問題と他の問題との解決に差ができ、少しずつ特徴が出始めた。

(3)パパは地域との繋がりがある
子育ては子供の送迎だけでなく、保育園や地域での繋がりが生まれる。そこには、組合活動と類似するプロセスや光景があった。これらは、例えば、皆を集めて意見をまとめていくプロセスが類似していることや、役員をやるのはイヤだけど皆でワイワイするのは楽しいからやる光景など、である。
そんな中で、地域の子育て家族を応援するNPOである“ぶぼれん”から副会長に就任して欲しいという打診がった。始めは断ったけど説得されて1年を期限に副会長を就任した。ママだと子供で忙しいからと断られそれ以上頼めなくなるが、「地域に貢献するのはパパの役割」と会長から言われ、会長の言葉は非常に説得力があった。
子供の成長に合わせて、親が子供を通して保育園のママ・町内会・こども会・NPO他とのかかわることについては、なるべく避ける方法もあるが、私は積極的にこなした。ママは妊娠、産休、育児、とそれぞれの状況において違うため、状況を一概には語れないとよく言われる。一方、パパの地域との繋がりについては、神輿や祭りなどイベント系への係わりを地域の方は期待している場合が多いのではないか、という印象を持った。
パパは地域から具体的な活動を求められやすい土壌があるのではないかと思う。

4.提案―子育て家族を応援する労働組合のマインドの活用―

(1)組合活動の中に子育てのマインドを見つけよ
労働組合に子育て重視の考えはあるだろう。でも、それはどこに顕著に表れるのかと悩み、今までの組合活動を白紙の状態で一度見直していた。そんなある日、毎年恒例で海の家の集いを行っている中でヒントを見つけた。本局支部では毎年20人程度の参加しか無いまで廃れていたが、たまたま自動車の現場支部「港北支部」の海の家の集いと重なった。
港北支部の海の家の集いは、本局支部とは異なり家族で参加している点が違っていた。昔、私の父が労働組合の海の家に連れていってくれたが、私はイヤだった思い出がよみがえった。でも、私の子供の頃の思い出と港北支部の今の姿は何かが違う。子供が楽しんでいる姿がとても印象的だった。
その答えは直ぐに分かった。役員がきびきびと動いているのは、“子供に待たすようなことはしない”というマインドが染み付いていたのである。彼らに特に指示などない。パパの子供への気遣いが、イベント全体に自然と行きわたっていた。でも港北支部では、子供イベントと言っていない。組合活動の還元という趣旨であったが、そこには明らかに支部全体が“子育てを応援する大家族”のようだった。
そこで私が考えたのは“子育て家族を応援する”というコンセプトである。港北支部が持つこのマインドは、我が支部にも自動車の現場支部からの配転者が3割程度いるため既にあるし、あまりに自然の概念のため、容易に受け入れられると考えた。
子育てを重視していた普段の行動をより皆に浸透させるため、文化行事を子育て応援のレバレッジ(効果を増幅させること)とする戦略の素案がこのとき生まれた。

(2)地域NPOと交流を図り文化行事にワクワク感を出せ
“子育て家族を応援する”をコンセプトにした海の家の集いには、今年は約100人もの方にご参加を頂いた(前回の5倍の人数)。ここまで参加者を多くできた秘訣は、他支部の模倣やコンセプトの明確化でなく、むしろプロセスの工夫の方にある。私はNPOが主催する子育て家族応援のイベントに実行委員の一人として参加して、彼らのノウハウの幾らかを吸収してきた。彼らは常に“ワクワク”感の創出を工夫していた。この“ワクワク“感の創出は、我々に必要であった。今回、次の3点を取り入れた。
第一に、実行委員会メンバーへの関与方法を変更した。NPOは実際に活動する実行委員会での議決が全てであった。彼らに決定権があることで、実行委員会の主張がイベントの内容になる。従来の我が支部での実行委員会はやらされ感があったので、方法をNPO方式に改善した。実際に実行委員会のメンバーが企画を出し合い、彼らが参加者を呼んできた。
第二に、チラシ一つ作るにしても、NPOではチラシ活動にも精力を注ぐ。NPOと労働組合とでは時間の掛け方や議論の仕方が圧倒的に違う。チラシの面白さには大きな差があったので、この差をうめるよう工夫した。そしてこのチラシをもとに事前に集客する工夫を行った。
第三に、一番の違いは実行委員長の抜擢である。組合の役職に応じた人選では、個人の得意不得意がでてしまう。能力ある人材の登用こそ、どの組織も生き残りをかけて実施するものだ。NPOは人選がすばらしかったので、我々も模倣した。
このように、ちょっとした工夫を重ねてワクワク感を創出した。まだ改善すべき点はあるが、子育て家族を応援するコンセプトを皆に印象付けることに成功した。

(3)毎日の地道な組合活動を続ける
文化行事は本来の組合活動ではなく、あくまで日頃の職場改善活動の還元である。この文化行事が生きるには、日頃の組合活動が無ければ成立しない。私が用いた戦略は、文化活動を日頃の活動を浸透させるレバレッジ効果としても位置付けたことである。私が子育て環境の充実について当局と交渉することは、海の家の集いの効果により、支部の言動が一致してきた印象を皆に与えていた。一種の目標達成運動となっていた。
第一の大きな問題である慢性的に残業時間が多いことの打破は、当局と粘り強い交渉を何度も行った。だが、もうこれ以上の改善は見込めないと判断し、ついに外部を頼った。つまり労働基準監督署に行き、当局の36協定違反の事実を証拠として提出した。その結果、監督署は当局に指導を行ってくれた。今では残業時間は大きく削減されつつある。今回、皆から“仕事はどうする”という意見は全く無かった。これは今までの地道な組合活動が、皆へのマインドとして浸透し始めたものと支部では判断している。
“子育て家族を応援すること”は労働組合活動の新たな意義を見出すかもしれない。また、それは横交の活動の中で組合員が身近にあったものだからこそ、自然と浸透できる可能性がある。例えば“家族そろって一緒に夕飯を楽しく食べられるが理想”と考えたとき、当たり前のことであり我々が欲しいものである。
このような素朴な発想は、あまりに自然であるが故に他の労働組合にも広がる可能性がある。まずはパパがワークライフバランスを実践してみてはどうだろうか。子育て家族を応援するマインドは労働組合にあるわけだから、きっと地道な努力が報われる可能性が高いと思う。

5.課題と今後の展望

 今回の提案は、まず“パパこそがワークライフバランスを実践する”というものである。原点の第一歩であるが、これほど難しいものはない。それ故、皆に浸透させるためには、労働組合が子育て家族を応援するというマインドを使おうという提案である。それは、結局、一人一人のパパが自らワークライフバランスを実践していることに戻ってくることにもなる。
しかし、この方法にはデメリットがある。私の経験を述べると、私はあちこちで抵抗を受け、危険や孤独などを経験し、今でも当局の私への嫌がらせは続いているのである。何よりも、一番迷惑をかけたのはここには登場していない妻である。妻の中にいた子供は流産となり、家族には深い悲しみが残っている。もっと組織的に実施することが課題である。
“子育て家族を応援すること”は、労働組合活動の新たな意義を見出すかもしれない。子育てを応援するマインドは横交活動の中で身近にあったものであり、あまりに自然なため、多くの労働組合にも容易に浸透する可能性がある。つまり、“労働組合がパパこそワークライフバランスを実践せよ”と言った場合、大きな推進の可能性を秘めていると思う。
その結果、表れる未来の姿は、会社に捕らわれていたパパを家族に奪還し、“パパが家族と一緒に夕飯を食べられる”などが一つの姿として見えてくる。この未来の姿は、是非、欲しいものだ。おそらく労働組合がパパを家族に奪還するという社会的な役割を果たす最も近い位置に存在しているのだと思う。家族との楽しい夕食を食べられるのが日常的になったとき、労働組合も再生・発展をしているのではないだろうか。各労働組合の方々のご努力を期待する。

以上

(注1)竹村恭子 連合は生活と仕事を切り結ぶファシリテータとしての役割を果たせ!~ワークライフバランス策試論~ 私の提言 第6回入賞論文集
(注2)大出日出生 労働組合活性化への提言―ホンネ主義と現場主義のすすめ― 私の提言 第3回入賞論文集
(注3)横浜交通労働組合は交通局に対し、不当労働行為について提訴した。約1年の県労働委員会での審査の後に、両者で和解した。しかし、和解後も両者の関係はほとんど進展なく、問題は解決していない。


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