断ち切ろう「不払い残業」―労働組合の役割として―千頭 洋一(UIゼンセン同盟・政策局局員)
違法な不払い残業がひろがっている。門倉[2005]は、2004年の労働者1人平均の年間不払い残業時間は192時間で、年間総実労働時間の実に1割以上にあたると推計している。これはバブル期の1990年にくらべ、5割近くも増えているのである。不払い残業の多い職場には、疲弊感や不公平感が蔓延し、心身ともに不健康な人が確実に増えている。私たち労働組合役員は、その役割として各職場をくまなく点検し、不払い残業の実態に対しては、毅然たる姿勢で撲滅にむけて取り組んでいくべきではないか。 不払い残業の発生要因なぜ、こんなにも多くの不払い残業が発生してしまうのだろうか。図表-1は、連合総研が2004年10月に一般勤労者に対して、「不払い残業がある理由」についてきいた調査結果(複数回答)である。この回答を大きく括ると、「残業限度制限型」が半数強、「評価心配型」が3割弱、「仕事完全主義型」が2割弱という割合になる。 まず、「残業限度制限型」についてだが、その上限時間を超える仕事を絶対にさせないのであればともかく、仕事をさせておいて残業代に制限をかけるということは、完全に違法である。その違法性の認識が管理者、労働者ともに希薄なのではないか。労働組合としても、制限をもとに残業手当がカットされていないか、たえずチェックしていかなくてはならない。 「評価心配型」についても、同じである。明言せずとも、上司が威圧的な対応の中で、残業登録を拒もうとした場合も違法である。よく「残業は本人の意志で勝手にやっている。私は指示していないし、知らなかった」と言う上司がいるが、法的には「黙示(もくし)」であっても時間外労働になる。さらに、法律では「上司は部下の労働時間を自分の目、または具体的な記録で確認すべき」とされている。そういう無責任な言い分は、法的にも通用しないということを理解していない人が、あまりにも多いのではないか。不払い残業を強要したり、黙認したりする管理者がいた場合の対処については、労働組合と会社できちんと確認し、全従業員に周知することが必要である。 一方、「仕事完全主義型」の人には、本人の仕事への熱意は素晴らしいとしても、ルールを守らなければほかの仲間に対してフェアではなく、本人の身勝手な行動が職場全体としてマイナスに作用しかねないということをきちんと理解してもらわなくてはならない。 不払い残業増加の要因不払い残業が増え続けるのはなぜだろうか。図表-2は企業経常利益と従業員給与と年間不払い残業時間の関係をしめしたものである。経常利益が大きく伸びている1987~89年(バブル期)と2002~03年(景気回復期)の3者の関係に注目されたい。従来、勤労者所得は企業業績の伸びに連動して伸びてきたものだが、2002~03年については経常利益が顕著に伸び、バブル期の実績近くまで回復しているものの、従業員給与はマイナスで推移している。さらに、この期間の不払い残業は、バブル期にくらべ6割以上も増えているのである。 業績が十分回復しているのに、従業員は本来受け取るべき残業手当の申請を躊躇するというおかしな実態が、多くの職場でみられているようである。先に、「残業限度制限型」の不払い残業が半数強存在すると記したが、これがバブル期であったとしたらどうだろうか。多くの従業員が、実態より短く制限されている限度時間を延長または撤廃するように申し出ていただろう。一方、会社側も大抵はその申し出に対して、真摯な対応をしていただろう。そうしなければ、従業員が他社に流出するという事態にもつながっていたのではないか。バブル崩壊後、多くの会社でみられたリストラや成果主義の拡大が、若手も含めた多くの労働者に「実績を残さなければ職を失うのではないか」という不安感を植えつけてしまった。そして、この不安感は不払い残業を後押しする最大の要因にもなったのではないだろうか。 長時間労働を強いられる30歳代男性1991年から2001年の10年間で、パートタイム労働者は約5割増加し、それ以降1200万人台で推移している。一方、30歳代男性は、図表-3にしめすように約4人に1人が週60時間以上働いており、この層を中心に長時間労働問題が深刻化している。その背景としては、非正規社員が増大する中、正規社員が絞り込まれ、相当に多くの仕事と責任が現場の第一線で働く彼らにふりかかってきていることが指摘されている。この年代の家庭では、幼児の子供がいる場合も多い。彼らは、出勤日にはほとんど子供と顔をあわせず、休日も疲れきっているような状態の人が多く、それが子供に与える影響も決して良くないだろう。 不払い残業をしている本人にその行為を咎めると、「私は好きで仕事をしているのだから、とやかく言わないでほしい」という人が多いが、本当にそうなのだろうか。そういう人も多少はいるかもしれないが、大半は上司からせかされたり無言の圧力をかけられたりしながらの不本意な労働であると思われる。 健康を蝕む不払い残業長時間労働が健康面に与える悪影響も深刻化している。図表-4、5に見られるとおり、長時間労働が要因と考えられる脳・心臓疾患や精神障害が近年激増している。しかも、これらの数字は氷山の一角にすぎない。うつ病などの精神疾患も含めた数々の病気の原因となり、離職せざるをえない状況に追い込まれた労働者の数ははかりしれない。労働政策研究・研修機構の「労働時間の実態と意識に関するアンケート調査」[2004]の結果からは、正規社員らの6割近くが「このままのペースで働いたら、体をこわす」と考えていることがわかった。組合員の健康で安定した暮らしをサポートすることが、労働組合の重要な役割である。労働組合として、長時間労働者への健康面のサポートも急務である。 不払い残業抑止に関する労働組合効果労働組合は不払い残業の発生にどの程度ブレーキをかけ、その取り組みはいかに評価されているのだろうか。図表-6は、先にも紹介した2004年に連合総研が一般勤労者に対して行った不払い残業に関する調査結果である。大変残念なことに、勤務先に「不払い残業がない」割合は、勤務先に労働組合がない人で3割程度なのに対し、労働組合がある人ではその半分程度しかない。また、勤務先に不払い残業がある人に「この1年間の不払い残業削減の進み度合い」を聞いたところ、勤務先で「削減の取り組みが進んでいる」と答えた人の割合は、勤務先に労働組合がある人では、労働組合がない人に比べて3倍近く高い結果ではあったものの、約3割にとどまった。さらに、勤務先で「削減の取り組みが進んでいない」「わからない」という人の割合では、両者にほとんど差がみられない。この結果を見る限り、労働組合の不払い残業撲滅への取り組みは、まだまだ弱いと言わざるをえない。 不払い残業の実態には毅然たる対応を労働組合の取り組みが弱いのはなぜか。まずは、不払い残業の実態をつかむには、それぞれの職場をくまなく調査し、裏づけとなる事実をつかむ必要がある。これには、結構な手間と時間がかかるのである。さらに、そこで発覚した不払い残業の実態をしめし、改善の要求をしたとしても、そのことは当該の労働者から感謝されないばかりか、逆に責められる場合もあるだろう。ただし、先に述べたように、不払い残業問題の根は深く、大きく社会全般を蝕んでいるといっても過言ではない。たとえ不払い残業の実態を組合員に指摘した時に疎んじられたとしても、毅然たる姿勢で取り組むべき課題なのである。 私は現在UIゼンセン同盟に出向しているが、もともとは大手スーパーの出身である。私は非専従の中央執行委員を3年務めた後、9年前に専従の中央執行委員になり、千葉地区の店舗を担当することになった。労働組合組織としては各店舗が支部となり、その代表者として支部長が選出される。私の主な役割は各支部を巡回し、就業実態を含め問題がないかを支部長中心にヒアリングし、問題の解決や労働環境の整備に結びつけるということになった。中央の労使懇談会は、労働組合から中央執行部役員と支部長、会社から人事本部の担当責任者、販売事業部の地区統括責任者、店長を交えて半年に1回開催され、各店舗の就業上の課題を中心に協議している。私は、この席で現場で調査した実態もふまえ、就業上の問題が多いにもかかわらず、その場しのぎで実態を取り繕おうとする店長を徹底的に問い詰めた。彼らにおける私の評判は最悪であったようだし、私が会社に戻れば彼らが自分の上司になる可能性も十分あった。しかし、このような機会に言うべきことを言って改善に結びつけることは、組合費から給料を貰っている自分の役割だと考えていた。その後、私は連合総研に出向した後、昨年よりUIゼンセン同盟に勤務することになった。 不払い残業撲滅にむけたUIゼンセン同盟の取り組みUIゼンセン同盟では、2003年の春季労働条件闘争より「不払い残業撲滅」を掲げ、重点的に取り組んできた。2005年の春季労働条件闘争における不払い残業撲滅運動は、私が事務局を担当することになった。6月を不払い残業撲滅強化月間として、この期間を中心に取り組みを強化した。主な取り組み内容は、以下のとおりである。
上記取り組み内容1.2.の項目については、現在結果を集計・検証中である。「ノー残業デー」の実施は、従業員の意識を「この時間までに仕事を仕上げよう」というように変えていく効果を生んだ。加盟組合独自の「不払い残業撲滅強化月間行動計画」では、職場オルグや集会での点検や啓発、アンケート調査の実施、適性時間管理講習会の実施などがそれぞれの労働組合に設定され、積極的に取り組むことにより成果をあげている。しかし、特定の月を不払い残業撲滅強化月間に指定しなくても、普段から継続して取り組んでいる加盟組合も少なくない。もちろん、それがあるべき姿といえる。 適正な労働時間管理の取り組み事例UIゼンセン同盟加盟組合にヒアリング調査した「適正な労働時間管理取り組み事例」を紹介する。A労働組合は、大手の繊維・化学等製造業の会社の労働組合である。ここでまず特筆すべきは、労働時間管理について労使の垣根が全くないことである。各従業員の労働時間の申告と実態の突合作業や居残りパトロール、労働時間管理の教育・啓発活動などは、労使一体となって行っている。「不払い残業は、従業員にとっても会社にとっても百害あって一利なし」という考え方が、労使ともに定着しているのである。 36協定の協定時間についても、各事業所単位ではなく部署ごとの設定とし、さらに3ヶ月ごとに見直している。これには各事業所の労務担当者、労働組合支部役員ともに多大な労力を注いでいる。この設定時間については、それぞれの職場でありうる最大値をとって、あくまでも「拘束力のある36協定」としているのである。 また、従業員と上司の間で仕事と労働時間に関するコミュニケーションを徹底している。例えば、フレックスタイム制適用者については、本人が前週末までに次週の就業計画をパソコンに入力し、それを上長が確認し、本人とすり合せするしくみになっている。その上で就業実績もインプットし、計画との差異がなぜ発生したかについても本人と上司でコミュニケーションをとり、今後の応援体制や仕事の見切りなど、業務の調整につなげている。 B労働組合は、繊維製造をはじめ小売業など多様な事業を展開している会社の労働組合である。B社では、残業については2003年より「時間外・休日勤務命令書」を使用して管理している。この命令書の導入目的は、以下のとおりである。
まずは、「なぜ残業になるのか、そして今後の改善にむけていかに取り組むか」という観点で、本人と上司でしっかりとコミュニケーションをとることが、第一のねらいである。こうして、本人も上司も適正な労働時間管理の意識を強める中で、不払い残業を無くすことにつなげられるようにしている。この命令書による管理は毎日行われ、タイムカードの実績との不一致をなくすために、人事部の担当者が突合作業を行っている。 C労働組合は、大手家電量販店の会社の労働組合である。C社・労働組合では、7年ほど前に不払い残業撲滅にむけた「労使共同宣言」をして、社長、労働組合委員長連名のポスターを作成し、全事業所に掲示したことがあった。だが、このような表面的な取り組みの効果は薄かった。結局は、それぞれの現場の責任者が本気で自分の職場の問題点をつかみ、不払い残業を無くしていこうと考えて行動しない限り、不払い残業撲滅にはつながらないということである。そこで、労働組合としては経営陣に対し、不払い残業の問題とその撲滅にむけたあるべき取り組みについて、丹念に理論的に説明してきた。その上で、会社として「不払い残業の実態を黙認する責任者については処分する」ということを確認した。 現在会社は、定期的に特定の事業所に対して抜き打ちチェックを行っている。勤怠実績データ上、残業時間登録について矛盾等がないかを確認し、疑義がある場合は該当部署に実態の確認を求めている。 D労働組合は、約580店のファミリーレストランを展開する会社の労働組合である。ここでは、小規模の事業所が多数点在するという状況の中でも、労働組合の組織にネガティブな情報もきちんとあがってくるよう、各支部と執行部のコミュニケーションを充実させている。また、毎月行われる労働組合の会議の際に、中央役員から支部役員に就業管理の説明をして、それをもとに各支部で就業についての労使懇談会を開催し、改善に取り組んでいる。 D社従業員には、業務の忙しさから本人の公休日が未取得のまま残っている場合が多い。極端に公休日未取得が多い実態の場合、人事部から該当地区の責任者に警告がある。そこで休日未取得の状況によっては、地区責任者の指示で当該店舗に応援者を配置し、休日を取得させる場合も、年に何件かある。その期間は、1ヶ月に及ぶ場合もある。つまり、休日未取得者が未取得の休日を消化させるために、1ヶ月間休みをとるための体制づくりを、会社もしっかりサポートしているということである。 E労働組合は、大手スーパーグループの一員で、主に商業施設の警備・メンテナンス・清掃等の業務を中心に約500の事業所を展開している会社の労働組合である。労働時間管理に関する労使専門委員会・エリア労使協議会は、1ヶ月に1回開催されている。労働組合は、日々のオルグ活動やアンケート調査結果から得られた不払い残業や労働時間管理に関する問題について、会社側に具体的に伝え、改善を促し続けている。 E労働組合は、2003年度以降の春季労働条件交渉においても、要求書の中に「不払い残業の撲滅」を入れて要求し続けている。2004年度におけるその具体的項目としては、「残業や休日出勤をする場合、命令または自己申告および割増賃金処理に関するルールの確認と徹底」を掲げ、さらに具体的には「申告の内容と実際に時間外労働・休日労働をした実態を調査し、申告が過小または申告漏れがないかを定期的に確認するルールの確立」と「『時間外の削減』の会社方針が、過少申告や申告漏れに繋がっていないかを定期的に確認するルールの確立」をあげている。これに対して会社は、「労使専門委員会・エリア労使協議会にて、不払い労働の撲滅へ向けて努力する」と回答している。 私は、以上5組合のヒアリングに全て立ち会ったが、対応いただいたどの組合役員からも徹底した取り組みにむけた強い信念と誠実さが伝わってきた。これらの組合に共通している点は、適正な労働時間管理の取り組みは、決して新奇なものではなく、実態の点検や啓発活動など当たり前のことを愚直に根気よく行っているということである。また、「なぜ長時間労働になり、それに対してどう手をうつべきか」というコミュニケーションを、本人と上司を含め労使で徹底している。さらに、労使が適正な労働時間管理の必要性を十分認識しており、相互の連携・協力体制が確固たることである。まずは、こういった基本スタンスを確立することが重要である。 2003年度に全国の労働基準監督署が賃金不払い残業を是正指導した中で、1企業あたり100万円以上の割増賃金が支払われた事案では、是正企業数は約1200企業、対象労働者数は約20万人、支払われた割増賃金は約239億円にのぼる。是正指導された事案は、全体の実態からみれば氷山の一角であろう。労働組合が職場の実態把握や環境改善をなしえぬまま、労働基準監督署から不払い残業の是正を指導されてしまうようなことがあれば、労働組合はその存在意義を問われてしまう。今こそ、連合、産業別労働組合を含め、全ての労働組合が不払い残業撲滅にむけ、徹底した活動を継続、強化していこうではないか。 参考文献
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