「男性も主体的に育児を行う為の勤務制度の提案」
小林 巧
((株)島津製作所主任)
1、子供が産まれて
私は精密機器のメーカーの研究所で働いている。入社して11年が経過し、自分で言うのも何だが、中堅社員としてそれなりに頑張っている。私生活の方でも、去年の8月に第一子が誕生した。
立ち会い出産希望であったが、仕事が非常に忙しかった為、前もって休暇を取るのも気が引け、「出産近くになったら会社に電話して下さい。」と義母に言い、通常通りの勤務を続けていた(いつ産まれるかは神のみぞ知るで、前もって休暇を取るのは非常に難しい。)。出産の日の10時頃、会社に電話があり、仕事を同僚に引継ぎ病院に向かった。しかし、病院に着いたのは出産が終わった後であった。
上司には、妻が妊娠して直ぐに報告し、「立ち会い出産希望」と予め言っておいた。幸い理解のある上司なので、出産の日は休んでもかまわないと言ってくれた。結果的に出産は立ち会えなかったが、良い上司で良かった。私達の親の世代では「出産くらいで休むな。」と言った風潮だったので、現在は職場の風土も変わってきたと思う。
出産前に妻の産婦人科での検診に付き添ったのは1回しかない。一時期、お腹の中の子が逆子だったので心配し、検診に毎回付き添いたかったが、仕事が忙しく無理であった(結果的に逆子は直った)。出産が近づいても仕事が忙しいのは変わらなかったので、妻には出産2ヶ月前に妻の実家に帰省させた。妻に何かトラブルがあった時に、対処が遅れると判断したからだ。
妻と子供が家に帰って来てから、これまでの生活が一変した。早く帰って来られた日や週末は私が子供を風呂に入れる。5ヶ月目くらいまでは、子供の睡眠も不規則で、仕事で遅く帰って来たに時もたまにオムツ替えやミルクをあげたりした。今は割と規則的に夜眠るようになったが、仕事で遅い時に育児をするのは正直しんどかった。
3ヶ月検診や、予防接種にも一緒に付いて行きたいと思ったこともあったが、今まで一度も一緒に行ったことはない。(一つ断っておくが、上司や同僚から休むなと言われたことはない。)将来は授業参観や平日に行われる学校行事にも参加したいがどうなるのであろう。
私達夫婦はもう一人子どもが欲しいと考えている。別に少子化社会を変えようと意識している訳ではなく、単に家族が多い方が人生が充実すると考えているからだ。しかし、現状を考えると仕事は益々忙しくなるので、二人(三人?)の子どもの育児は夫である私にもかなり負担になると思われる。
少子化を食い止めるには、妻への夫の助けが不可欠だが、通常通り勤務し、帰宅後家で育児を行うのでは夫も大変である。このようなことを考えて子どもを一人しか作らない夫婦が多いことが、少子化の一因であろう。せっかくの機会なので少子化の原因を男性の育児に関する各種の調査結果を基に以下に検討してみた。
2、男性の育児に関する各種調査結果
出生率の低下の問題が日本でも顕著になり、ついに少子化担当相までできた。図 1示す様に、1970年から日本は合計特殊出生率が減少していき、ついには1.3になってしまった。国力や将来の社会保障(年金等)の面から見ても好ましいものではない。
図 1 合計特殊出生率の推移
(出所 内閣府「少子化社会白書」)
少子化の原因を男性の育児に関する各種の調査結果を基に検討する為、以下に様々なデーターを列挙する。最初に表 1に図 1に示した各国民が、育児支援施策について何が重要か考えているかについて示す。
表 1 育児支援施策として何が重要かについて
|
1位 |
2位 |
3位 |
日本 |
児童手当など、
手当の充実 |
多様な保育サービスの充実 |
扶養控除など、
税制上の措置 |
スウェーデン |
フレックスなど
柔軟な働き方の推進 |
育児休業を取り易い
職場環境整備 |
児童手当など、
手当の充実 |
フランス |
フレックスなど
柔軟な働き方の推進 |
児童手当など、
手当の充実 |
養控除など、
税制上の措置 |
アメリカ |
フレックスなど
柔軟な働き方の推進 |
多様な保育サービスの充実 |
企業のファミリー
フレンドリー政策の
充実 |
(出所 内閣府「少子化社会に関する国際意識調査報告書白書」 2006年3月)
表 1より、日本人がまずお金のことを考え、次に育児に関する外からのサービスのことを考えているのに対し、日本より出生率の高い国々では、まず育児を行う為の時間の確保を考えているのが分かる。日本人は、育児に対していわゆる“外からの支援”を重要と考えるのに対して、出生率の高い国々では、“育児を主体的に自分で行うには何が必要か”真っ先に考えるのが興味深い。
各国における育児の夫婦における役割を図 2に示す。
図 2 就学前の子どもの育児における夫・妻の役割
(出所 内閣府「少子化社会に関する国際意識調査報告書」 2006年3月)
出生率が低い日本では育児は主に妻の役目であることが分かる。他の要因もあり一概には言えないが、夫も育児に主体的な国の方が出生率が高そうである。ちなみに夫が育児や家事に費やす時間は図 3のようになる。
図 3 6歳未満児のいる男性の育児、家事関連時間
(出所 内閣府「平成18年版少子化社会白書」)
図 3より、日本の男性は、家事や育児に費やす時間は圧倒的に少ないことが分かる。育児に費やす時間が少ないから主体的に育児を行わないのか、主体的に育児を行わねばという感覚がないから育児に費やす時間が少ないのか良く分からない。恥ずかしながら、私も“育児は手伝うもの”であるという感覚を持っていた。恐らく、出生率の高い国々の夫は“育児は手伝うもの”といった感覚は持っていないであろう。
以上の結果から少子化を改善するには、男性が育児へ関われる時間を増やし、妻と協力し合い主体的に育児を行えるようにするのが効果が高そうなことが分かる。
次の項に“究極の男性の主体的育児行動”とも言える男性の育児休職についての私の考えについて述べる。
3、男性の育児休職に関して
15年以上前の本で恐縮だが、NECの社員が「男も育児休職」「1」なる本を出版していた。同じ会社に勤める研究職の夫婦が、保育園に子どもを預けるまで最初は妻が産休を4ヶ月取り、その後夫が約2ヶ月の育児休職を取るという内容であった。当時は男性の育児休職が非常に珍しく、テレビや雑誌の取材が殺到したとのことである(何でも民間企業としては初めてだったらしい。)。余談ではあるが、私と同じ研究者の著者が時に理論的に育児を分析しているのが面白かった。
著者は、育児休職をすることについて、「社会的弱者である女性を助ける為に育児休職を取る。」のではなく、「単純に家族と自分の為に育児休職をする。」と言っていた。間違っているかもしれないが、先の項で挙げた出生率の高い国々の男性も、フェミニズム的な考えで育児を行うのではなく、筆者のような考えであると思われる。家族と自分の為に育児を行うのであろう。
私が働いている会社は創業130年を超えるが、昨年初めて男性の育児休職取得者が誕生したと組合の機関誌で読んだ「2」。数年前に制度ができてから始めてだそうである。男性の育児休職が珍しいのは15年前と変わってないらしい。同機関誌に育児休職者の感慨深い文章が記載されていたので紹介する。
「これからお父さんになる方、もう一人計画中のお父さん、8週間の家族旅行に出かけませんか?メンバーには新しい家族。季節を感じたり、食事を大切に感じたり。少し忙しいですが、赤ちゃんの笑顔と肌のぬくもりがすべてを吹き飛ばしてくれる、そんな旅です。
大切な時間をくれた職場のみんな、妻、もちろん赤ちゃんにも感謝です。」
この文章を読むと、私も妻と新生児期の育児の感動を分かち合いたくなる。
上記の例でも挙げたように男性の育児休職は素晴らしいことであると思うが、さすがに実際に1ヶ月以上休むことは、同僚や上司への負担は必ず増えると思うので抵抗がある。従って、長期の育児休職のみではなく、他にも育児を少しでも主体的に行える為の多様な選択肢が有っても良いと思う。そうすれば仕事と育児の共生が可能になると思う。次の項で男性が育児を少しでも主体的に行える為の勤務制度について提案する。
4、提案
以下は私が考案した男性社員向けの育児の為の勤務制度である。
①短期型育児休職
出産前後に2週間の育児休暇。出産前から休職すれば、入院時の妻への手伝いや立ち会い出産も可能であろう。更には退院まで毎日病院に行き、我が子の顔を見ることができ、ミルクの上げ方や沐浴の方法が学べる。二人目、三人目の出産の時は、妻が入院中に一人目、二人目の子どもの面倒を見ることが可能である。
②週一短時間勤務制度
1週間に1回程度、午後に勤務しない。期間は1年程度。平日でも1週間に1回は必ず育児を行える。「平日に1回でも子どもを風呂に入れて貰えると大分助かる。」と私の妻も言っていた。会社への負担も軽いと思われる。
③育児期間中ノー残業デー制度
残業を全く行わず毎日定時で帰宅させる。毎日、子どもの寝かし付けくらいは可能と思われる。②も同様と思われるが、出張や本当に必要な残業をどのように行うかが課題であろう。これも②と同様に期間は1年程度が妥当か。
④育児用特別休暇
妻の体調が悪い時や子どもの体調が非常に悪い時に、休暇を取れる制度。仮に妻の体調が悪い時は育児を変われるし、体調が悪い子どもを病院に連れて行くことも可能である。所定の有給休暇とは別なので1年間の回数で上限あり。
⑤その他
子どもの入学式や卒業式に父親も参加できる制度を作るべきであろう。所定の有給休暇を使うので構わないと思う。また、家庭訪問や進路相談にも私はできれば参加したい。有給をこのようなことの為に気軽に使える制度、もしくは職場の雰囲気を作るべきであろう。
上記の①~③と長期の育児休職を選択制にすることが望ましいと思う。例えば、忙しい時期とあまり忙しくない時期がはっきりと分かる職種であれば状況に合わせて制度を選ぶことが可能である。私の会社の例で恐縮だが、長期休職のみしか存在しない企業だと利用する人は非常に少ないと思う。様々な育児休職や勤務制度を選択制にすれば、利用する人も増え、育児をより主体的に行うことが可能となり、少子化も改善されるはずである。
④も非常に重要だと思う。妻の体調が悪い時は仕事をしていても家のことが気になる。例え使用しなくても、同制度が有ることは心のゆとりに繋がるはずである。
管理職でも育児に関する制度を気軽に利用できるのが理想である。管理職が制度を利用すれば、私のような組合員も制度を気兼ねなく利用できる。近い将来、部下のいる管理職でも育児休職を取る人が現れて欲しい。管理職で新たに子どもが産まれた人の何割以上かは、育児の為の制度を利用するように、国が企業に義務付けるもの良いかもしれない。
5、まとめ
自分の子どもが産まれたことを機に、出生率の低下の原因を育児に関する各種の調査結果を基に検討してみた。検討結果から少子化を食い止めるには、男性の育児へ関われる時間を増やし、妻と協力し合い主体的に育児を行えるようにするのが効果が高そうなことが分かった。男性が育児を少しでも主体的に行えるような勤務制度について考えてみた。様々な育児休職や勤務制度を選択制にすれば、利用する人も増え、育児をより主体的に行うことが可能となり、少子化も改善されるはずである。
【参考文献】
「1」 太田 睦「男も育児休職」,㈱新評論,1992年
「2」 島津労働組合「躍動 NO.594」,2008年 |