『私の提言』連合論文募集


「私の提言 第5回連合論文募集」講評

「私の提言 第5回連合論文募集」運営委員会
委員長 草野 忠義

 まずは、「私の提言 連合論文募集」に応募していただいた18人の方々にお礼を申し上げたい。この「私の提言 連合論文募集」は故山田精吾連合初代事務局長の遺志を継いだ「山田精吾顕彰会」による論文募集事業を、2004年から連合が継承し(事務局は<社>教育文化協会が担当)、今回で5回目を迎えている。昨年の21編に比べると若干減少したことは残念であるが、それでも連合が展開している「連合寄附講座」の開催大学の学生をはじめ4人の大学生からの応募があったことは喜ばしいことである。

 今回の応募論文については、応募一覧表を見ていただければ分かるように、労働組合の活動のあり方、ワーク・ライフ・バランス、地域における活動、非正規労働者問題などなど多岐にわたった提言をいただいている。それぞれに大変努力した論文であり、その努力には心から敬意を表したい。

 それだけに、最終審査を実施した運営委員会では議論というか審査が大いに難航したことも事実である。各委員が事前に審査した結果を持ち寄ったが、それぞれに評価の視点が異なる(これは良い意味で評価すべきことである)こともあり、「優秀賞」「佳作賞」とも全員が一致するものはなく、改めて各委員から各自の評価基準や評価の視点、感想などを披瀝しあい、その中でも評価の比較的高かった論文について一つひとつ議論を重ねたわけである。議論は行きつ戻りつしながらも、慎重な審査の結果、一定の結論を得るにいたったが、苦しみながらも真剣に審査した結果であることをご理解いただきたい。

 「優秀賞」の一つの永井論文「誰もが『働きやすい職場』と『仕事と家庭と生活の調和』の実現をめざして」は正面からワーク・ライフ・バランスに取り組んだ内容であり、ワーク・ライフ・バランスの大事な視点である「仕事の見直し」に対して具体的に提案していることが評価されたものである。永井さんは、毎回応募されておられる方で、かつ第1回で「優秀賞」を受賞されているが、それを超えて各委員の評価を受けたわけである。

 もう一つの「優秀賞」の松本論文「労働組合の存在意義~労働組合へのCSRの適用通して~」は、筆者が大学2年生、19歳で、労働組合改革への強い意欲を示した内容が高く評価されたものである。彼は、一橋大学での「連合寄附講座」の受講生であることを付記しておきたい。

 「佳作賞」は次の3点が選ばれた。まず、太田論文「日々雇用の民間需給調整事業の元祖 労働組合による労働者供給事業法の制定を!」は、広くは多分知られていない労働者の実態に基づく迫力ある訴えが評価されたものである。なお、太田氏は第2回で「優秀賞」を受賞されており、また昨年に引き続いての応募である。次に、小林論文「男性も主体的に育児を行う為の勤務制度の提案」は、この問題を真面目に捉えている点と自分の体験に基づく、まさにタイムリーな主張という点が評価されたものである。千頭論文「侵されない職場―モラル・ハラスメントの撲滅にむけてー」は、タイムリーなテーマで、かつ職場の実態をしっかりと踏まえての提言であった。また、千頭氏は第2回で「佳作賞」を受賞されており、同氏と小林氏は昨年に引き続いての応募である。

 「奨励賞」は一昨年に初めて設けたものであるが、今回は渕上論文「非正規の仲間から教えられたもの」にこの賞を付することとした。非正規労働者の声が率直に伝わるものであり、筆者の思いがひしひしと伝わるものであった。

 全体の評価や入選作についてのコメントは、別掲の中村先生、大沢先生、大谷先生の寸評をご覧いただきたいが、私なりの感想を示しておきたい。

 まず、全体としては、率直に言って、もう一段の工夫や踏み込みが欲しかったという思いがした。それが、優秀賞や佳作賞を選ぶのに苦労した原因であった。それぞれに、問題意識を持ち、職場での課題や仲間の苦労、あるいは自分の経験から何かを変えていかなければならないという思いは伝わってくるが、「何を、具体的に、どう変えていくのか」という「提言」としての内容に乏しかったということが出来るのではないか。熱い思いは伝わってくるものの、思いがなければ改善も出来ないことは分かるが、思いだけでは物事は変えられない。また、自分の業務の内容の紹介と思われるもの、苦労話などと見做されるものなども散見された。失礼なことを書き過ぎたかも知れないが、次回以降の応募される方々のために敢えて書かさせていただいた次第である。

 いずれにしても、努力して作成し応募していただいた方々に、改めて感謝申し上げるとともに、多忙な中、審査にご尽力いただいた運営委員会の各委員の皆さんに御礼を申し上げたい。


寸評

東京大学 社会科学研究所教授 中村 圭介

 「提言」を受けとめるのは,あなたですよ.いま,この文章を読んでいる,そうあなた.あなたが真しに受けとめようとしてくれなければ,「提言」する方だってやる気が出ない.あなたの仲間が仕事,職場,そして労働組合について日頃,考えていることを普通の言葉でつづっているのだ.こういう問題があるのだけれど,このように解決できないだろうか,こうした思いをぶつけているのだ.一つでもいい,頭の片隅でもいい,忘れないでおいて,折に触れて「提言」を素材に組合のあり方,将来について考え,そして語って欲しい.
ワーク・ライフ・バランス(WLB)は中期的な視野にたって,職場のみんなで確保していくものなんだなあということを永井論文はわからせてくれる.業務分担を見直し,互いに助け合う.一時的に家庭の比重が増え,職場の仲間に迷惑をかけたとしても,その分は後で返せばいい.永井論文のすばらしさは実際の経験に基づきながら,バランスの取り方を論じていることだ.小林論文も男性の立場からWLBを論じたものといえるが,素直な気持ちがあちこちににじみ出ていてほほえましい.もう少し,仕事や職場に踏み込んで提案をしてくれたらと思った.「育児や家事は手伝うもの」ではなく,「家族で一緒に行うもの」なのだという指摘は,なるほど,そうだなあと思った.
20歳未満の大学生からも提言がある.松本論文にはなんとも言いがたい魅力と迫力がある.労働組合は労働者にとって不可欠の存在であり,その意義を堂々と社会に向かって発信していけばよい.時代がいかに変わろうと,そのことは変わらない.若者に,こう言われたら頑張らないわけにはいかないではないか.
労働組合による労働者供給事業が抱える制度的な不備を修正し,この事業の活性化を図ろうと主張する太田論文に僕は賛成する.なにせ,ピンハネしない分だけ(もちろん,組合費も適正な手数料も必要だが)使用者にとっても,労働者にとっても有利だからだ.よく実態はわからないのだけれど,ちょうど派遣事業と同じように,供給先を増やすためのマーケティングのノウハウや,労働者と供給先とのうまいマッチングについてのノウハウがあるように思うのだけれど,その開発も必要となってくるのではないか.
モラル・ハラスメントを扱った千頭論文を読みながら,我と我が身を振り返ったのは僕だけだろうか.是非,読んで欲しい.知らない間に他人を傷つけることの怖さを感じた.契約・臨時社員の組合員たちの活動を紹介する渕上論文は短いけれど,読ませる文章である.こういう運動が徐々に広がっていくと組合は変わるのに,日本は変わるのにと思いながら読んだ.D.C.(ダ・カーポ).


寸評

日本女子大学 人間社会学部教授 大沢 真知子

 今回応募された18編の論文を今回も興味深く読ませていただいた。そして、時代の変化を感じた。年々、体験をもとにした提言が多くなっている。こうあるべきといった大上段に構えた論調ではなく、自分自身の体験がもとになって自分の生活や職場をもう一度見直し、具体的にこうしたらいいのではないかと提案する論文が多くなってきている。それらの提案は一般化できるほどのものではない。しかし、だからこそ実現可能で、確実に自分たちの状況をよくすることができるものでもある。きっと何かが変化するときはそんな風に変化してゆき、あとで振り返ってみると、あれが時代の転換点だったとおもう。いまわたしたちはそんな時代の変わり目に生きているのだと思う。

 今回選ばれた論文の多くは決して大所高所からみた美しい理想や理念が描かれているものでもなければ高邁な理論が展開されているわけでもない。ひとつひとつは個別であり、しかも多様である。そのこと自体がいまの時代の労働問題の特徴を表しているようにおもう。
会社という組織が個人の生活を丸抱えにして守ってくれる時代ではなくなったときに、働く側はどうやって自分たちの身を守ったらいいのか。サービズ残業を強要されたり、モラルハラスメントにあってしまったときに、わたしたちはどうやって、その問題を解決したらいいのか。
そういった切実な問題がいま職場のなかで多数発生しており、それに対して組合は何ができるのか。それへの回答を出すことが、いまの組合運動に求められているのだと感じた。

今回の奨励賞では、JR貨物労組で契約・臨時社員連絡会が年に数回発行している『るーじゅ通信』について書かれた論文が選ばれた。臨時労働者が自分たちの処遇の改善のために発行しているというこの通信の存在に興味をそそられた。
非正規労働者について論じられた論文は一般に、その労働条件がいかに劣悪かについて論じたものが多い。そのとおりだとおもいながらも、同時に、非正規労働者が弱者として論じられ、また、非正規労働者もそこに甘んじている限りは、その状況を変えるのはむずかしいのではないかとも考えていた。
ところがこの論文を読むと、臨時労働者自らが自分たちの権利を知り、それを武器に、会社に対して自らの労働条件の向上を要求している。ここに、21世紀の日本の新しい労働運動のゆくべき道がみえるようにおもう。

21世紀は個人の組織からの自立が大きなテーマになっていくだろう。しかし、個人は弱い。その個人の自立のために、労働者に自身の権利を教え、ともに闘い、支えあう。それが労働組合運動のひとつの大きな柱になっていくのではないだろうか。今回18編の論文を読みながら、そんなことを考えた。


寸評

志縁塾 代表 大谷 由里子

 今年は、運営委員の皆さんが「これだ!」という論文が残念ながらありませんでした。運営委員会でも、まず、「優秀賞を出すのか、出さないのか」という議論になりました。
理由は、過去の論文、提言と比べて、全体的に内容が薄かったこと。そして、応募者の半分近くがリピーターと学生だったことです。学生からの応募が多いことは非常にうれしいのですが、学生の方がやはり論文慣れしているのか、彼らの提言の方が文章もうまいし、きれいにまとまっているなという印象を受けました。

 そして、「現場の人たち、もっと、頑張ってよ!」と、思わず言いたくなりました。

 「今回は、優秀賞を無しにしてもいいのではないか」「いや、今回の優秀賞は、今回の優秀賞だ」と運営委員の間でも、かなり激しい議論が長時間続き、揉めに揉めた選考となりました。
結局、「せっかく論文、提言を書いて応募してきてくれた人たちのためにも、優秀賞があった方が良い」という結論に達しました。
そして、今回の優秀賞に選ばれたのは、第1回の優秀賞にも選ばれた永井幸子さんと19歳の一橋大学学生の松本侑士さんのおふたりです。
永井さんは「働きやすい職場」を目指して、「ワーク・ライフ・バランス」を中心に論文を展開していて、誰もが読みやすく分かりやすい内容であることが評価されました。
一方、松本さんは、19歳の学生とは思えないほど労働組合というものをしっかり学んで、かっちりした論文を書いてくれました。共に「ワーク・ライフ・バランス」に触れていただけでなく、他の応募論文でも「ワーク・ライフ・バランス」について触れているものが多かったことも今回の特徴でした。
佳作に選ばれたのは、第2回で優秀賞に選ばれた太田武二さんと、小林巧さん、千頭洋一さんの3人です。3人共、リピーター。常に問題意識を持って、提言し続けてくださっているメンバー。見ていると、やはり、書き続けることって、大切かも。良い論文・提言になってくると感じました。
新しく応募してくれた方にも、できれば、賞を取って欲しかったけれど、慣れてないのか、論文や提言というよりも、多少、自分たちの愚痴のようなものも応募の中に多くありました。確かに、それも現場の声のひとつだと思います。けれども、提言であるからには、「今後、どうしていけば良いのか」を考えて書いて欲しいと思います。できれば、これからも応募される方には、論文として「現状・分析や比較資料・提言」は、はずさないで欲しいとお願いします。
この「提言」への応募をきっかけに、ひとりでもたくさんの人が、労働組合に興味を持ってくれること、そして、気付いたこと、改善できることを、きちんとアウトプットすることを学ぶ「きっかけ」になってくれることが理想だと感じました。


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