「労働相談に見る職場の現状と労働組合の役割・意義」
―若者を取り巻く雇用の現状を中心に―
本日は労働相談の立場から、労働法や労働現場の実情を中心にお話しできればと思っています。
1.連合について
(1)連合の方針
連合は1989年に発足し、現在の組合員数は約686万人です。非正規労働者の増加と正規社員との処遇格差等が社会的な問題になり、連合としてもこうした問題に取り組んでいこうということで、2007年に非正規労働センターを創設しました。そして、2012年に、社会的影響力をさらに果たすべく「1000万連合実現プラン」の方針を確立しました。
(2)「なんでも労働相談ダイヤル」
連合は、「なんでも労働相談ダイヤル」という無料の電話相談窓口を開設しています。2015年は、16,000件を超える労働相談を受けました。近年、相談件数が大幅に増加しています。12月には“ブラック企業”や“ブラックバイト”などを打ち出したキャンペーンを実施しました。相談者の年代別割合は40代が最も多く、業種別ではサービス業を中心に幅広く相談が寄せられています。医療や福祉などに従事する方々からの相談も多くなっています。また、雇用形態別で見ると、パート、派遣社員など、非正規労働者からの相談が前年に比べて増加しています。相談内容については、賃金関係の相談が最も多く、また、セクハラやパワハラをはじめとした「差別等」に関する相談も大幅に増えています。
2.働く者の権利
(1)労働三権「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」
憲法第28条には、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動に関する権利は、これを保障する」と書かれています。つまり、労働三権、すなわち団結権、団体交渉権、団体行動権が認められており、法律上の集団的労使関係の主体は労働組合ということになります。労働組合員である労働者には、ストライキを含めた様々な権利が保障されています。
例えば、労働組合以外の人が職場を占拠すると、事業活動を妨害する犯罪となり警察に逮捕されますが、労働組合の場合はそれが認められているのです。労働三権は労働組合を通じて行使され、労働組合でなくてはそれらの権利を行使することはできません。
(2)労働市場において対等ではない使用者(企業)と労働者
私たちは労働市場と市場経済の中で生活をしています。Aというお店で青森産のリンゴが200円で売られていて、Bというお店で同じリンゴが180円で売られていたとすると、その情報を知っている人はBのお店でリンゴを買うでしょう。全く同じ商品であれば安い方を買うはずです。生産者と消費者によって自由な競争が行われる市場経済は、競争と情報の完全な対称を前提としています。
しかし、労働市場における労働者と使用者との関係では、使用者側が圧倒的な力を持っています。それは、労働市場での交渉力と情報の非対称が原因となっています。労働者は会社に雇われなければその会社の情報を得られません。同じように、会社は労働者を雇わなければその人の能力が分かりません。つまり、就職に関する斡旋システムがなければ、情報は非対称のままであるということです。
また、労働力は一般の商品と異なりますが、労働市場の中では商品として扱わざるを得ず、働く人々は自分の労働力を売っているといえます。しかし、雇うか雇わないかは完全に使用者側の自由です。労働者には、雇用を維持されなければ生活に困って生きていけないという弱みがある。だから、労使の力関係では、労働者が圧倒的に弱い立場に立たされます。
労使が対等な関係を築かなければ、まともな市場経済を維持することはできません。そのために必要なのが労働法です。労働法は働く者の権利を守る法律ですが、市場経済を維持し、それを補完する作用もあると考えています。労働組合という組織も市場経済社会の要請から生まれたといえます。対等でない労使関係を調整していくことが労働組合の存在意義でもあります。
(3)労働法とは
私は、中学校の公民の授業で労働三法という法律を教わりました。当時は労働基準法、労働組合法、労働関係調整法を労働三法として学んだと記憶していますが、いまでは労働関係調整法についてはほとんど耳にすることがなく、新しくできた労働契約法がそれに代わり3つの大きな労働法の1つになっています。日本の文化や雇用システムなど、現在に至るまでの社会システムの変化が労働法に反映されているわけです。
労働法は働く人の権利を守る法律です。労使が争いになった時に、裁判所が労働法に基づいて決着をつけるということになります。日本の労働法は欧米と違って特殊な法律です。労働契約法、労働基準法、労働組合法を読んでも、労働法の全体像についての勉強にはなりません。労働法の分野においては、紛争解決のための判断基準として判例が重大な役割を果たしているのです。
(4)労働法の法源と労働契約の基本原則
労働法の法源には大きく分けて4つの分類があります。
1つ目は強制法規です。当事者の合意の有無、内容に関わらず、当事者を規律する性格を持つことを意味します。労働基準監督官が労働基準法の規定を根拠として企業に対して指導・命令します。違法行為を行う使用者を逮捕する権限も持っています。
2つ目は労働協約です。労働組合と会社との間で団体交渉や労使協議が行われ、労働条件について合意し、その内容を文書で取り交わし、署名または記名押印したものを労働協約といいます。労働協約は、法的拘束力を使用者側にも課す法源として位置づけられています。ドイツでは、産業別組合が使用者団体全体と交渉して産業別労働協約を締結し、この協約が労働条件の最低ラインとなります。
3つ目は就業規則です。労働基準法は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に、①労働時間、②賃金、③退職、④食費・作業用品等、⑤安全衛生、⑥職業訓練、⑦災害補償、⑧表彰・制裁、⑨その他労働者のすべてに適用される事項などを記載した就業規則の作成を義務づけています。
4つ目は労働契約です。労働者が使用者に労働力を売り、使用者がこれに対する賃金の支払いを約束することによって成立します。
最近は個別労使紛争が増加してきました。バブル崩壊まで日本経済は絶好調でした。日本の会社は従業員を大切し、従業員と企業の間には信頼関係が築かれていました。しかし、バブル経済が崩壊して、日本経済を取り巻く環境が厳しくなり、企業は就業規則を守る余裕がなくなってしまいました。今では解雇が裁判で最も多い案件になりました。労働契約法では、合理的な理由なく従業員を解雇した場合、その解雇は認められないと定められており、解雇に合理的理由があるかどうかの判断は裁判所に委ねられています。労働法をどのように適用するかは最終的に裁判所が決めているのです。使用者には従業員を解雇する権利があるものの、合理的な理由なく解雇するのは解雇権の濫用になるとの判決を裁判所が長年多く下しており、その積み重ねによって「解雇権濫用法理」が形成されてきました。裁判所が審理する際に、解雇権濫用法理に照らし、客観的合理性や社会的相当性がない場合、解雇は無効だと判断してきました。日本では、こうした判例法理の積み重ねによって労働契約法が制定・改正されてきました。その意味では、労働法は経済社会の変化に周回遅れの法律だといえます。
労働審判法は2004年に創設され,2006年4月から始まりました。労働契約法は2007年に公布され、2012年に改正されました。改正後は、同一の使用者との間で有期労働契約が通算5年を超えて反復更新された場合は、労働者の申込みにより無期労働契約に転換すると規定されました。
働く人は、学校や職場で労働法に関する教育をほとんど受ける機会がありません。知識面でも実践的な能力面についても同様です。職場で法的なトラブルに直面しても、その解決方法はもとより、何が問題なのかも適切に理解できない場合が多いでしょう。こうした実態から、一般市民や学生に実務的(実践的)な労働法の考え方や法理を教えるワークルール教育のニーズは高まっていると感じています。近年はこうした論議も活発になっているものの、現状はブラック企業やブラックバイト対策として「労基法や最賃法を学びましょう」といった趣旨のものにとどまっており、労働法全体をどのように考えるか、といった点では不十分であるといえます。
(5)日本的雇用慣行
日本の高度経済成長を牽引した原動力として指摘されているのは、日本型経営の『三種の神器』と呼ばれた『終身雇用制・年功序列賃金・企業別労働組合』です。世界の中で新卒一括採用システムが存在しているのは日本と韓国しかありません。イギリスは日本と比較して若者の失業率が圧倒的に高いですが、その理由としてイギリスに新卒一括採用システムがないことが挙げられます。日本の企業は長期に人材を育成し、その企業の中心となるメンバーを育てていきます。また、モチベーションが必要ですから、右肩上がりの年功賃金が基本的に維持されています。近年は成果主義の賃金体系も導入されており、昔のように年齢とともに賃金がどんどん上がっていくということではなくなりつつあるものの、海外と比較すると、従業員をしっかり育てて、賃金を段階的に上昇させる傾向に大きく変わりはありません。
(6)「非正規雇用」の現状と課題
非正規労働者の割合が年々増え、ついに4割を超えました。新聞等では、「日本は国際競争力で負けてしまい、正社員を維持していくことができません。したがって、正社員はどんどんいなくなり、非正規社員が増えていきます。」といった論調で書かれています。確かにこうした事実はありますが、それは割合に着目した問題です。就業者数を見ると、正規社員数は1989年が3,452万人で、2015年は3,304万人です。正規社員が大幅に減ったのではなく、就業人口全体が増えており、その増加分が正社員ではなく非正規社員として働いているということなのです。もちろん、サービス業など、正規雇用の減少が見られる産業もあり、正社員が決して安定的なものではなくなっているのは事実といえますが、この水準を見ると、正規労働者の絶対数は、1980年代後半の日本経済が絶好調だった時期とあまり変わっていません。
(7)労働組合の組織率17.5%の内訳
労働組合の組織率が17.5%となり、連合が少数派であるといわれます。従業員1,000人以上の企業における組織率は、製造業・サービス業含めて45.3%となります。ただ、日本の企業の90%以上は中小企業で、就業人口の約8割が中小企業で働いているものの、こちらの組織化は進んでいません。
連合本部は、賃金交渉だけではなく、雇用の問題など、さまざまな意見を厚生労働省の労働政策審議会を通じて反映しています。労働分野の法律については、労働政策審議会の場で労使双方が合意した内容でないと法律を制定することができないという仕組みになっています。政策反映は連合だからこそできることであり、それを支えているのは現場の労働組合です。
(8)労働相談
労働相談について、その内容は、解雇、雇止め、退職勧奨、採用内定取り消し、自己都合退職、出向、配置転換、労働条件の引き下げ、倒産、いじめ・嫌がらせ、雇用管理、募集採用、その他の労働条件など多岐にわたっています。
労働者側には安心して働き続けるための権利がありますが、その権利の内容を知らなければ「権利主張」はできません。条文や主要な裁判例を知っておく必要があり、そのためには体系的な学習も必要となります。また、労働契約書や会社の就業規則といった自分の契約上の権利や、さらには労働組合や相談体制、救済機構といった権利実現のための仕組みを知ることが重要です。権利に対する理解とそれを他人に的確に伝えるコミュニケーション能力、さらには、対立を恐れない態度が必要とされます。
あわせて、自分の権利・利益とともに、他人、とりわけ同僚の権利行使を敵視しない態度も重要といえます。権利行使は個人の主体的行為に他ならないものの、それを社会的に支える労働組合や外部の団体(労働NPO)、さらには同僚の支援が重要です。なぜなら、労働紛争は職場を基盤とした集団的性質があり、その帰趨は他の従業員に対しても決定的影響があるからです。
その点では、職場トラブルの処理の方法について共通の情報を得るニーズは高いといえます。また、法テラス等による法律扶助の役割やマスコミ報道による教育的効果も見逃せません。さらに、特定の権利行使や申立・申請をしたことを理由とする不利益取扱いを禁止する規定の存在も重要です。
ただ、種々の相談体制とあわせて、労働局による個別斡旋制度や労働委員会、労働審判等が整備されているものの、紛争解決手段としてそれほど利用されていないことは、今後の課題であると認識しています。
終わりに
少し前までは、就職で失敗するとその後の人生で非常に苦労していましたが、現在は経済、雇用状況が好転し、以前よりも就職しやすくなったのは事実だと思います。ただ、だから安心な社会だとはいえません。
司法試験を目指している人は“労働法に精通している人”としてみなされます。法学部やロースクールでは裁判規範の教育が中心となり、とりわけロースクールでは、最高裁判例を中心とした判例法理について学ぶ機会が多いと思います。しかし、紛争の背景、発生の経緯・メカニズム、人間的な葛藤、自主解決の意義、労使自治の評価、法的な処理の限界や、労使紛争の背景となる労務管理、労働運動等について学ぼうとする向きはあまり見られず、権利実現の仕組みや法の役割についてもっと関心を持ってもらいたいと思っています。
権利実現の主要な担い手は個々の労働者に他なりません。良い労働環境は自らがつくるしかないと最後に申し上げたいと思います。
以 上
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