同志社大学「連合寄付講座」

2011年度「働くということ-現代の労働組合」

第10回(6/17

課題への対応(1) 労働組合の現代的役割と政治とのかかわり

高木 郁朗(教育文化協会理事)

はじめに

 教育文化協会の高木です。テーマは労働組合の現代的役割と政治とのかかわりということですが、本日は労働組合の政治とのかかわりを中心にお話します。これまでに9回の講義が終了していますが、最初の2回は連合にかかわる基本的な知識を勉強されたと思います。その後7回は各産別のリーダーの方々、地方連合のリーダーの方々のお話がありまして、ケーススタディー的なことをしていただきました。次回以降の2回は政策・制度にかかわる課題を勉強することになります。そこで、本日は前半のケーススタディーと後半の政策・制度にかかわる課題との間の橋渡しをしたいと思いますのでよろしくお願いします。

1.働くことを軸とする安心社会

 連合は昨年「働くことを軸とする安心社会」という方針を決めましたが、キーワードは2つあります。
 1つは「働くことを軸とする」ということです。たとえば、生活保護や高齢者福祉等を考えると、政府が一定のお金を出せば、人々が暮らしていくことができてよいのではないかという考え方があります。しかし、今日の様々な条件を考えてみると、政府がそうした形でお金を出せば済むという話ではなく、みんなが働けるようにすることこそが福祉の原点です。こうした考え方をワークフェアと言いますが、この考え方は働くことを軸とします。当然、働くことによって収入が得られますが、単にそれだけではありません。働くことを通じて自分たちが世の中に貢献しているという実感が得られます。そして働くことを通じて人と人との関係ができ孤独に陥りません。人間の幸福を考えると福祉というものは労働を軸にしなければならないのです。これが連合の提起した安心社会の1つの中心的な概念です。
 もう1つのキーワードは「すべての働く者」です。すべての働く者というキーワードはどういう意味を持っているのか。現役で働いている人だけではなくて、退職者や将来働く若者を含めてすべての働く者ということです。つまり、連合は組合員の組織ですが、「組合員を超えて『すべての働く者』のために活動する」ということを宣言しているわけです。
 ただ、実は問題があります。それはどういうことかと言いますと、本来労働組合は組合に参加している人達のための組織なのです。組合員は安くない組合費を払っていますが、それは自分たちが利益を得るために払っているのです。しかし、その組合費を使って組合員ではない「すべての働く者」のために頑張るということは、労働組合としてのスタートラインからすると、逸脱した活動ではないかと指摘する人もいるかもしれません。しかし、私は組合員を超えてすべての働く者のために頑張るという気持ち、つまり、日本の社会のあり方を含めて、良い社会をつくっていくために努力することは労働組合に課せられた歴史的な使命であると思います。
 労働組合というのは2つの側面を持っていると言えます。1つは、日常の活動を通じて働く上でのルールを作っていくという労使関係的な側面です。もう1つは、良い社会をつくるという社会運動としての側面です。つまり、連合が「すべての働く者」をキーワードにしたということは、社会運動としての側面を重視しようと宣言していることに他なりません。

2.ディーセント・ワークとは

 ここで、労使関係的な側面と社会運動の側面という2つの労働組合の役割がどのように結びつくのかを考えておきたいと思います。これを一言で表現すると、「ディーセント・ワーク」という言葉で表現できるだろうと思います。ただ、ディーセントという言葉は日本語にするのは難しいです。辞書には「気持ち良い」「心地良い」といった意味が書いてありますが、私はこの言葉が使われた当初から「人間的労働」と翻訳してきました。最近の連合は「人間の尊厳に値する労働」というように使っています。
 重要なのは内容です。ILO(国際労働機関)の文書にごく簡単に、ディーセント・ワークの中身を紹介したものがあります。まず、仕事の機会が保障されていなければならないと言っています。ILOは、ディーセントというのは、実は狭い意味での雇用のみならず、広く言えば就業まで保障されなければならないと言っています。単に仕事があればいいということではなく、生産的で公正な賃金が保障されていなければならない、とされています。それから安全な職場でなければいけない、子どもや高齢者に対する社会的保護がなければならない、そして社会的統合、これは1990年代以降に強く言われるようになりましたが、いろいろな形で社会から排除されることがない状態を意味しており、「ソーシャル・インクルージョン」と言います。それから自分の人生に影響を与える物事の決定に参加する、そして最後に、機会と処遇の男女平等です。これらがディーセント・ワークの内容であるということをILOは表明しています。
 ILOは政府・労働者代表・経営者代表の三者構成からなる組織です。この三者が国際的な基準として、こうした内容を確約し合っているのです。実際に日本でそうなっているかというと、そうなっていないからこそ労働組合が頑張らないといけないということになると思います。この政労使の三者が国際的な基準を確約し合っているということは非常に重要なポイントになります。

3.労働組合が政治とかかわる4つの理由

 これまでの講義内容(ケーススタディ)は、ディーセント・ワークを職場レベルでどう実現するかということでした。働く上では必ずルールが必要です。そのルールは当事者の代表である労働組合を通じで作られなければならないということで、職場レベルでは団体交渉を通じてワークルールの形成が行われてきました。しかし、それだけで十分だろうか、ということを考えなければいけません。人間は社会的保護がなければ暮らしていくことができません。例えば、保育所の仕組みがなければ、親は安心して働くことができません。こうした仕組みというのは、職場の団体交渉ではなくて、社会的な枠組みの中で実現していかなければいけないことだと考えられるわけです。これこそが、これまでの講義にあった職場でのワークルールと並んで、もう一つの労働組合の重要な活動である政治活動を必然化していく原理である、と考えていいと思います。そこで次に、労働組合が政治活動をしなくてはいけない理由を整理したいと思います。

3-1.最低基準の法定化

 1つ目は、「労働に関わる最低基準を法律で定める」ということです。ルールの基礎は職場の団体交渉で形成されますが、団体交渉は労働組合があることを前提にしています。ところが、日本の労働者で労働組合に加入しているのは18%少々です。そうすると、労働組合に加入していない人達に対して、しっかりとしたルールが適用されるようにするにはどうすればいいかというと、少なくとも労働に関わる最低基準については法律で定めていかなければならないということになります。労働基準法や労働組合法、最低賃金法等の労働に直接かかわる法律をきちんと定めなければいけません。こうした法律を作らせたり、あるいは悪い法律であれば変えたり、ということをするためには、労働組合は政治活動をせざるを得ない、ということになります。

3-2.ソーシャル・セーフティネットの制度化

 2つ目は、「ソーシャル・セーフティネットがなければ、労働者は生きていくことができない ということです。セーフティネットを社会的制度として作ろうということが、ソーシャル・セーフティネットという考え方です。今日ではそのネットは一枚のネットではなく、何枚かのネットが必要になるという考え方になっています。
 図1がソーシャル・セーフティネットの概念図です。一番下の「生活保護」のみで救済するのではなく、多段階で救済します。例えば、失業問題に関しては、失業する前にきちんとした職業訓練制度をつくっておく、あるいは職業の紹介制度をつくっておく、という形で失業を防ぐセーフティネットがあります。しかし、いよいよ失業した場合には雇用保険という形で救済するセーフティネットもあります。現在、「条件付き社会手当」は日本には基本的にありません。雇用保険の受給期間が終わり、生活ができない状態になると、生活保護制度で最低限の生活が保障されることになります。こうした形で多段階の保障をしていくということが福祉国家の基本原理になっています。条件付き社会手当については、民主党政権になってから少し前進してきています。例えば、失業した場合に、家も自動車も何もかも失わなければ生活保護の受給対象にならないということでは困るので、その前に長期に渡って失業しているという条件付きで、一定の失業手当を支給するという制度が条件付き社会手当です。子ども手当というものも社会手当の1つと言えます。セーフティネットというものは、こうした形で政治的につくっていくより他はないということになります。今、失業を中心に説明しましたが、病気や育児・介護等の課題に対しセーフティネットをどう構築していくべきか、皆さんにも是非勉強していただきたいと思います。
 ついでに言いますと、この図ではすべてのセーフティネットから上向きの矢印が出ています。これは、セーフティネットにかかれば良いということではなく、就業の場への復帰が制度の中に準備されていなくてはいけない、ということを示しています。このあり方をトランポリン型という方もいますが、それではまた落ちてきてしまうので、私はリターナブル型というのが適切だと思っています。これもワークフェアという考え方に基づいています。

図1 多段階のソーシャル・セーフティネット

出所:講義資料より

3-3.経済政策への介入

 3つ目は「雇用の問題」です。景気が悪いとどうしても雇用機会が減少してしまいます。景気動向というのは何であるかというと、すべてがそうであるとは言いませんが、経済政策と非常に大きくかかわっています。ですから、経済政策のあり方について労働組合が積極的に発言するということが大変重要になってきます。
 例えば、日本の働き方というのは非常に問題があります。ワーキングプアの問題はご存知だと思いますが、男女間の格差の問題があります。賃金については、ヨーロッパでは100対80程度ですが、日本ではいわゆる正規従業員だけを見ても100対67と非常に格差が大きいです。これは社会の仕組み、あるいは社会政策のあり方と非常に大きくかかわっています。要するに、働き過ぎて過労死するほどの男性正社員がいる一方で、身分的に差別を受けている女性のパートタイマーがいる、という不公正な社会がずっとつくられてきたわけです。こうした社会のあり方や就業機会のあり方を修正していくためにも、労働組合は経済政策や社会政策に積極的に参画していかなくてはいけないわけです。

3-4.発言権の獲得

 そして最後に「発言権の必要性」です。働くことを軸として福祉をつくり上げていくためには、政治に積極的に介入していかないとなりませんが、そのためにも発言権が必要です。現在、経済社会に関する主要な政策決定は、国際的な用語で言いますと、ソーシャル・パートナーシップという考え方が普遍化してきています。ソーシャル・パートナーシップというのは、政労使の三者で経済政策や社会政策を決定していくという考え方です。

4.労働組合活動の基本

 労働組合は、(1)ルールを普遍化すること、(2)ソーシャル・セーフティネットを作り上げていくこと、(3)経済・社会政策に参加すること、(4)参加のための発言権を獲得すること、これら4つの理由から政治とのかかわりを非常に重視してきました。しかし、ここで考えておかなければならないことがあります。労働組合は政治活動だけやっていればいいのでしょうか。そんなことはありません。労働組合の基礎は、企業内における職場段階のルール形成です。例えば、育児休業の制度についてです。育児休業の制度ができる根拠がどこにあったのかというと、制度ができる約30年前、全電通という労働組合(現在はNTT労組)が育児休業のルールをつくりました。それが発展していくつかの企業に広がっていきました。そして、育児休業の制度は社会全体に広げなければいけないということでつくられたものです。つまり、ルールづくりのスタートラインは、職場のルールづくりになるということです。
 その逆もあります。法律ができたからといって、放っておけば法律よりも悪くなってしまうということもしばしばあります。例えば、法律では残業に対して残業手当を出さなければいけないとされているのに、サービス残業が横行しているのです。こうしたことがあるわけですから、やはり政治的なレベルの活動である社会運動と職場の段階の活動とをセットにして展開していかなくてはならない、ということになります。

5.労働組合のすべきこと

5-1.4つの生活資源

 労働組合運動が盛んだったのは、1950年代から1970年代迄の20年間程です。その当時はどのような運動をしていたのかと言うと、中心は賃金を上げることだったのです。賃金は大切です。賃金闘争をやらない労働組合は鼠を捕らない猫みたいなものです。賃金は大切なのですが、労働組合は人間の生活全般を見渡して運動をしなければなりません。そこで、人間が暮らしていくために必要な資源を4つ示しておきたいと思います。
 4つの資源とは、(1)所得、(2)時間、(3)社会サービス、(4)ソーシャル・キャピタルです。所得は賃金のことです。時間というのは、人間が自由になれる時間をもっと重視しなければならないということです。それから生活をしていくためには、育児、介護、医療等の社会サービスの分野の充実をソーシャル・セーフティネットという形ではかっていかなくてはいけません。それから、人と人とのかかわりを重視する。人と人とのかかわりをソーシャル・キャピタルと言います。これらは人間の生活の資源だということです。こうした広い生活論に立って、労働組合がきちんと活動するということが必要だと思います。

5-2.雇用・就業機会の創出

 労働組合は、政府や企業に要求するということをしてきたのですが、自分達でできることは自分達でつくるようにしていかなくてはいけません。雇用・就業機会の創出はまさにそうです。一方で、就業可能性のための教育・訓練も、やはり労働組合が積極的に行っていくべきだと思います。ソーシャル・キャピタルもそうです。最近、連合はソーシャル・キャピタルを重視して様々な制度をつくっています。政府においても、民主党になってからこの点は多少前進させていて、パーソナル・サポート・サービスという制度もつくっています。これは労働組合から人を出して運営しています。つまり、人が孤独にならないように社会のシステムをつくっていく上で、労働組合も積極的な活動をしなければいけないということになると思います。

5-3.コーディネーターとしての役割

 労働運動というのは、単に労働組合が孤立して活動していればいいというものではありません。例えば、生活協同組合やNPO等といった社会的な活動をしている組織と積極的にネットワークをつくり、場合によってはコーディネーターとしての役割を積極的に果たすということも、社会運動の中の労働組合としては重要になると考えていいと思います。

おわりに

 労働組合というのは、労働者の生活基盤として働く上でのルールづくりに取り組む、それから政治的・社会的課題に取り組む、という2つの要素を持っているわけです。この2つの要素を積極的に果たすことで多くの人々から信頼を獲得していくということがこれからの労働組合の生きる道として非常に重要だと思います。連合の場合にはそうした方針が既に掲げられているわけですが、本当に実践していかないと十分な信頼を獲得することにはならないと思います。是非、皆さんにもこれまでのケーススタディーの要素に加えて、労働組合の社会運動的側面を勉強していただくことを期待しまして、私の話は終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

以 上

ページトップへ

戻る