長時間労働の是正に向けた取り組み ~インターバル規制の取り組みを中心に~
皆さんこんにちは。情報労連中央執行委員の松田です。本日は安心・安全な職場を作る視点から、長時間労働是正に向けた取り組みについて話をさせていただきます。
この講座を選択された皆さんは非常に目の付け所が良いと思います。その理由は働くということは人にとって非常に重要なことだからです。働くことを学校で教えてもらう機会はほとんどありません。皆さんは就職活動をされる際に企業が発信する様々な情報を収集されると思いますが、企業が宣伝するのは自社の良いところだけです。そのため、就職活動をする際に企業の情報だけではなく、労働組合側の情報を知っておくことは皆さんにとってもとても良いと思います。個人的な意見かもしれませんが、働く人の立場、特に労働組合から見た視点や考え方はとても重要です。自分が働く時だけでなく、どんな時にも働く人の立場からものごとを考えることはとても役立ちますし、バランス感覚を身につけるためにも必要だと思います。私は労組の仕事を結構ずっとやっています。理由は、良い意味で自分自身にとって勉強になり、やりがいがあると感じるからです。
今日のテーマである長時間労働の是正については、労働組合の活動の中でもとても重要な取り組みの1つであることは間違いないと思います。長時間労働は働く人の健康に大きな影響を与えます。働く人の健康を守り、安心・安全な職場づくりのためにも長時間労働をいかに規制していくかは大きなポイントと考えています。
今回、私がこのテーマで話をするよう声をかけていただいたのは、情報労連が「勤務間インターバル規制」という先進的な取り組みをしているからだと思っています。それについては後ほど説明させていただきます。
1.労働時間の動向
情報労連の取り組みを説明する前に、まず日本の全体的な労働時間に関する動向を見たいと思います。厚生労働省が発表した年間総実労働時間の推移をみると、労働者全体では合計の年間総実労働時間は減少しているよう見えます。しかし、正規のフルタイム労働者(一般労働者)とパートタイム労働者別でみると、労働時間が減少しているのはパートタイム労働者です。一方、一般労働者の労働時間は高止まりしています。つまり、パートタイム労働者と一般労働者では労働時間が二極化していると言えます。80年代から90年代の日本は貿易黒字で、工業製品の競争力がとても高い時でした。そのため、海外から日本の働き方は不公正だとの批判が噴出し、労働時間について、政府は海外の水準を意識して労働時間の短縮に取り組んできました。しかし、現状において、その取り組みで目立った効果は上がっていません。2000年代に入り、仕事と生活の調和をはかることが、生産性の向上につながるという考えから、政労使の合意で「ワーク・ライフ・バランス憲章」が策定されました。その後、労働基準法が改正され、時間外労働の割増賃金率が引き上げられました。
続いて、個人の動向をみると、1週間の労働時間が60時間以上になる男性はどの年代でも2割弱います。特に40歳前後の年代が高くなっています。週60時間労働を5日で割ると1日12時間です。つまり朝9時に出勤して、休憩を1時間挟んで、夜の10時まで働くということです。こうした働き方では仕事以外活動はほとんどできない状態です。1日の残業が約4時間ですから、月20日以上働くとして1カ月で換算すると80時間以上の残業になります。1カ月80時間の時間外労働は過労死認定基準のレベルです。つまり、週に60時間働く人に何かあってお亡くなりになった時は過労死と認定されるくらいの働き方です。こうした働き方は、特に子育て世代に多く、こうした長時間労働のため、夫は家庭で子育てに加われず、母親に育児の負担が集中することも少子化の背景の1つではないかといわれています。
2.長時間労働の健康への影響
厚生労働省のホームページには、働き過ぎが健康に与える影響として、日本人の脳血管疾患や心臓疾患は、働き過ぎが長期に及ぶことによって休息や睡眠の不足から疲労が蓄積されてなることが知られているとあります。また、脳血管疾患や心臓疾患の労災認定基準では、1カ月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まり、発症前1カ月間におおむね100時間又は発症前2カ月ないし6カ月にわたって、1カ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いとされています。
ある研究によると、1日の睡眠時間がおよそ6時間未満だと循環器疾患のリスクが高まることが報告されています。「週61時間以上働きかつ勤務日の睡眠が6時間未満の人」は、「週の労働時間が60時間以下で6時間以上睡眠している人」の5倍近くも、循環器疾患を発症するリスクがあると言われています。こうしたことから、睡眠時間が病気の発症率に与える影響が大きいといえます。また、労災補償状況の推移をみると、長時間労働等の業務に起因した心臓疾患に係わる労災認定数は1990年代後半から増加し高水準で推移しています。
近年では、脳血管疾患などの病気だけではなく、メンタルヘルス不調も大きな問題になっています。精神障害に係わる労災補償も、右肩上がりで増えています。
過労死や過労自殺は減少していません。過労死という言葉は英語で「Karoushi」とされています。英語圏の国々にはそうした言葉はありません。これはとても異常だと思います。
ここで、長時間労働と健康に関係性はあるのかが争われた電通過労死自殺事件の裁判を紹介したいと思います。広告代理店である電通の新入社員が寝る間もないほど働いて自殺し、両親が会社に対し裁判を起こしました。この裁判で、使用者は労働者が過度に疲労を蓄積して心身の健康を損なうことが無いように注意する義務を負うという判決が下され、損害賠償額は1億6,800万円になっています。この後も、長時間労働に起因する事故等の訴訟は増加して、賠償額も高額になっています。会社の規模によっては、この賠償金が会社の存続にかかわるほどの金額になる場合もあります。こうした働き過ぎは、労働者本人、そして家族、会社にとってもマイナスのインパクトが大きいので、本来あってはなりません。
3.労働時間に関する法律
日本では労働時間はどのように定められているのでしょうか。おおもとは憲法です。憲法第25条で「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書かれています。次いで労働基準法が労働者に適用される最低限の基準を定めていています。労基法は雇用されている人ならば、どこの会社に働いていても適用されます。この法の1条に「労働条件は労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすものでならなければならない」とあります。法律の第1条には基本的な考え方が示されており、とても重いものです。労働組合の役員は、人たるに値する生活を営むための必要を充たす労働条件になっているかを考えなければなりません。
労働時間に関する条文を見てみます。労基法第32条には「使用者は労働者に対し休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、また1週間の各日については1日8時間を超えて労働をさせてはならない」とあります。これが大原則です。では、なぜ週60時間以上働く人がいたり、過労死する人がいたりするのか疑問だと思います。労基法は原則8時間労働ですが、一定の柔軟性を確保する必要があることから、36(サブロク、サンロク)協定という労基法第36条に則った取り決めを労使間で行えば、8時間以上働いても良いことになっています。労基法第36条の基準を充たした場合に、労組が一当事者として、会社と協定を結び労働時間を決めるわけです。厚労省は36協定で1カ月に延長できる時間外労働は45時間以上にならないように指導しています。しかし、一時的または突発的といった特別な事情がある場合、特別条項付き協定を締結し労働組合との協議により限度時間を超える時間を延長時間とすることができる規定があります。そのため、実質的には日本の法律では労働時間の上限は定められていないことになります。これには労働組合が関与する仕組みがあるので、労働組合がしっかりしている職場では無制限な長時間労働を強いられることはありません。私はNTT労組で様々な職場を見てきましたが、組合がしっかりしているかどうかで長時間労働の状況は違ってきます。だから、労働組合の役割や責任は大きいと言えます。日本の法律が悪いとは言いませんが、この青天井で規制なしというのは本当にそれで良いのかと思います。
長時間について、外国はどうでしょうか。EUには規制があります。まず、4週間以内の平均が48時間以内という上限があります。EUは一部例外を除き原則としてこれを超えて働かせることは一切認められていません。また、EUの法律にはインターバル規制という考え方があります。EUには、加盟各国の法律よりも強く、加盟国に必ず適用される労働時間指令があります。その中で、24時間につき連続11時間の休息付与、7日ごとに最低連続24時間の休息日付与が定められています。
4.「勤務間インターバル規制」とは?
EUの労働時間規制が労働者の健康確保のためにどのような規制が必要かという観点から規定されています。情報労連ではEUの取り組みを先ほど触れました「勤務間インターバル規制」として、労使の自主的な取り組みと位置付け、その導入を推進しています。勤務間インターバル規制とは、1日の勤務後最低何時間の休息時間を取るようにしなければならないという内容の協定を組合と会社で結ぶものです。例えば、夜12時まで残業した場合、次の日の勤務の開始時間が9時からだったとします。インターバル規制で10時間という労使協定を結んでいたら、9時から10時の1時間は有給で勤務を免除するという形で休息時間を確保するということになります。EUでは11時間ですが、情報労連の加盟組合では、8時間で協定を結んでいるところが多いです。
5.情報労連の取り組み経緯
初めて取り組んだ2009春闘では「可能な組合はインターバル規制の導入に向けて労使間論議を促進する」との方針を掲げ取り組んだ結果、通信建設業の組合を中心に13社が協定締結しました。翌年の2010春闘では「全ての加盟組合は、インターバル規制の導入について労使間交渉を行い可能な組合は協定化を目指す」として取り組みを強化しました。この年は新たに2社締結に成功し、連合などでも画期的な取り組みとして注目され、取り組みを他にも広げようという動きが出てきました。しかし、2011春闘以降、新たに締結されていません。その理由は、休息時間が所定の労働時間帯に及んだ場合の扱いや、「8時間でも連続休息時間が長すぎる」という会社の主張と労働組合の要求が合っていないためです。
6.情報労連「勤務間インターバル規制導入に向けたガイドライン」
しかし、ここで終わりではなく、情報労連では労使間の見解の違いを乗り越えて、もっと取り組みを広げていきたいと考え、2012年秋に協定締結に向けたガイドラインを策定しました。当ガイドラインでは、具体的な協定化の前の導入交渉として「労働者の健康と安全の確保」の観点から「長時間労働の危険性」と「休息時間の確保の必要性」についての労使の認識を合わせることが示されています。本ガイドライン策定をうけて、2013春闘では会社に要求をしようという組合の数が跳ね上がりました。また、これまでの協定締結の実績は通信建設業連合が中心でしたが、本ガイドラインの提示後は情報サービス業の組合などにも勤務間インターバル規制を要求する動きが拡大しました。しかし、残念ながら締結には至っておりません。なぜ締結に至らないかというと、先ほど述べたように会社との意見の対立をクリアできなかったことがあると思います。情報労連としては、来年に向けて、要求を行った加盟組合に2013春闘でどのように取り組み、そして何を解決できなくて協定締結に至らなかったのか、また要求を行わなかった加盟組合にどうして要求しなかったのかを詳しくヒアリングするとともに、その結果を分析し、今あるガイドラインを補強したいと考えています。
今回のガイドラインの具体的な内容を紹介したいと思います。このガイドラインには加盟組合がその導入に取り組み協定締結につなげるため、勤務間インターバル規制の必要性や取り組み事例を掲載しています。まず、労使の認識合わせを行うための必要なことの1つとして、会社・組合で労働時間の実態を調査し組織内で検討することを挙げています。また、なぜ勤務間インターバル規制や休息が必要かを組合員に対しても説明していかなければなりません。そして組合において、会社に勤務間インターバル規制の要求をするか、あるいはそれが自社に合わないと判断した場合に別の休息確保の方法を検討することにしています。
要求をする場合、会社に団体交渉を申し入れ、労働者の健康と安全の確保の観点から労使で長時間労働の危険性の認識を共有し、当規制の必要性の認識を合わせるところから始めます。認識が共有できれば協定の具体的な内容づくりをはじめます。現在、深夜に及ぶ長時間労働をしたり、休息がとれない・取りづらい職場で積極的な取り組みを求めています。残業がないのでこのような規制は必要ないといった会社でもいつ何が起こるかわからないという理由などから交渉の申し出をするようにしています。
導入の目的は労働者の健康と安全の確保です。労働安全衛生法において、健康と安全の確保を目的に労働組合から労使協議の申し立てがあれば会社は協議に応じる必要があると定められています。それから、休息時間が通常の勤務時間に及ぶ場合の扱いについて、勤務免除・有給を目指しつつも、まずは努力義務規定で協定を結ぶことも認めました。ただ、努力義務で協定を結べるようにしても、なかなか協定締結には至りません。この理由については良く分析してみなければいけないと思っています。それから、最低確保すべき休息時間について、基本は個別労使に委ねていますが、目安として6時間の睡眠時間を確保できるようにしています。睡眠時間を6時間確保するには通勤等を考慮すると、8時間の休息が最低だと思います。それから、労働者への周知で難しいのが裁量労働制の労働者です。会社といくら交渉しても、裁量労働制だから何時間でも働いても良いとなると意味がなくなってしまいます。そうならないため、実際の労働時間をきっちり管理した上で裁量労働制にするとか、あまりに長時間労働であれば裁量労働制の枠組みから外して残業代を支払う仕組みに戻す会社もあります。
勤務間インターバル規制を導入した組合から、作業時間が長時間にならないように効率的に工事予定を組むなど、休息時間確保を念頭に入れた計画を立てるようになった、組織全体の時間に対する認識が高まりワーク・ライフ・バランスの意識が高まったという声もあります。
7.取り組みの広がり
情報労連の取り組みを契機としてインターバル規制導入の動きに広がりがみられるという事が連合白書や厚生労働省の「平成24年度版 労働経済の分析」に紹介をされています。情報労連としても更に頑張っていきたいと思っているところです。
8.最後に
最後に皆さんにお伝えしたいことは、やっぱり働くということはとても大事なことです。私は子どもがいますが、子どもがいると働くのが難しいと言う人や働いていない人もたくさんいます。しかし私は働いていることをすごく幸せだと思っています。そして労働組合の活動は働く人の幸せを求める活動だと思っています。皆さんもぜひ社会人になったら組合活動に参加していただきたいと思います。
以 上
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