同志社大学「連合寄付講座」

2015年度「働くということ-現代の労働組合」

第8回(6/5

労働諸条件の維持・向上に向けた取り組み
-2015年春闘における取り組み-

ゲストスピーカー:光田 篤史 自動車総連 労働条件局長

はじめに

 みなさん、こんにちは。自動車総連の光田と申します。本日は「働くということ」、特に「労働諸条件の維持・向上に向けた取り組み」について話をしたいと思います。冒頭、簡単に自分の経歴を紹介し、その後、労使関係、そして春闘とは何かを臨場感をもって、今年の要求や交渉内容について具体的にお話しできればと思います。
 私は1999年にトヨタ自動車に入社しました。入社7年目ころから3年間、シンガポールとタイに駐在しました。その後、日本に帰国してすぐに、これまで労働組合の活動はほとんどしたことが無かったのですが、労働組合の人からいきなり言われて、労働組合の活動をすることになりました。現在、会社を休職し、専従で組合活動に携わっています。昨年までトヨタ自動車労働組合で賃金・一時金の担当をしており、現在、自動車総連で労働条件に関する仕事に携わっています。
 本日の講義を通して、皆さんに、労働組合の仕事は、特別な人ではなく、私のような普通の企業で働く人間がやっている普通の仕事だということを理解していただきたいと思います。そして、労働組合は特別な存在ではなく、働きやすい環境を作るために活動していることを理解していただければと思います。

1.労使関係について

 労働者と使用者の関係を略して労使関係と言います。日本では、労働組合は会社の枠の中にあります。私のように会社に入社した人間が、より働きやすい環境をつくっていくため、そしてより良い会社にしていくため、組合の一員として、経営者と日々交渉・話し合いをしています。労働組合と会社は車の両輪に例えることができます。この両輪が同じ目標に向いていないとうまく進むことができません。具体的には、労使の徹底した話し合いを通じて、企業業績をより良くするとともに、働く者とその家族の生活の維持・向上も達成して初めて、会社全体が良い方向に向いていくことができます。
 労使関係は相互信頼・相互責任の精神に基づいたものでなければならないと思います。相互信頼とは、組合員である労働者が日々頑張って改善を進めれば、それに対し会社は給料や一時金で労働者の働きに報いてくれる、逆に会社は給料や一時金で報いれば、組合員はこれまで以上に頑張って働いてくれる、こうした信頼関係が相互に存在していることと言うことができます。そして、相互責任とは、トヨタにおいて「言ったことは必ず守る」というルールがあるように、労働者も会社も、たとえそれが口約束であっても自分の発言に責任を取る、つまりお互いに言ったことは必ず守る、守れない約束はしないということです。

2.「春闘」について

 「春闘」とは、簡単に言えば、毎年春に労働組合が翌年度の賃金・一時金等の労働条件について、経営に対し要求を行い、協議・交渉をすることと言うことができます。春闘は自分の財布に関係し、また賃金の増減が景気に影響を与えるため、新聞やテレビで報道されるなど、社会的な注目度が高いです。
 ただ、春闘では賃金・一時金だけを交渉するわけではありません。会社を取り巻く状況や会社の現状、今後の会社の方針等についても話し合います。こうしたことから、「春闘」は「労使の1年間の総決算」と言うことができます。

(1)要求項目とその決まり方

 労働組合の組織をみると、最も上には日本の労働組合を取り纏めるナショナルセンターと言われる「連合」があります。その下には産業別組織で、自動車産業を代表する自動車総連や、電機産業を代表する電機連合などがあります。また、その下には、自動車総連の場合では、企業ごとのグループ別組織として、トヨタグループの部品会社の労働組合、自動車販売会社の労働組合も加盟している全トヨタ労連や、日産のグループ会社の労働組合が加盟している日産労連などがあります。さらに、その下には、個別労働組合として、私の出身のトヨタ自動車労働組合や、日産自動車労働組合などがあります。
 「春闘」における主な要求は、賃金と一時金、労働時間の3つです。要求は、一番上の連合がまず方針や考え方を決め、それを踏まえ、産別やグループ別組織、個別組織と上から順番に決めていきます。ただ、上から決めていくと言っても、上部組織が「今年いくらでやりなさい」と勝手に決めることはなく、下部組織と相談して決定しています。

(2)交渉の様子

 具体的な交渉の進め方をみると、例年、スケジュールは大体決まっています。トヨタでは毎年2月中旬ぐらいに要求を出して、3月中旬ぐらいに会社から回答をもらいます。その間、毎週1回、要求提出を除いて計4回ほど、組合と会社が交渉を行います。少し詳しい進め方をお話ししますと、要求提出の後、1回目は、要求の裏付けと会社がおかれている状況を話し合います。次に2回目は、個々の論点を出し合い議論します。それを踏まえて、3回目はより具体的な話をします。そして、最後の4回目に回答が出るというのが標準的な流れとなります。
 賃金については、年によってどこに重点を置くか変わるものの、次の4つが毎年の交渉時における主な論点です。1つ目は「労働の対価」で、働きに見合った賃金になっているかです。ただ、賃金は働きに見合うかどうかだけで決まるものではありません。そこで2つ目の論点として「生活の原資」があります。インフレであれば、同じ生活費の10万円でも1年後には価値が落ちています。そのため、物価上昇を踏まえ、賃金をいくら上げるべきかを要求します。一方、会社は会社で、購入する部品代が上がっているなど、企業を取り巻く環境の厳しさに関する意見を主張してきます。今年の春闘ではこの「生活の原資」、消費者物価の上昇と生活への影響という点が大きな論点になりました。3つ目は「企業の競争力」です。企業はグローバルな競争に勝ち残っていくために人件費はこれ以上上げられないと言い、一方、組合としては、それでは組合員のモチベーションが上がらない、賃金を引上げ人への投資を行うことでモチベーションの向上を、と主張しています。最後の4つ目は「経済環境」です。企業を取り巻く環境も考慮した上で賃金を決めていきます。
 特に直近1~2年の交渉のポイントは、[1]「デフレ脱却と経済好循環に向けて」、[2]「物価動向の取り扱い」、[3]「トリクルダウンかボトムアップか」、[4]「労働生産性向上分の配分」の4つです。
 この他に、春闘について皆さんに知っていただきたいことが3つあります。1つ目は実際の交渉がとても重い雰囲気の中で真剣にやり取りが行われていることです。2つ目が、労働組合が会社の知らなかったことを伝えた時など話の内容によっては会社の考えが変わることもあることです。3つ目は毎年同じ時期に日本全体で春闘に取り組むことには、大手組合の結果を中小など他の組合に波及させていくためにも意味があるということです。

(3)賃上げと経済好循環との関係

 次に、賃上げと経済好循環の関係をみてみたいと思います。どこを出発点にするか議論はありますが、ここではスタートを企業業績の改善とすると、それが企業の設備投資や雇用の拡大、賃金の上昇につながり、その結果、消費が拡大し、再び企業業績の改善につながるというような経済好循環がつくられます。ただ、過去20年間はこれと逆にデフレスパイラルといわれる悪循環に陥っていました。
 こうした悪い流れを変えるため、ここ2年間、「経済好循環実現に向けた政労使会議」が開催されています。景気回復の大きなカギは消費、特にGDPの6割を占める個人消費の増加です。また、政府の公約といえるデフレ脱却、経済好循環実現のためには、企業業績の回復、雇用の改善が不可欠であることから、経済活動の主体でない政府も含めた政・労・使の3者で会議が開催されました。

3.2015年の要求と交渉

(1)自動車産業の状況

 それでは、本年2015年の要求と交渉について、ここからお話をしていきたいと思います。まず要求を考える上では、取り巻く環境を踏まえる必要があります。自動車産業の状況をみると、2014年の世界自動車販売台数は8,720万台となり、国別では、中国が2,350万台で過去最高を記録、米国は1,650万台と8年ぶりの高い水準となり、日本は556万台でした。90年代には、日本は約800万台も販売していましたが、2000年代以降は、一貫して500万台前後です。今年も約504万台という予測が出ています。今年の国内販売状況をみると消費税増税前の駆け込み需要の反動減により、前年同期比の伸び率は概ねマイナスになっています。
 2014年の国内における自動車生産台数は977万台で、6年連続で1,000万台割れとなりました。我々としては、1000万台以上の生産台数がないと国内の自動車産業の雇用は守ることができないと危機感を持っています。一方で、海外生産台数は過去最高を更新する見込みです。
 2012年後半以降、為替が歴史的な円高から円安へと是正されたため、全体としては自動車会社の経営状況は良くなってきています。

(2)総合生活改善の取り組み方針

[1]現状確認
 2015春闘における要求を組み立てる際に、まず、GDPや消費者物価、完全失業率をはじめとする経済指標を確認することから検討を開始しました。その結果、経済は回復基調が続く見込みで、消費者物価の明確な上昇が見られると判断しました。求人状況は、有効求人倍率が直近20年間で最高の1.15倍になっていました。一方で、非正規労働者の数は過去最高の2,016万人にも達し、それにより一人当たりの雇用者報酬は1997年をピークに大きく低下しています。平均所定内給与についても、デフレが続く中で消費者物価指数以上に下がっています。前年同月比では、名目上の賃金は概ね増加していましたが、物価変動を除いた実質賃金は18か月連続で低下していました。
 こうした状況に鑑み、労働者全体の賃金が改善されず、物価上昇だけが進めば、個人消費はさらに落ち込み、景気の腰折れ、さらには悪いインフレを引き起こしかねない状況であると判断をしました。こうした悪循環を防ぐためには、日本全体の底上げ、底支えが必要で、物価上昇と賃上げのトレンドを日本経済に根付かせていくことが必要との判断に至り、この点を今年の方針の柱にしました。

[2]賃金要求と格差是正
 前述した現状を確認した上で、労働組合として経済好循環の実現に向け社会的な役割を発揮するとともに、自動車産業の健全で持続的な成長に向けた「中小企業の格差是正」と非正規労働者の処遇改善による「全体の底上げ」に取り組むこととしました。
 具体的には、「すべての単組は、めざすべき経済の実現、物価動向、生産性向上の成果配分、産業実態、賃金実態を踏まえた格差・体系の是正など様々な観点を総合勘案し、6,000円以上の賃金改善分を設定する。なお、直接雇用の非正規労働者の賃金についても、原則として、賃金改善分を設定する」という平均賃金要求を提出しました。
先程、格差の是正ということをお話ししましたが、是正すべき格差の1つに部門間の賃金格差があります。グラフを見て頂くとおわかりのように、メーカーで働く労働者の賃金を100とすると、部品部門は84.6、販売は81.5、輸送は72.4と格差は一目瞭然です。企業規模別で見ますと、3000人以上はさほど賃金格差はありませんが、規模が小さくなるにしたがって、格差は拡大していきます。我々としては、少なくともこれ以上の格差拡大は止めたいと考えています。
 また、自動車産業では、正規労働者と期間従業員などの非正規労働者が同じラインで働くことが多いにも関わらず、正社員と非正規労働者間で賃金の差が大きいのは理不尽だと我々は考えています。職場全体のチームワークで生み出した成果は職場全員で共有するのが基本だと思います。そこで、我々は先ほど述べた通り、「直接雇用の非正規労働者の賃金についても、原則として、賃金改善分を設定する」という要求を出したわけです。
 今春闘における交渉で特徴的なことは、会社が「経済好循環を実現していくことは労使共通の思い」だと発言したことです。会社はこれまでこうした内容の発言はしてきませんでした。これは、会社もデフレから脱却しないと、業績が良くならないと認識したためだと思います。ただ、会社はコストについて、一度引き上げるとなかなか下げることができず、中長期的に課題がのこる、人件費が上がると中国との競争に勝てないなどと、引き続き主張しています。一方、組合としては、組合員の1年間の頑張りを会社に訴えてきました。
 自動車総連全体の要求・妥協状況として、賃金改善分要求単組は1,076組合と前年より増加しました。5月27日時点の解決率は80.5%で、賃金改善分獲得単組は696組合になっています。賃金改善分獲得額は、自動車総連全体で昨年より約500円高い、1,627円となっています。メーカーや販売など個別の業種でみても、全業種で賃金が上がっています。ただ、課題としてはメーカーが最も引き上げ額が高くなっていることです。また、会社の規模別でみても、いずれの規模も賃金が上がっています。
 一時金については年間5ヶ月の基準を堅持していくこととしました。自動車総連全体の獲得月数の推移をみると、リーマンショック前は4.39ヶ月で、その後は減少しましたが、2014年にはリーマンショック前に近い水準である4.34ヶ月まで戻ってきています。

結びに

 冒頭に申し上げた通り、本日の講義では皆さんに労働組合の仕事は何か特別の人ではなく、私のような普通の企業で働く人間がやっている普通の仕事だということ、そして働きやすい環境は自主的につくっていく必要があることが理解いただけたら幸いです。ご清聴どうもありがとうございました。

以 上

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