同志社大学「連合寄付講座」

2012年度「働くということ-現代の労働組合」

第1回(4/13

「働くということ」をどう捉えるか ~労働組合がめざす社会像とは~

ゲストスピーカー:岡部 謙治 教育文化協会 理事長

はじめに
 みなさんこんにちは。教育文化協会の岡部です。本日は、連合寄付講座全体をとおして、みなさんにぜひとも学んでいただきたい点をお話しします。
 まず、自己紹介を兼ねて、「なぜ私が労働運動を自分の仕事にしたか」ということをお話したいと思います。
 私は、1972年に福岡県の中間市役所に就職し、地方公務員として社会人のスタートを切りました。その時に、私にとって大きな出来事が2つありました。

(1)休日・夜間の救急体制問題 ―救急たらいまわし訴訟―
 その1つは、最初に配属された職場での出来事です。中間市というのは人口約5万人の小さな市なのですが、市立病院を持っていました。そこが私の最初の職場でしたが、医療現場、特に休日・夜間の救急体制の深刻な実態に直面しました。当時の中間市立病院では、休日・夜間は限られた当直医や看護師で救急患者を引き受けていました。担当医が外科医であれば、怪我などには対応できますが、担当が他の科の医師であれば、適切な医療行為ができません。そうした時、私たちは適切な処置ができる病院を探すわけですが、地域の中核病院の中間市立病院で対応できないということは、市内の開業医では到底対応は無理です。そうすると、隣接している北九州市の病院の中から受け入れ先を探すわけです。こうしたことがほぼ毎日のようにあり、対応できているうちは良いのですが、それがうまくできなかったり、遅れたりすると手遅れになります。当時、「休日・夜間診療のたらいまわし」ということが、中間市立病院のみならず、全国で深刻な問題でした。
 また、当時、千葉県木更津市で20数件ものたらいまわしにあい、青年が亡くなるという事件が起こり、新聞で報道されました。この報道を受けて、一病院の努力や一医師、スタッフの努力だけではどうすることもできないので、制度をしっかりと構築する必要があると考えました。この事件に対し、青年の父親が、国・県・病院を相手取って訴訟を起こしました。その父親は、自治労の仲間だったということから、自治労はこの訴訟に対して全面的に支援しました。これは当時、労働界を挙げての運動に繋がっていきました。それを受け、国は、第一次から第三次にわたる救急医療体制をつくりました。まず、第一次医療体制は、休日・夜間の医療体制を広域でつくる、第二次は、重篤な入院が必要な場合の病院や担当を決めたり、新しく病院をつくる、そして、第三次は、一刻を争う緊急手術に対応するために、大きな病院の中に救命センターを新設する、こうした体制が整備されました。現在は、ほぼ制度化されていますが、小児科や産婦人科では今でも完全に解決してはいません。

(2)財政危機と徹底的な財政分析
 次に、2つ目の出来事です。中間市職労の書記長になってから間もなく、第二次オイルショックがあり、日本経済は大きな打撃を受けました。地方財政もその影響を受け、財政悪化に陥り、中間市当局から合理化提案がなされました。当時の中間市の財政は火の車で、赤字再建団体になる寸前でした。この合理化提案に対して、私は書記長として当然反対のスタンスで交渉に臨みました。ただし、赤字再建団体になる直前まできているわけですから、合理化提案を跳ね返せない状況にあるのも事実なわけです。そこで私は、市当局に対して、赤字になった原因を追究するよう強く求めました。赤字になった原因も分からないままに、働く者に対して一方的に我慢や賃下げを求めることは受け入れられないということで、徹底的に労使で財政分析をしました。これは、労働組合にとって非常に勇気のいることでした。当時は、労働組合が経営に参画していくと、最終的に働く者のためにならないという感覚が根強くありました。しかし私は、労働組合が、自分達の働いている自治体の財政に全く無関心でいたために、財政赤字に気付かず大きな合理化をもたらす事態になったと考え、中間市の財政問題について、労働組合が参画することを提起しました。財政分析の結果、一番の原因が公共事業の乱発であり、これが財政を圧迫したということが分かりました。そこで、市長にこれを認めさせるとともに、今後こうしたことが起きないよう、労使による財政健全化委員会というものをつくり、その場を通じて労働組合として予算や政策のチェックを行うようにしました。
 ここでお伝えしたいことは、労働組合が自分達の職場や財政に対して無関心であったり、首長の「放漫経営」を結果的に許してしまえば、そのしわ寄せは必ず自分達にまわってくるということです。また、自治体の場合には、福祉行政などにしわ寄せがきます。結果的に、行政サービスの水準低下に繋がってしまいます。数年前に、北海道夕張市の財政破綻問題がありました。夕張市は、日本で唯一の赤字再建団体になったことで、職員が半数になり賃金も大幅に下がりました。そして、小学校の統廃合や保育料の引き上げ等といった形で、住民に対してもしわ寄せがいきました。私は、労働組合には、働いている者の権利を守るという本来の使命とともに、社会に対する責任も課せられていると考え、労働組合の必要性を強く感じたわけです。
 こうした2つの出来事を経験し、私は労働運動を自分の仕事にしようと思い至りました。その後、1983年に自治労福岡県本部の専従役員となり、2001年には、東京にある自治労本部で活動し、2009年に連合の会長代行を退くまでの間、労働運動を仕事にしてきました。

1.連合とは

(1)企業別労働組合・産業別労働組合と連合
 次に、連合の紹介をしたいと思います。連合は、労働組合の全国中央組織(ナショナルセンター)で、1989年に誕生しました。1945年に日本は敗戦し、GHQに占領されました。その際、GHQは日本の民主化政策の一環として、労働組合をつくることを奨励しました。これによって、企業別の労働組合(単組)が増加しました。また、戦後の東西冷戦構造の影響を受け、ナショナルセンターは複数存在していましたが、力が分散していたのでは、政府や政党、経営者団体などに対して力強い交渉ができません。そこで、労働戦線の統一ということで、1989年に一つの組織としてまとまり、今日の連合が誕生しました。
 一般的に、働く者は弱い立場にありますから、一人では経営者に対抗することができません。このため、働く者が組合をつくって団結し、経営者に対して自分達の賃金・労働条件や安全衛生の問題などを要求していきます。これが労働組合の機能です。しかし、企業別労働組合だけでは、要求の実現や問題解決が困難なものもあります。例えば、賃金を上げようと思った時に、経営者は同じ業種、同じ業界の賃金相場の状況を見ます。自分の会社のことだけを考えれば、賃金は上げられないが、業界全体で引き上げるのであればやむを得ないと判断し、自社の賃金を引き上げることがあります。こうしたことから、企業別労働組合が、同じ産業や職種の労働組合と一緒になり、産業別労働組合をつくる必要性が出てきます。
 しかし、産業別労働組合だけでも限界があります。例えば、労使交渉で賃金を上げることに成功したとしても、物価が上がってしまえば実質的な賃金は上がったことにはなりません。また、賃金の中から税金や社会保険料が引かれますが、これらの金額は、経営者が決めることではなく、政府が決めることです。したがって、労働組合が働く者のために法律や制度をつくっていく必要性が出てきますが、そのためには、産業別労働組合を束ねる全国中央組織が必要になります。この役割を担うのが、ナショナルセンターである連合です。

(2)連合の関係団体とその活動
 連合は、約680万人の組合員に対して、直接的な支援や対策を行っていますが、それに加えて、社会全体や連合の組合員ではない労働者、政府や政党、経営者団体に対しても様々な政策を提言、発信しています。これらの活動を幅広く展開するために、3つの関係団体を持っています。
 その1つは「連合総合生活開発研究所」というシンクタンクです。ここでは、労働運動に関する様々な研究・提言をしています。最近では、深刻化している非正規労働者の実態調査や、東日本大震災後の日本の復興・再生に関する提言などを行っています。なお、春闘時期には毎年、賃上げ交渉に寄与するために、日本経済の情勢分析を発表しています。
 次に「国際労働財団」です。活動の中心は、発展途上国の労働者支援です。例えば、途上国の労働組合の役員を日本に招き、日本の労働関係諸制度について研修をしたり、現地の労働安全衛生の改善に取り組んだりしています。それから、児童労働の撤廃や就学支援もしています。ちなみに、最近は新興国の生産性向上に向けて、現地での研修支援が増えてきています。
 次に「教育文化協会」です。まず、教育事業として、将来、産業別労働組合や連合の中枢の役員・指導者になる方々を育てる「Rengoアカデミー」という研修コースを設置しています。そして、文化事業として、一般の方々にも門戸を開き、絵画や写真、俳句や川柳、書道などを募集する「幸せさがし文化展」を実施しています。さらに、大きな事業として、同志社大学を含めて3大学で開講している「連合寄付講座」があります。働くということや働き方のルールは大変重要なことですので、将来の社会を中核として担っていく大学生の方々に、今日の労働を取り巻く環境がどうなっているかということについて、講義の中で紹介していきたいと思っています。

2.働くということの意味とわが国がめざすべき社会像

(1)国際労働機関(ILO)フィラデルフィア宣言
 まず、私が「働くということ」について、最も的確に示していると考える言葉を紹介したいと思います。「労働は商品ではない」「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」という言葉です。これらは、1944年にフィラデルフィアで開催されたILO総会で宣言・採択された「フィラデルフィア宣言」にある代表的な言葉です。
 「労働は商品ではない」という言葉は、労働の商品化が懸念される中で、私たちが労働運動を展開する際に、非常に大切です。この言葉は、労働は商品としてストックできない、生身の人間の営みだということを意味しています。それから「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」という言葉は、どこか一カ国にでも劣悪な労働条件で働いている人々がいるとすれば、その影響は必ず巡りめぐって自分達におよんでくるということを意味しています。例えば、非正規労働者の労働条件をこのまま放置すれば、正規労働者の賃金や労働条件に波及して、労働者全体の処遇が下がっていきます。そしてもう一つ、フィラデルフィア宣言では、貧困が蔓延し社会不安が出てくる状況は、戦争を引き起こす原因になっていくということを教えています。私たちは、第一次・第二次世界大戦の経験から、二度と戦争を招かないためにも、労働者の処遇は非常に大切だということを学びました。

(2)戦後日本の経済の歩み
 さて、今日の日本経済は非常に厳しい状況にあるわけですが、戦後の日本は目覚ましい経済成長を遂げます。1990年代の初めには、GDPは世界で第2位、1人当たりGDPは世界第3位になりました。現在、GDPは中国に抜かれて3位です。問題は、2001年以降、1人当たりGDPの順位が低下し続けていることです。そして、貧困率ですが、OECD加盟国の中で悪い方から2番目であります。つまり、日本社会の中に大変な格差が出てきたということであり、非常に問題です。
 では、戦後の日本はどのような仕組みで経済発展を遂げてきたのでしょうか。それは、国が様々な業界や企業を保護すべく手厚い支援を行い、企業が男性社員に対して一家を養っていけるだけの賃金や福利厚生を準備するという仕組みでした。善し悪しは別にして、こうした仕組みが間違いなく日本経済を発展させてきました。
 しかし、グルーバル化や金融危機によって、こうした仕組みは成り立たなくなりました。変化の早い社会の流れの中で、非正規労働者が増加し、現在では全体の労働者に占める割合は約34%になっています。勤労者社会の日本で、これだけ働き方に差が出て、収入自体が大きく下がり、様々な福祉制度が後退していくと、あらゆるところで社会不安が生まれてきます。残念ながら今日、社会不安が高まっている時代に突入してしまったと言えます。

3.働くことを軸とする安心社会に向けて
 連合は、社会不安が高まる中、どういったことを考えているかということですが、それが「働くことを軸とする安心社会」です。
 なぜ今、働くことを軸とする安心社会か、ということですが、残念ながらわが国では、統計的に見ても生活実感としても、非常に格差が広がっています。今の社会にある「将来家庭を持てるだけの収入があるのか」「育児と仕事を両立できるのか」「定年後の生活はどうなるのか」「いつ、雇い止めにあうか分からない」などの様々な不安に対して、どうすればそれらを克服できるかということで、連合が提起しているものが「5つの安心の橋」([1]家族と雇用をつなぐ橋、[2]教育と雇用をつなぐ橋、[3]失業と雇用をつなぐ橋、[4]退職と雇用をつなぐ橋、[5]働くかたちを自由にする橋)です。
 いくつかの例を挙げてみたいと思います。まず「家族と雇用をつなぐ橋」についてですが、これは、保育所が満員で子どもを預けることができず、家庭と仕事の両立ができない、介護があって仕事を辞めざるを得ないといった事態に備え、保育所の充実、介護保険の充実、介護ヘルパーの待遇改善など、あらかじめ制度面の整備をはかるというものです。こうした問題は、制度面で支えない限り、一個人でいくら悩んでいても解決しない問題なわけです。
 次に、「教育と雇用をつなぐ橋」についてです。進学率が高くなったとはいえ、経済的理由から上級の学校に行けないケースがまだまだあります。財力のある親の子どもの方が、そうでない子どもよりも生涯賃金が高いといった統計がありますが、経済力の差によって、働くために必要な学力や、学習したいことを身に付けることに差がついてしまうのは問題があると思いますし、社会的な損失であるとも言えます。そうした意味で、教育制度を充実させていくことが必要です。
 それから、「失業と雇用をつなぐ橋」です。やむを得ない事情で職を離れなければならない時に、もう一度その職に復帰する、あるいは別の職に就く、そのためには様々な制度が必要になると思います。例えば、雇用保険について言いますと、できるだけ多くの非正規労働者が雇用保険に入ることができるように、少しずつではありますが改善されてきています。また、失業中の職業訓練期間には収入が途絶えてしまいますので、職業訓練を受けている一定の期間に生活費が給付される、給付付職業訓練という制度が連合の強い要望によって実現しています。
 様々な安心の橋を整備して、常に雇用、働く場を守っていくことが一番重要だと思います。こうした「5つの安心の橋」は、主に公共サービスとして提供されていくことになると思いますが、これからの公共サービスは、行政のみならず、NPOや生活協同組合、企業等の民間の力を活用してきめ細かく張り巡らせていく必要があると思います。これが連合のめざしている「働くことを軸とする安心社会」です。つまり、中心に「雇用」を置き、何らかの事情で働くことができなかったり、離職しなければならなくなったとしても、何度でもチャレンジできるような仕組みをつくっていこうということです。なお、ここでいう「働き方を選べる」ということの「働き方」の意味ですが、正規・非正規ということではなく、働く時間を自分で選択できるという意味で、権利的には現在の正規雇用と同じであると考えてください。
 しかし、これらを公共サービスとして提供していくとなると、財源が問題になります。これについて、連合としては、めざすべき社会や制度が実現される時に必要な財源については、国民一人ひとりが応分の負担をしなければならないという考え方を持っています。
 働くことで賃金を得て、社会保障制度を支える税金や保険料をしっかりと納めることができる社会を築くことが一番大切です。国民に新たな負担を求めることは、めざすべき社会像を提示し、信頼に足りうる政府があってこそできることです。

おわりに
 私は、働くということは「生きていく場」を得ること、社会で「自分の居場所」を見つけることだと思います。働くことに関する考え方は様々ありますが、働くことを含めて生きがいと感じられる社会をつくっていかなければならないと思っています。これからの講義で貴重かつ有意義な話があるかと思います。ぜひこの連合寄付講座の中で大いに学んでいただきたいと思います。

以 上

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