ケーススタディ(5) 非正規労働者の組織化と処遇改善に関する取り組み
―流通産業労組の事例―
はじめに
イオンリテール労働組合の越川と申します。私は1997年にイオンの前身であるジャスコに入社しまして、現在は労働組合の専従役員として活動しています。本日は私の10年間の組合活動の中で、最も大きな課題であったパート社員の組織化について皆さんにご紹介できるということでたいへんうれしく思っております。
1.イオンリテール労働組合の概要
イオンリテール労働組合は、イオングループ労働組合連合会を構成する30組合の中の一つです。イオンリテール労働組合はイオンリテール株式会社と労働協約を結んでいます。ただこの3年間、経営環境が大きく変化してきました。元々はイオンリテールの中で食品や衣料品を運営していた事業がどんどん独立し、それぞれの事業に専念する会社が設立されるという経営の動きがありました。経営としてはスピードを上げて環境の変化に対応していきますけれども、組合員の立場で見た時に、そうした急激な変化により不安定な環境に置かれるという見方もできると思います。そこで、イオンリテールから独立したばかりの新しい会社ごとにすぐに新しい組合をつくるのではなく、新規事業会社に転籍後もイオンリテール労働組合の組合員のままでいるという決定をしました。その結果、イオンリテール労働組合は単体でありながら、14社と労働協約を結んでおり、連合体のような組織となっています。
私たちは8万2000名の組合員を有する労働組合です。その内の約8割が時間給かつ有期契約の「コミュニティ社員」です。私たちは社内ではパート社員という呼び方はしません。転居や転勤をしない社員として「コミュニティ社員」と呼んでいます。ただ、今日は分かりやすくするために、パート社員と呼ばせていただきます。
労働協約を結んでいる企業内における組合員比率については、75%前後です。支部は408支部あります。1支部が1店舗(ショッピングセンター一つ)だとみていただければいいと思います。ただ、10人~30人の支部もあれば、400人~500人の支部もありまして、様々になっています。
組合の歴史を見ていきますと、1969年の設立からちょうど40年を超えたところです。40年間の活動の中で、組合員の雇用や幸せの実現を考えた時に、労働条件の向上のための活動に加えて、「働きがいを高める」という目標を新たに設定したのが1999年の中期ビジョンです。この頃に「働き方の改革」や「世話人創造戦略(主体的に組合活動に参画し仲間の輪をさらに広げる「世話人」を増やすこと)」という新しい視点での戦略を持ちながら活動を進めてきました。その流れの中で2004年に始まり2006年にいったん完了したのが、本日ご紹介するパート社員の組織化です。
2.10年前の職場のすがた
(1)労使がめざしていた方向性と新しい人事制度
元々イオンでは、「国籍、性別、年齢に関わらない登用や処遇の仕組みでなくてはならない」という一貫した理念が創業当時からありました。そのためにイオンでは、男女の違いによる賃金格差などは一切ありませんでした。また当時は社会的にも非正規社員の処遇が問題として取り上げられ出した頃でしたので、イオンとしてもいち早く、そういった制度を入れていこうと労使で決定しました。2004年、社員が「主」でパートタイマーの従業員が「従」という主従の関係を壊して、従業員区分による役割や期待、教育機会、登用機会の違いなし、という人事制度を導入しました。処遇の格差は必要最低限にしました。転居転勤する社員と転居転勤がない社員の間での処遇の差はあります。それから労働時間の差による差もあります。しかし、それら以外は全部一緒です。
2004年に導入した制度は、図表1の通りです。転居転勤なしの有期契約社員の縦の欄を見てください。職務Ⅰからスタートして、社内試験に合格していけば、職務Ⅱ、職務Ⅲ、J2、J3と資格が上がっていく制度になります。また、この登用制度を運用してきて、マネジメントコースを上がっていこうというパート社員ばかりではないということが改めてわかりまして、専門職コースであるマスター、アドバイザー、エキスパートというコースを3年ほど前に設けております。現在では多くのパート社員がこの登用制度の中で実際にステップアップをしています。J2、J3などのクラスに多くのパート社員が登用されて、主任や課長を務めている方もいます。
図表1 新しい人事制度
(2)パート社員の意識調査と働きがいの構造
パート社員を対象に、働くことに関する意識調査を2003年に実施しました。その結果、店舗での仕事については、正社員よりもパート社員の方が楽しさを実感しているということがわかりました。当時の多くの正社員には、「パート社員は時間給で働いている人たちだから仕事に対する思い入れはないだろう」という先入観が少なからずありました。そういった先入観が少しずつ崩れ始めたのが、この調査の成果だったと思います。
私たちの組織は、1999年の中期ビジョンの中で「働きがいを高める」という目標を設定し、外部機関の知恵も借りながら働きがいについても分析しました。その結果、職場の人間関係やコミュニケーションの有無、および職務多様性や自律感が仕事の楽しさに影響を与えていると整理できてきました。補足として、福利厚生と賃金については充足感の持てる一定水準は必要ですが、それだけがいくら向上しても、みんなが仕事にやりがいをもって楽しく働けるわけではないということもわかりました。一定水準の福利厚生や賃金は必要不可欠ですが、それだけに焦点を当てていたのでは、組合員みんなが働きがいをもって、生き生きと働けるようにはならないということがわかってきたのです。
3.組合加入活動 3年間の取り組み
(1)ぶつかった問題
最終的に私たちはパートの組織化を達成しましたが、実際に進める中でぶつかった問題は主に4つありました。それは、(1)既存の組合員の納得・共感、(2)見える活動、(3)人員体制、(4)経営者の理解です。
一つ目の「既存の組合員の納得・共感」についてですが、常日頃、職場では「組合費が高い」「何もしてくれない」といった声が目立ちます。「まさか自分から『組合に入ります』なんてパート社員の皆さんが言うはずない」というのが既存の組合員が思っていたことです。組合役員もそう思っていました。こういった状況に対しては、リーダーが信念を持って言い続けることはもちろん必要です。しかし、それ以外にもいろんな会議の中で「なぜ組合が必要なのか」「なぜパート社員の組織化をやるのか」ということを一人ひとりに考えてもらう場をたくさん作りました。会社の仕事ではありませんので、トップダウンのような指示・命令では限界があります。組織化の活動にたずさわる人たち自身が気づいたり感じたりしながら、「やはりこれは必要だな」と感じてもらえないと目標が達成できないと思いましたので、そういう進め方をしました。
二つ目の「見える活動」についてですが、一部の役員がコンセプトを練って完成度の高い活動を作り上げることよりも、それぞれの職場の役員自身が「職場での見える活動」や「関与者の人数を増やすこと」を意識しながら活動をつくるという進め方に転換していきました。職場発信の職場に近い活動が増え、結果として、少しずつ見える活動が広がりました。
三つ目の「人員体制」についてですが、正社員が1万5000名の組織で、7万名近くのパート社員の組織化をしようとするのですから、専従役員の数が足りません。しかし、組合専従者を増員して活動を進めれば、専従役員主体の組織化になってしまい、一部の役員によって運営される組織になりかねません。私たちは専従役員主体の組織化ではなく、支部の役員主体の組織化を進めることとし、そのために必要なツールと環境を整えるという選択肢を選びました。
四つ目の「経営者の理解」についてですが、会社としても、パート社員の抱える問題の解決は経営上重要な課題だという認識が経営トップにはありましたので、次の段階として、現場の店長、課長ともめざす方向が共有できるよう、パート社員が抱える問題とそれらの解決の必要性、労働組合の意義を、様々な会社会議に出席して説明しました。
(2)パート社員の声
組織化活動の中でパート社員のみなさんから、いろんな声をいただきました。主に四つのご意見をいただきました。
一つ目の「情報と実体験の不足」という意見にたいしては、不足している情報を提供したり、活動の場を用意することで解決していきました。ただ、二つ目の「不信感」や三つ目の「あきらめ感」といった感情については、単に情報提供したり、説明するだけでは理解を得られないことがほとんどでした。これについては誠意をもって説明し続けるしかなかったわけです。四つ目の「強制感への抵抗」については、私たちはユニオンショップ制という全員に組合に加入していただく仕組みをとってきたという背景があります。「みんなが加入することで組合は力を発揮するのです」「全体の利益になることだから、役割や責任もみんなで分け合いましょう」ということを、信念を持って言い続けてきました。
こういうことを3年間継続しまして、2003年までは正社員のみの組合だったのが、2006年にはパート社員が8割を占める新しい労働組合になりました。
4.10年間の成果と課題
(1)組合活動の変化
パート社員の組織化に伴う組合活動の変化ですが、まずは職場の組合役員の意識が変わっていきました。自分が説明して多くのパート社員に組合に加入してもらったわけですから、まずはそれに恥じない、嘘をつかない活動をしていきたいという思いが自然と生まれていきました。
同時にパート社員にとって未知の世界ともいえる、自分の勤めている店舗以外のお店の働き方を見学したり、本社の商品部の部長と直接お話しして質問・意見交換をしたりといった活動も増えていきました。新しく組合員となったパート社員からは、「世界が広がった」「新しい目標ができた」「今まで仕事で悩んでいたことが解決した」という反響が出始めました。
そのように活動の規模が拡大を続けまして、組合員の関与も一気に増えていきましたので、ますます組合役員が主体となる組合では運営が成り立たないということを身に染みて感じるようになりました。一部の人による企画・運営型の組織ではなくて、組合員による組合員のための労働組合というものを本当にめざしていこうと訴え始めたのがこの時期になります。そういったことの繰り返しで、組合活動に参画する組合員が2003年には延べ8000名だったのが、2010年には延べ4万名まで拡大したという状況が生まれています。
働きがいの創出・働き方の改革・職場の問題解決といった、働くということに特化していた活動から、新たに、地域や社会に参画するといった広い領域に対する活動も増えていきました。これが組合活動の変化ということになります。
(2)処遇の改善
パート社員の処遇面のさらなる向上もありました(図表2)。60歳以降の雇用などは、会社がリードして比較的スムーズに導入できました。しかし、時間外割増の差などはなかなかまとまりませんでした。正社員とパート社員とで揃えるのであれば、正社員を30%から25%に下げるしかないと会社としての強い主張がありましたが、最終的には同じ割増率に揃えることができました。
それから従業員買物割引制度という制度があります。食品欄を見ると、正社員は8%から5%に下がっています。食品は購入比率も高く、生活費に直結するものですので、社員の家族も含めて反対という声も巻き起こりました。しかし、最終的には従業員全体にとってどんな制度であるべきかという議論を積み重ねまして、パート社員も正社員も共通の制度を導入することができました。
図表2 処遇の改善
(3)組織の変化
今では多くのパート社員が活躍するイオンリテールに変わりつつあります。具体的にはパート社員の組合役員比率がとても増えています。私の担当するブロックでも、支部長や地域の役員の約3割がパート社員の方が務めています。
一方で課題もあります。どんなにすぐれた人事制度でも永久に通用することはありません。たくさんのパート社員が登用されてポストが足りない状況が生まれたり、会社もどんどん新しい大きなお店を出していくという状況ではなくなってきていますので、新たな課題に取り組まないといけないと思っています。
そういった課題がありながらも、一番大きいのはマネジメントの変化であると思います。これまでの正社員主体の店舗運営を見直し、パート社員も含めたメンバー全員の力を発揮するファシリテーション型の店舗運営を会社として目標にするまでになってきています。
私が現場で活動している実感として、お客さま、現場、地域を大事にする意識が会社全体で高まっていると強く感じています。お客様により近いパート社員の皆さんの声や思いが、経営の方に少しずつ伝わって浸透してきた結果なのではないかと考えています。
5.東日本大震災からの復旧にむけて
先日の東日本大震災で、私たちのイオンリテールの従業員と家族、住まい、働く店舗も大きな被害を受けています。その中で地域のライフラインとして地域のお客さまに応えようと、必死で各店舗の授業員が、店舗の復旧や運営にあたってきました。そういったことは正社員のみでできることではありません。被災したパート社員のみなさんも懸命にお店を支えてきました。
6.将来へむけて
私自身はイオンリテール労働組合の掲げる目標の中で、従業員の区分に関わらず、多様な従業員一人ひとりが自分の持っている力を発揮して活躍できる会社にしていきたいと思って活動をしてきました。日頃は一進一退に見えるのですけれども、こうやって10年間を振り返ってみると、これだけ進んできたのだなということを感じます。始まりは私自身や仲間の「一人の組合員の思い」や「一つひとつの組合員の行動」です。どんな仕事をしていても、まず一人の思い、まず一つの行動が、私たちの社会を形作るということになっているのだなと改めて感じます。これからも働く人たちの将来への可能性や希望への責任を感じながら、活動を続けていきたいと思っています。今日集まっていただいている学生の皆さんも、これから社会に出ていく中で、自分自身が社会を形作る一人なのだという思いを持ちながら是非ご活躍をいただければと思います。本日はありがとうございました。
以 上
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