私の提言 連合論文募集

第2回入賞論文集
優秀賞

「仮装自営業者」の撲滅に向けて

―こんな理不尽が許されてはならない―

小畑 明(運輸労連本部・組織部長)

はじめに

 私が昨年の論文で採り上げた偽装請負・仮装自営業者の事例は、運輸産業において、ますます広がりをみせている。本稿では同事例を、より深く掘り下げることによって、そのことが持つ意味を鮮明にし、以ってこの現実を転換させていく方向性を見いだしたいと思う。第1節において、採り上げた事例の経緯を詳細にたどり、第2節において、撲滅に向けた対応策について提示したい。

第1節 「仮装自営業者」の実態

 産別の県連専従をしていた私がその電話にでたのは、2003年9月のことだった。構成単組の委員長から「会社から『給料は全額保障する』から、今までの基本給のみを『給料』にして、残りを『業務委託料』にしたいという提案があり、組合として合意したのだが、問題はありますか」という内容だった。瞬間的に「まずい!」と思った。しかも合意した後である。会社提案の目的を聞くと社会保険料の事業主負担分の軽減である。この会社の給料の平均は40万円で基本給は13万円である。この給料を40万円から13万円にすることで、事業主負担が月額約500万円軽減されるという。しかし、傷病手当金や厚生年金、失業時の雇用保険給付に大きな影響がでる。退職金も基準内賃金にリンクしていたはずだ。そのことを委員長に聞くと、会社は「従業員負担分の社会保険料も少なくて済むし、確定申告すればサラリーマンには認められない控除も受けられるから、手取りが増える。その分で所得保障保険や積み立てをすれば決して損にはならない」と説明しているという。ここ2年、昇給も一時金もない状態なので、会社存続のために提案を呑んだということであった。私が一番危惧したのは、給料の7割近くを占めることになった「業務委託料」部分が、労働の対価ではなく「業務委託料」の支払だからという理由で、賃金交渉の場から外されてしまうのではないかということと、自営業者化によって労働組合が骨抜きにされてしまうのではないかということであった。

 現に、会社が従業員個々人と交わした「業務委託契約書」には、「業務委託報酬は事業所得とし、業務委託額は月間運送収入の業績判定に基づき別途定める」としており、現行給与を100%保障するという説明は、どこにも明記されていない。さらに驚くべきことは、従業員が社会保険の給付において不利益をこうむる事を述べた上で、そこから「生ずる一切の不利益に関して在職中は勿論のこと退職後も甲(会社―筆者注)に対してのみならず、関係官庁に対しても申立・請求・苦情などをしないことを確認する」という項目を入れていることであった。あきらかに確信犯である。

 合意後であったとしても何とかしなければと思い、組合に「合意書」の解釈をめぐり3項目からなる「確認書」を会社と取り交わすよう指導した。1点目の確認は、「業務委託契約書」の有効期限が1年間で、その後自動更新になることを定めていたので、業務委託料制を含む賃金支払の変更は、賃金体系の変更を受け入れたのではなく、会社の業績不振に鑑み、従来の賃金体系は存続したままで、1年間に限って会社提案を受け入れるものだとした。2点目は、契約期間中の「業務委託料」の改定は行わないこと、そして3点目に、「業務委託契約書」の内容の変更については、個々の労働者に代わって労働組合が交渉することを認めさせるというものであった。会社は、若干の文言訂正をした上で基本的には受け入れ、9月29日付で締結した。

 しかし、それで安心はできなかった。3ヵ月後の2004年1月に、会社は「業務委託料」の支払日を資金繰りの都合上15日から31日に変更したい、無事故手当10,000円の支給を当面凍結したい、さらに、1年間は手をつけないはずの「業務委託料」の改定を申し入れてきた。改定内容は、給料すなわちこれまでの基本給額を、最低賃金である707円の時間給にするというものであった。これまでは平均40万円の月収のうち、13万円の給料(従来の基本給)と27万円の「業務委託料」で、残業代は「業務委託料」に含まれていた。それを、「業務委託料」部分を運賃収入に比例させた変動給にし、残業代相当分も定額ではなく707円を算定基礎にして算出した額にするというもので、実質的には「業務委託料」の切り下げをねらったものであった。2004年4月までの限定措置ということで、組合は会社提案を呑んだ。

 会社はこの間にも、作業服代を有償にするとか、車両修理費の従業員負担金を増額するとかの提案をだしてきていた。会社は仕事を「委託」しているのだから、経費は本人持ちだという理屈である。このままでは「業務委託料」の支払いをテコに、従業員の自営業者化が進められてしまうと感じ、2004年3月に「業務委託料は給料である」ことの「確認書」を会社と取り交わすよう組合を指導した。しかし会社はそれを拒否した。理由は「確認書にハンコを押すと、法律違反であることを認めることになるから」というものであった。組合を馬鹿にするにも程がある。即日、「申入書」を会社に出した。

  1. 会社はこれまで、社会保険料の事業主負担を軽減するための便法という説明をし、組合としては企業存続ためにやむなし、との苦渋の選択で期限を切って協力を約したものである。もともと会社提案にしたがって給与の一部を「業務委託料」にしたのであるから、会社が「業務委託料は賃金である」ことの確認を拒否する理由はどこにもない。
  2. そもそも会社は、2003年8月に「現行の給与支給額は100%保証します」と説明し、同年9月の確認書で「業務委託料の支給計算基礎の変更はないものとする」としていたにもかかわらず、2004年1月には業務委託料の支払日を引き延ばし、さらに業務委託料の改定と称し、100%保証し変更しないはずの委託料の引き下げを提案してきた。「会社の存亡策だから」と組合員を脅しながら、次から次へ委託料の切り下げを画策する会社のやり方は、信義則にもとる行為といわざるを得ない。それでも組合は時間単価の改定に協力してきたのである。
  3. 残業の時間単価の改定は、それ自体容認できるものではないが、会社を存続させるため時限措置で受け入れた。ひるがえって、そもそもこの措置は「給与」である時給を算定基礎に各種割増率を乗じて残業手当を算出するものであり、その額は「業務委託料」に反映される。したがって労働基準法11条により、業務委託料は名称のいかんを問わず「賃金」ということになり、会社がそれを否定する根拠は見当たらない。
  4. 組合としても、これ以上の譲歩は、すでに生活の破壊をもたらしており、とうてい受け入れることはできない。これまで会社提案に協力してきたのは、経営再建に協力することで、いずれ従来の労働条件に復帰することができるという期待からである。しかるに、業務委託料を賃金と認めないという会社の姿勢は、これまでの経緯、経過の中で会社が行ってきた説明を根底からくつがえすものである。
  5. 以上のことから、指定期限までに誠意ある回答がない場合、会社のこれまでの施策を「集団的変更解約告知」とみなし、会社提案内容の社会的正当性を司法の場で争うことも、組合の選択肢の1つであることを申し添える。

というものであった。裁判をちらつかせた*1ものの、組合としてもそこまでの踏み切りはつかず、にらみ合いが続いた。

 5月に入ると会社は、何と給料の「全額歩合制」を提案してきた。あからさまな従業員の自営業者化である。全額歩合制はあらためて個別の同意を労働者から取り付けなければ違法であるが、「手取り額は変わらないから」「ひと月だけ試験的にやるだけだから」と、組合との合意をかわさないまま強引に実行した。その結果、1人当たり4万円~5万円の手取額が減少した。試験的とはいえ全額歩合制の導入は、労働者性を否定するものであり、受け入れがたいものであったが、会社は「これをやらないと会社が潰れるから」と押し通したのである。しかし、たび重なる労働条件の切り下げで、従業員の生活は追い詰められており、これ以上の譲歩は生活を破壊するからと、全額歩合制はひと月でやめさせた。しかし、その結果出てきた会社の新たな提案は、埼玉営業所の閉鎖であった。2004年8月31日に埼玉営業所を閉鎖するという重要問題を、一度も組合との事前協議なしに通知1枚で通告してきたのである。

 閉鎖にあたって全員の雇用は確保するというものの、新しい勤務地は横浜であり、しかも、会社は通勤を認めず転居を要請してきた。これでは事実上の退職勧告であるし、実際に辞めた者が何人かでた。彼らによると、雇用保険の給付額は13万円が「給料」であるため、7万円~8万円にしかならないとのことだった。しかも、給料日(業務委託費の支払日)は、締めてから1ヵ月後である。これでどうやって生活するのかという切実な声が組合に寄せられた。そこで「会社のやり方は社会的・道義的責任を果たしていない。業務委託制を導入する前の平均賃金である40万円を、退職せざるを得ない従業員に再就職準備金として補償せよ」という要求書を会社に突きつけた。

 当該労組の委員長から電話が入ったのは8月の上旬だった。「会社は、主力の輸送部門を同業他社に営業譲渡することになりました。残った整備工場と海上コンテナ部門だけで会社を存続させます。譲渡先には労働組合があるので、その段階でわれわれの組合は解散します」というものだった。こうして、約1年にわたる「業務委託制」をめぐる労使の攻防は幕を閉じた。

第2節 「仮装自営業者」の撲滅に向けて

 この事件は、決して特定企業に起こった過去の特殊な事例とはいえない。なぜなら、この事例の会社が、ここまで「業務委託契約」にこだわったのは、特定の経営コンサルタント*2の指導によるものだからである。このコンサルタントは、2003年5月に新潟県の運送会社においても同様の指導を行い、労働組合から従来の賃金との差額請求の裁判を起こされている。その企業では「この賃金を導入することによって、組合の存在を無力化することができる」と指導していたことが、準備書面で明らかになっている。その後、京都、東京、神奈川でこのコンサルタントによる指導を受ける会社が続き、「業務委託制」は、中小運送業を中心に広がっているのである。「業務委託」の最終目的は完全歩合制である。それは個人償却制ともいわれ、運送業では「名義貸し」として古くから類似行為はあった。いま、それが「業務委託制」として広がっているのである。運賃収入から諸経費を控除して賃金を決めることは人件費を固定費から流動費にすることを意味し、規制緩和以降、過当競争にあえぐ中小運送業の経営者にとって、魅力的に映るに違いない。まして、社会保険料が節約できるといわれれば、ますます心が動いてしまうのであろう。事実、事業組合であるトラック協会の地方組織が主催して、このコンサルタントによる研修会が行われたこともある。

 このコンサルタントは著書の中で、業務委託制が道路運送法に抵触する可能性について「黒かといえば黒と言い切れないし白かといえば白とも言い切れない。微妙なのである」とし、「個人トラックに至る過渡期の存在」と位置づけている。「個人トラック制」は、規制緩和・民間開放推進会議で議論しており、これについては絶対反対の立場であるが、本稿ではそれに触れず、いかに「業務委託制」に対抗するかを考えてみたい。

 第1に、業務委託契約をしても、実態として労働者性があれば、「自営業者」ではなく、あくまでも「労働者」と認定される。1985年に公表された「労働基準法研究会報告」の労働者性に関する一般的判断基準は、労働者性を、指揮監督下の労働であること、報酬が労働の対償であることの「使用従属性」の有無に求め、補強要素として、事業者性の有無、専属性の程度を示している。さらに、具体的な事案として傭車運転手を採り上げ、仕事の依頼・業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、運送経路・出発時刻の管理・運送方法の指示等の有無、専属性の程度、報酬における固定給部分の有無などを総合的に勘案して労働者性を判断することとしている。さらに厚生労働省は、2004年3月に行った全日本トラック協会との打ち合わせにおいて「業務委託契約をしていようが、現実的に労働基準法の「労働者」と見なされれば、(中略)通常の労働者と同様に労務管理帳票を備えていなければ、労働基準法違反となる」との判断を示している。

 第2に、業務委託契約を理由に「給料」を従来の基本給のみにして、社会保険料の軽減をはかることは、それ自体が各保険法に違反している。なぜなら、第1で指摘したように、業務委託契約をしても、労働者であるかどうかは実態で判断するので、労働者性があれば、会社には社会保険料を納める義務がある。その場合、保険料の基準は基本給だけでなく総支給額となる。基本給を基準に保険料を圧縮した場合、健康保険法208条、厚生年金法102条により罰則が科される。

 しかし、違法性を承知で業務委託契約を迫る会社に対して、労働者性を認めさせるのは至難の技である。団交の議題に取り上げること自体が経営側の抵抗で難しいと思われるし、不当労働行為を承知で交渉に応じないことも考えられる。地労委の斡旋などはじめから応じる意思のない経営者は決して珍しくはないからである。そうすると、司法判断を仰ぐということになるが、裁判闘争は労働側にとって時間的にも経済的にも負担が多く、現実的には難しい選択といわざるを得ない。また、各保険法における罰則の適用に関しては、これまで一度も発動されたことはないといわれ、罰則の発動には社会保険庁に対する告発も視野にいれなければならず、労働側にとっては大きな負担となる。

 そこで第3の方法は、立法的保護をはかることである。労働者と自営業者の中間に位置する就業者を「被用者類似の者」とする概念を創造し、労働法の適用範囲を拡大するのである。この「被用者類似の者」についてILOは、契約労働(contract labour)として、労働法の保護を受けない労務供給者の問題と捉え、条約の採択まで提案された。ILOは、契約労働を「偽装された雇用」と「あいまいな雇用関係」の2つに分けて保護の必要性を論じている。諸外国の例を見ると*3、フランスでは、商品販売など人的従属性に乏しいが、労働法の保護を適用するのが妥当と考えられる特定の職業に従事する者と企業との契約を、労働契約とみなすという立法がある。カナダでは、「従属的請負契約者」という概念を被用者に含むとし、具体的な職業として輸送用車両を所有、購入または賃貸する運転手をあげている。ドイツでは、労働法の中に「仮装自営業者」という概念を導入している。また、イタリアでは「準従属労働者」という中間概念が、いくつかの立法で導入されている。

 また、公正競争確保の必要性から「請負」も労働法上の「労働者」とすべきという日本の労働法学者もいる。その主張は、労働法の対象を「雇用」された、「指揮命令下」の労働者に限定すれば、労働力コストを下げるために「請負」「委託」という労務給付方式を選好みする事業者が増加し、労働者間および事業者間の公正競争と労働者全体の労働権保障が損なわれてしまう。したがって、労働法が対象とする労働者は労務給付形態によって限定されるべきではない*4とする。さらに、労働基準法は27条において、出来高制その他の請負制の賃金を規定しており、それ自体、労働基準法上の労働者が、請負制等の賃金支払いを前提にしていることを指摘*5している。

 このように、立法の具体化として労働者概念を拡大して適用対象を拡張する方法、「仮装自営業者」などの概念を導入して保護を拡大する方法などがある。その根底にある考え方は、使用者により「仮装自営業者」とされている本来の労働者に対しては、労働者性の判断基準を拡張するなどの立法政策が必要*6だというものである。なぜなら、就業者の一部は自発的に独立的な就業形態を選択しているが、多くは失業を回避するために、やむを得ずにこうした形態を選択している*7からである。

おわりに

 先日、産別本部のフリーダイヤルで労働相談を受けた。従業員20名規模のコンテナ輸送会社で、労働時間は1日平均17時間におよび、休日は月に3~4日である。有給休暇も慶弔休暇も会社は与えていない。社会保険には加入しているものの、賃金体系は100%の歩合制で、月間売上げ金額の32%が本人の取り分となり、それが給料のすべてである。労働時間の管理はまったくしていない。従業員は雇用を維持するために、生活のために、こうした労働条件でも働かざるを得ないのである。事実、東京湾における海上コンテナ輸送ドライバーの半数以上が、自営業者化されているといわれている。このように未組織企業を中心とする「仮装自営業者」化が進む現状を見ると、労働者と自営業者の中間に位置する就業者に対する、一刻も早い立法的保護が求められる。

 そのためには、厚生労働省の姿勢が変わることが前提であるが、ある倒産事件のときに、従業員の労働者性を認めて労災保険を適用しておきながら、保険料を徴収しないで放っておくという体質が厚生労働省にある限り、姿勢の変化を期待するのは難しいといわざるを得ない。そこで、世論の喚起が大事になってくると考えている。産別としてマスコミや国会議員に産業の実態を訴えることを始めているし、全日本トラック協会とも、この問題で共闘関係を築きつつある。また、労働協約の水準を上げていくことも重要であり、この取り組みについても強化しているところである。いずれにせよ、連合の政策実現力を背景に立法化をはかっていくことが、極めて重要な取り組みといわなければならない。

*1厚生労働省は、2005年4月13日に「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会 中間とりまとめ」を発表し、その中で日本版「変更解約告知」ともいえる「雇用継続型契約変更制度」を提言している。しかし、契約内容の変更に正当性の縛りをかけるものではなく、解雇の金銭解決とセットにすることで、使用者に自由な(正当なではなく)解雇権を与えてしまうことになり、賛成できない。
*2このコンサルタントは、当該会社に「業務委託制」を導入させた後、従業員の確定申告を1人20,000円で請け負っていた。
*3島田陽一「雇用類似の労務供給契約と労働法に関する覚書」『新時代の労働契約法理論』(信山社 2003年3月)36頁‐40頁
*4川口美貴「労働者概念の再構成」(『季刊労働法』209号 2005年6月)138頁
*5川口・前掲注4 149頁
*6永野秀雄「『契約労働者』保護の立法的課題」(『日本労働法学会誌』102号 2003年10月)112頁
*7鎌田耕一「契約労働者の概念と法的課題」(『日本労働法学会誌』102号 2003年10月)130頁


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