私の提言 連合論文募集

第3回入賞論文集
優秀賞

「労働組合活性化への提言」

―“ホンネ主義”と“現場主義”のすすめ―

大出 日出生(UIゼンセン同盟・組織局・常任中央執行委員)

―はじめに―

 労働組合の「社会的影響力の低下」が嘆かれている。その理由は大きく分けて[1]組織率の低下傾向に歯止めがかからない、[2]組織力が低下し世論喚起力が低下している、[3]政策立案能力(特にその着眼点)に問題がある、の三点に要約できよう。
  しかし、ここではこれらの根底にあると思われる「組合活動のあり方」<特に個別労働組合の活性化と組織力強化(政策立案力強化)>に関し、今日までの現場の労働運動体験から幾多の試行錯誤と実験を経て誕生させた「組織強化のための“目標達成運動”」について拙論を述べる。

1.労働組合の現状と課題克服へのアプローチ

(1)マンネリ化している組合活動-タテマエ論からホンネの運動へ-
  労働組合における「組合員の組合離れ」が指摘されて久しい。その原因はどこにあるのか。様々な要因があるが、通常、ある一つの理由が単独ではなく、いくつかの理由が複合的に絡んでいると解すべきと思う。しかしこの場合、根底にあることは共通している。それは、タテマエ論の運動に嫌気している組合員(特に若人)が存在し、経験者がそのタテマエ論を惰性の中で展開していることに原因がある、と考えるからである。
これをホンネの運動に切り替えることが最も大事である、と言うのが持論である。

(2)活気のある(活性化している)組合の特徴
  活気のある組合はいつも何かやっている。いつもワイワイガヤガヤやっている。そこには明確な論理やタテマエがあるとは限らない。面白い、何かためになる、気付きや発見がある、つまり楽しくて得ることがあるからいつも人が集まる、と言うのが一般的である。労働運動の出発点は「食えないから食えるようにしよう!経営に対峙してまとまりを作ろう、助け合おう!」と自然発生的に誕生したものである。マルクス論はそのキッカケ作りになったかもしれないが、いつでもどこでも、この人間の本質(生きようとする力)と密接不可分なものであり、今日といえどもこの本質論を継承できない運動は形骸化するのみである。わが国の生活水準は向上し、組合員のニーズも「マズローの欲求段階説」を借りるまでもなく、もはや“自己実現欲求”のレベルにある。その上、価値観の多様化と相まってその対策も多種多様にならざるを得ない。しかし、その多様化に応えようとすればするほど結果として現象面を追うことになる。そこで人間としての本質論(性善説による向上心や達成感と自主性・自発性)が置き去りになってしまうことに気付く必要がある。

(3)組織活性化への現実的アプローチの一策
  そこで私が考える“組合活性化論”は「“ありたい論”から入り、“あるべき論”に出る」、これが要諦である。今日の労働運動における学習、研修の基本スタイルは、歴史や思想をもとに「あるべき論を教える」ことに偏りがちである。そのための講師準備やレジュメ作りに多くの時間を費やしている。しかし受講生の多くはその結果「中身は理解できた」とするが「納得した」とは言わない。その上「あれはあれ、今は時代が違う」とまで言うのである。つまり、今彼らをして感動させ、納得させうる場は少ない。仮に、考え理解させることができても(そのこと自体、意味のあることではあるが)納得させることができなくては活性化(行動)までには届かないのではないだろうか。そのためにもそのような彼らを参加・参画させる方法論の開発が必要である。“楽しくなければ労働組合ではない、楽しいだけでは労働組合ではない”と言うキャッチフレーズはその過程で生まれたものである。

 以上のような現実を直視し、提起したのが「目標達成運動」と言うアプローチである。
 以下にその精神と手法を述べることにしたい。


2.「目標達成運動」の発見と概要

 どこの産別でも組織強化のために組織点検を実施している。しかし多くの場合、“上部団体の立場からの点検”に終わっていることが多い。ここに問題が潜んでいることを教えてくれたのが、いみじくも加盟組合であった。つまり“自分たちが主体的に取り組める手法(マニュアル)”がほしいと言う主張(ホンネ)である。このことの具体化に向けて、組織内の専門委員会や地域オルグでの論議を経つつ、3年余りかけて完成したのがこの「目標達成運動」という手法であり、今日、組織全体の運動に発展しつつある。以下にその概要を述べる。

(1)「目標達成運動」の思想=一人歩きのできる組合になろう=
  『人間は自我の目覚めと同時に、他からの強制に反発し自立心が強まり、“一人歩き”しようとする。そのとき、どこに向かって進むのか、そのスピードはどうなのか、ということについて、みんなで相談しつつ“自発的・自立的に組織決定”し、“自己チェック・自己点検”を繰り返す運動、これこそ本書が提起する「組織強化のための目標達成運動」である』と作成したマニュアルの巻頭言にある。
  要は「人間の本質」をどう捉え、その本質を運動にどう反映するか、を最大のテーマとして捉えた点にこの運動の特徴がある。つまり人間は誰でも「成長したい、よく思われたい、役に立ちたい」といった向上心や達成感を求めている、とする考えである。
従って、点検・評価の物差しも上部団体が一方的に評価するのではなく〔自己評価70%、相互評価15%、上部団体評価15%〕とした。つまり、自立的・主体的運動を育むためには単組自身の自己評価に最大限のウエイトを置き、次に仲間の組合との相互評価、最後に上部団体評価とする、とした。世間一般とは逆の発想に立ち、あくまでも“一人歩きのできる組合”を作ることに重点を置いたものである。

(2)「組織強化」の真の目的とは何か?=歴史を育むもの=
  組織強化の真の目的は、単に“その時点の実態検証”にとどまらず「当該組合にとって“歴史を育むもの”でなければならない」と捉え、組織強化項目の整理とあわせ、時系列的に単組の力量アップが一目瞭然となるシステムを求めることにした。そして、

1) 組合員から「これまで以上に信頼される労働組合になる」こと。
⇒「組合離れ」は組合活動に問題が!?
2)「スキのない」単組活動を推進し、外部勢力から組織を防衛すること。
⇒労働組合法に則った組織運営を!
3)労使関係の健全化・安定化を図ること。
⇒経営に一目おかれる組合に!
4)最終的な意味での雇用確保をはかること。
⇒組合の力量を高め、経営のチェック機能を発揮し、“コーポレートガバナンス”の一翼を担う労働組合に!
5)上部団体全体の「組織体の強化」をはかること。
⇒「労働運動の復権は私たちから!」の大志をもって。

とネライを明確にした。


(3)「目標達成運動」への準備段階での“現状分析論議のすすめ”
  運動に入る前の“現状分析論議”を以下のように進めることとし、提起した。

1)現状の問題点を明らかにする
⇒組織の現状を再確認・検証してみよう!
ア)組合員サービスの低下はしていないか、イ)組合員の信頼・期待の希薄化現象はないか、ウ)労使関係は形骸化していないか、ほどよい緊張感があるか、エ)経営側は労働組合を軽視していないか、オ)組合は労働組合法を意識した運営をおこなっているか、
2)「問題点の原因は何か」を究明する
⇒[1]組合内部の問題点を発見・究明してみよう!
ア)組合役員の認識・スタンスに問題はないか、イ)活動内容は常に検証し、改善に向けた対策を講じているか、ウ)労組法に抵触・違反した組合運営はないか、放置していないか、エ)対応型の活動に終始していないか、オ)委員長又は幹部・執行委員のみの組合活動になっていないか、
⇒[2]経営側の問題点を把握・究明してみよう!
ア)労組に対する基本的理解度が不足していないか、イ)経営の透明度は納得できる程度か、ウ)労働組合役員としての立場と、職制の社員の立場を区別できているか、
エ)労使関係の安定が、企業の発展に欠かせないという理解度はどうか、オ)健全な労働組合による健全な労使関係より、御用組合がベターといった従属的・不健全な労使関係を望んでいないか、
3)現状の問題点・原因を究明し、是正の為の諸対策を講じる
⇒我が組合を<R(リサーチ)⇒P(プラン)⇒D(ドウ)⇒C(チェック)⇒A(アクション)>のサイクルを回し、組織強化を進めよう!

(4)「目標達成運動」の具体的進め方
「目標達成運動とは、労働組合が組織の充実・強化とパワーアップを目的に、各組合が現状分析を行い我が組合の問題点を見いだして、自主的に改善目標を決めて、その達成状況・達成度合いを客観的に数値化して、労働組合の組織強化を具体的に前進させる組合活動・運動のこと」と規定した。そして<R―P―D―C―Aのサイクル>では、

(5)目標達成運動の点検項目・チェック基準(骨格のみ)

に3分類した。また、この組織実態調査表は「カルテ表からレーダーチャート図作成」まで連動させ、自動計算できるようにした(別掲1)。また各項目のチェック基準としては、右表の基準(点数)を使用することとした。

(6)改善目標の決め方と留意点および活動方針への反映
  組織実態調査表を記入すると、自動的に“わが組合の得点”が算出され、その結果改善項目が明らかになり、その改善を通じて得点アップの努力をする仕組みとした。
  この場合、改善目標の設定には「用語解説と留意点」と称する上記<34項目89問>の全てを網羅したマニュアルを作成、活用を進めている。さらに、改善項目を組合大会の議案として上程し、改善を進める。これを労組版「マニフェスト」と呼んでいる。このようにして抽象的、惰性的傾向にある「報告議案書」が、具体的な目標設定と実行計画を盛り込んだ、組合員にとってわかりやすく関心の高い内容に変貌しつつある。各種報道で知りえている“国際政治は”“日本経済は”・・・などと大上段に構えた議案書ほど無味乾燥なものはないし、また前年踏襲型の議案書も興味を引かない。組合員はそれよりも自分たちの職場の問題解決に関心を持っている。 
従って「現在○○点を、□□点に高める」といった具体的方針に興味と関心を示す。ここに「組合活動の活性化」の決め手がある。その上で実行計画(P)⇒実行(D)⇒点検(C)・・・と続け、途中経過や結果を機関紙等で報じる。組合員の関心・参画・協力が目に見えて高まること必定である。


3.組織強化と“単組の政策”立案の視点

 ここまで組織運営面の改善について述べたが、次に政策面について述べる。
  「力と政策」と言う先輩からの教えがある。労働組合の生命線である。その「力」は組織力(量と質)であり、「政策」はそれぞれの組織段階ごとに“地(職場)に足をつけたもの”が求められる。特に「企業内(別)組合」と言う宿命を持つ日本の労働組合は、その企業と運命共同体的関係にあるといっても過言ではない。それだけに企業の発展に組合員の関心が強く引かれ、ややもすれば、その路線すら同一視する傾向になりがちである。しかし、この視点が近視眼的になり、自社の発展のみ意識するようになる(いわゆる“塀内組合”)と、社会性を忘れ、コンプライアンスとはかけ離れたところに至ってしまうことになる。以下に、その「単組の政策問題」について述べてみたい。

(1)職場の中に「政策の芽」がある。
  単組レベルで「政策」と言うとき、多くは経営トップの示す「経営政策」「経営対策」を指すことが多い。しかし、労働組合としては、それは違う。「政策は職場(現場)にある」と言うのが私の主張である。
職場の苦情処理を通じ「職場の改善対策」をまとめ提言する、と言うことでなければならない。第一線の組合員は、職場では様々な現実課題に直面している。そのことを背景に組合は“是々非々の立場”を主張できるし、またしなければならない。そこで会社への前向きな提言を「政策」としてまとめ、経営に提起しなければならない。この政策立案能力を高めること、それが単組の政策活動であることを忘れてはならない。労使関係を“線路と枕木”に例え、「労使という二本の線路は同じ方向へ、同じ幅で続く。二本の線路は永遠に交わらないし、交わってはならない」と労使関係を戒める言葉がある。
この戒めの言葉こそ、何よりも大切にしなければいけない。その上で企業内(別)組合の政策活動のあり方を確立していかなければならない。
  つまり、(別掲2)の“パンドラの箱”を整理すること=「職場の政策立案能力」であり、労使交渉を経て“好ましい企業文化”の醸成につなげる=今日の「コンプライアンス」活動である、と提起したい。
特に昨今、グローバル経済下での長時間労働と過労死問題、メンタルヘルス問題などを考えると、「職場の要員管理」に多くの問題を秘めているといえる。これらの課題解決には、それぞれの段階で“労働と人間”の基本問題に踏み込んだ対応をする必要がある。

(2)“庶民(現場)感覚”豊かな政策を心がけよう。
  蛇足ではあるが、ここで思い起こすことがある。ときあたかも今年は「故・山田精吾
  没後10年」にあたる。以下は生前の山田先輩との会話の一端である。
  Q.「先輩は連合事務局長として国の政策立案に携わっておられるが、その特徴は庶民感覚(現場感覚)にある、と思う。どうしてその感覚が維持できているのですか?」
  A.「私は新聞を読むとき、読者の投書欄に必ず目を通す。そこには国民の率直な意見や提言がある。それが庶民感覚(現場感覚)だと思っている。」
  以来、小生も真似てみている。そこには素朴で、社会正義いっぱいの記事があり、ハッと思わされることが多い。主義主張は違えども「庶民の感覚」とはこういうものと思う。労働界の政策通といわれる方々には、役人や学者の主張を基軸にする人が多いという批判を耳にすることがある。我々労働運動に携わるものは、この庶民感覚を大事にして対処すべきと自戒しなければならない。その事ができて初めて国民的支持を得る論戦が叶うことになるのではないだろうか。投書欄こそ“労働運動リーダーの必読文”として活用する誓いをたててみてはいかがだろうか!?

4.結語

  “組織は人なり”と言う。私たちは「労働者である前に人間である」という視点を大事にし、“人間とは何か?”と言う原点に立ち戻ることが必要である。“人間性の尊重”を金科玉条とする労働運動(あるいはその担い手)こそ、「正しい人間観」をもって運動をリードしなければならない。ここに提起した「目標達成運動」は、真に人間性を尊重する思想であり、組織的に展開することで人材の育成につなげうる手法であると考える。
  換言するならば、この「科学的管理手法」と、人間(大衆)の「行動心理学(行動科学)」の“抱き合わせ的実践”こそ、労働運動の“運動原理”であるということを指摘したい。
  今日までの30数年労働運動に携わってきた一人として、この時代に今一番重要なことは、「過去のしがらみや惰性を乗り越え、勇気ある“決断と実行”」ではないかと強く認識している。同時に、その過程では常にホンネ(今の現実)を語り、ホンネ(遠慮なき主張)で議論し、地に足をつけた政策を持つことであろう。そうすれば、労働運動の未来は、洋々としたものになると確信する次第である。

以上


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