同志社大学「連合寄付講座」

2011年度「働くということ-現代の労働組合」

第4回(5/6

ケーススタディ(2) 雇用と生活を守る取り組み
―自動車産業労組の事例―

高倉 明(日産労連会長)

はじめに

 皆さんは労働組合が何なのか、どのような活動をおこなっているのかとお思いでしょう。働くことは人として大事なことであり、働く人のために働く人が思い切って仕事のできる、安心して暮らせる世の中をつくりたいという気持ちで私は活動しています。では労働組合は何をやっているのかと言うことを、本日は自動車産業の事例から具体的にお話しさせていただこうと思っております。

1.社会情勢と自動車産業

 今回のテーマは「雇用と生活を守る取り組み」ということですが、2008年9月にリーマンショックが起こった結果、世界同時不況となり、多くの企業では生産活動ができなくなり、世界各国において雇用問題が発生し、GM・クライスラーが破綻するなど大きな問題となったのは記憶に新しいと思います。いろいろな見方がありますが,あのリーマンショックは何だったのかと考えた時、労組の視点から見ると、アメリカ発の市場原理主義がもたらした問題だったのではないかと思います。
 アメリカ発の市場原理主義が、あたかもグローバルスタンダードであるかのような固定概念が形成され、世界中の国々が追従し利潤を最優先した結果、失業率が上がるなど企業倫理・経営倫理が低下してしまいました。例えば、日本でも米国に倣って4半期に1度の決算を発表するようになり、企業は市場の評価・株価を下げたくないために、短期的な利潤を追求するようになり、中長期的な視点をもった経営をしなくなりました。そのしわ寄せは労働者にきて、労働コストが安価な派遣労働者の増加に繋がりました。このように労働者を犠牲にした経営が進められましたが、日本の自動車産業も例外ではなく、リーマンショック発生後、急激な減産を余儀なくされ、深刻な雇用危機に直面しました。
 そして今年の3月に起こった東日本大震災によって、リーマンショックと同様の事態が起こることが予想されます。新聞では自動車の生産が再開したという報道がなされていますが、実際は地震の影響で部品がつくれず、厳しい状況が続いています。その影響のため、派遣社員の派遣継続がなされないということは起こりえるでしょう。これは日本だけの話ではなく、海外も日本でつくる部品を使っているため生産が思ったように見込めず、正常化には年内一杯はかかるだろうとの見方です。このように社会情勢と産業は密接に繋がっているということがご理解いただけたかと思います。

2.日産労連・自動車総連の組織概要

(日産労連)

 日産労連は1955年に結成され、現在の加盟組合数は381組合、組織人員は151千名という組織規模になっています。組織人員が一番多かった時は23万名だったので、自動車産業の組合員数が減少傾向にあるのがわかるかと思います。どのような会社が日産労連に加盟しているのかということですが、日産のクルマの部品・輸送・販売などに関わっている会社はもちろんのこと、パン屋・ハンコ屋など、日産のクルマに関係ない会社の組合も加盟しているという非常に珍しい組織です。
 特徴的な活動は、福祉活動があげられると思います。例を挙げますと、劇団四季のクリスマス・チャリティー公演に、障害を持たれた方やそのご家族を招待しています。そこに来られた方のサポートについては、組合員が担当しています。その他、共済事業の一つとして、さまざまな相談に応じています。法律・相続・遺言・住宅・メンタルヘルス・職業紹介・葬儀・結婚など、さまざまな内容の相談に、無料で応じています。また、エルダークラブ(退職者組合)では、戸別訪問「ふれあい訪問活動」やレク活動などを行い、退職後に仲間同士の絆を深める活動を実施しています。このように日産労連では、在職中から退職後まで、さまざまなケアを心がけた取り組みをおこなっています。

(自動車総連)

 日産労連の上部団体が自動車総連です。こちらにはトヨタ・ホンダなど関連会社の仲間とともに、日産労連と同様の労連組織を形成し加盟をしている、という他の産業では見られないユニークな組織形態をとっています。自動車総連は1972年に結成され、現在1102の組合が加盟、組織人員は77万名です。自動車総連も83万名がピークだったので、組合員数は減っているということになります。
 国内・国際連帯活動については、連合を通じてITUC(国際労働組合総連合)に加盟をしています。国際産業別組織で見ますと大きく製造(ブルーカラー)・販売(ホワイトカラー)の分野に分かれるため、それぞれIMF(国際金属労連)、UNI(ユニオンネットワークインターナショナル)に加盟しています。

3.自動車産業のグローバル化

(1)グローバル化の変遷

(世界で初の自動車会社の設立~戦前)

 ここでは、自動車産業のグローバル化の歴史についてお話しさせて頂こうと思います。まず1883年にベンツ社が設立され、1886年にガソリンエンジン車が開発されたところから自動車の歴史は始まります。日本では1904年に国産第1号の蒸気車がつくられ、以降第2次世界大戦まで、自動車産業は国防産業となります。1908年にフォード社でTModelといわれる自動車が開発・製造され、これがベルトコンベアを使った大量生産・自動車産業の歴史の始まりといわれています。この記念すべき100年後の2008年に、リーマンショックが起こり、その影響で2009年にクライスラー、GMが破綻したわけです。
 1932年、世界から後れをとっていた日本では自動車・部品の輸入関税を引き上げて、国産化を推進しましたが、今はこの関税は撤廃しています。1933年に日産設立、1937年にはトヨタが設立されました。日産の前身は鋳物会社、トヨタやスズキは繊維会社です。

(戦後~1960年代)

 戦後は、GHQの統制下で、トラック・乗用車製造を4‐5万台と、細々とおこなっていました。日産のグローバル化は1952年、英国オースチン社と技術提携したところから始まります。自動車開発について先駆的な欧米から技術を導入していきました。1950年代になりますとトラックを中心に輸出を始めました。同時期の1952年に日本がIMF(国際通貨基金)、1955年にGATT(関税および貿易に関する一般協定)に加盟をし、自動車産業全体がグローバル化への道を歩み始めたのはまさにこの時期からです。その後、1960年代に高度経済成長が始まり、モータリゼーションの開花により生産規模が拡大していき、メキシコやタイ・ペルー・オーストラリアといった国々への海外進出が盛んにおこなわれました。

(1970年代)

 1971年にアメリカで新経済政策(ニクソンショック)が発表されました。これは、それまでの固定比率によるドル紙幣と金の兌換を停止したことによる、世界経済の枠組みの大幅な変化で、一言でいうとドルの防衛です。円とドルの関係でみますと、16.8%の切り上げ、1ドル360円から308円と急激な円高が起こり、輸出が不利な状況に陥りました。

(1980年代)

 第2次石油危機が起こり燃費の良い日本車が売れたため、アメリカの自動車産業が疲弊し、失業問題が深刻化した時代でした。その結果、日米間で貿易摩擦が起こったため、日本の自動車産業がアメリカで工場を作り、現地の労働者を雇用し、販売するという方策をとれば良いのではという議論がなされました。そこで問題となったのが、輸出量が減ることによって、日本国内での雇用問題が起こるのではないのかということでした。そこで組合は経営者側と今後の雇用などについて話し合いをおこない、輸出は多少減るかもしれないが、国内自動車販売台数も増加傾向にあり、日本国内の雇用問題にはならないという結論に至り、海外への工場進出をおこないました。1985年には、プラザ合意が採択され1ドルが240円から120円となり、さらに円高ドル安が促進された結果、アメリカにおける日本の車の販売価格は倍に跳ね上がりました。

(1990年代~)

 1990年代は1996年以降フォードがマツダの持ち株比率を33.4%に拡大、1998年にはダイムラーベンツとクライスラーが合併する(2008年合併解消)など、国境を越えた資本の移動が起こりました。日産も1999年にルノーと資本を含む幅広い提携をしました。2007年には日産ディーゼルが、ボルボ社の完全子会社になりました。2009年に、リーマンショックの影響からGM、クライスラーが米連邦破産法11条を申請しました。2010年に日産・ルノー連合はダイムラーと提携し、フォードはマツダへの出資比率33.4%から11%へ引き下げをおこなったというのが近年の動きになります。

(2)自動車産業を取り巻く環境変化

[1]生産台数

 生産台数については、2007年から海外生産台数が国内生産を上回り、その状態が現在まで続いています。

[2]先進国中心から新興国(BRIICS)へシフト

 自動車産業の中心は先進国から新興国(BRIICS)へと明らかにシフトしており、リーマンショック以降はより加速しているというのが現状です。例を挙げますと、中国の2003年の販売台数は439万台だったのが、2009年には1365万台、2010年1806万台にまで跳ね上がって、アメリカを抜いて断トツの世界一です。今や中国が世界をリードする自動車大国になったということになります。

[3]円高の加速

 円高の加速については、2007年以降、年々ドル・ユーロにたいしても円高が続いています。ドルは114円から85円、ユーロは161円から113円となり、3月の大震災の後に1ドル76円25銭という過去最大の円高が起こりました。この1円の変動がどれほどの収益に影響するか(対ドル:対ユーロ)ということですが、日産であれば180億円:25億円、トヨタは300億円:60億円、ホンダは170億円:-というようになり、円高であればマイナス、円安であればプラスになります。このように円高が続けば、企業は為替の影響を受けないように海外での生産を増やし現地で販売するため、日本での雇用の減少につながります。そのような事態が起こらないような施策を今後考えていく必要があります。

[4]国内需要の低迷

 国内需要の低迷についてですが、販売台数は1990年の778万台をピークに多少の上下はあるものの右肩下がりで推移しており、現在では500万台を切るぐらいにまで落ち込んでいます。理由は様々ですが、まずライフスタイルや購買志向の変化が挙げられます。大学生を例にとりますと、30年前の大学生は興味・関心がある製品やサービスというものにクルマを挙げている学生が多かったのですが、現在の学生の興味・関心は非常に下がってきているという傾向にあります。また、24歳以下の運転免許の取得率を見ましても、年々減少しています。このような要因から国内需要の低迷が起こっていることがおわかりになるかと思います。

(3)自動車産業の現況

 現在、世界中で見ますと自動車は約9億台走っており、うち約7530万台は日本で走っています。世界の自動車販売台数は年間で約7300万台、日本のメーカーが国内外で作っている自動車の数が約2300万台で、先程も申し上げた通り、約半分の1100万台を海外工場で生産しています。グローバル化と言っても、以前は日本で生産していた車を海外に輸出していましたが、時代の変遷とともに、海外企業との技術・業務提携によるグローバル化、現地に出ていき現地で作るグローバル化、そして今は資本提携をおこなうなど、単にグローバル化と言ってもその中身は変わり続けていると言うことが伺えます。

(4)グローバリゼーションと国際労働運動

 企業のグローバル化が進んでいくと、それにあわせて組合もグローバル化をする必要があります。まず、世界のナショナルセンターであるITUC(国際労働組合総連合)とGUF(国際産業別労働組合)との連携の必要性が出てきました。ITUCのレベルで言いますと、首脳会議開催時の前段で労働組合の代表者会議をおこない、各国同士での協調姿勢を確認し合うということが必要となってきています。その他、ILO(国際労働機関)とOECD(経済協力開発機構)の中にあるTUAC(労働諮問委員会)との連携も必要となります。
 企業の社会的責任(コンプライアンス)について近年注目されていますが、以前企業の不祥事が続いた時に労働組合によるチェック機能が叫ばれました。これは、すべてチェックするのは無理かもしれませんが、最悪の事態を招いた場合、労働者が職を失うということが十分に考えられるため、労働組合がチェック機能を果たすことが大事であるということです。そこでよく言われるのが,CSRやISOなどになります。CSRとは企業が利益を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任を持ち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家、従業員等、及び社会全体)からの要求に対して適切な意思決定をすることを指します。ISOは、国際規格を策定するための民間の非政府組織です。それぞれISO9000は品質、ISO14000は環境、ISO26000は企業の社会的責任に関する国際規格を満たした称号で、これらには労働組合も積極的に介入していく必要があると考えています。

4.自動車産業労組の取り組み

(1)基本原則

[1]生産性向上活動の基本原則(生産性3原則)

 自動車産業労組には、生産性向上活動の基本原則である生産性3原則というものがあります。まず「雇用の維持・拡大」いうことですが、雇用の確保というものは何事に対しても優先されるという考え方です。2つ目は「労使の協議・協力」が挙げられます。労使関係というのは、会社と対立するだけではなく協調も必要であり、この両面を大事にしていこうという考え方です。そして3つ目が「成果の公正配分」です。成果を挙げればステークホルダーに還元するのですが、株主だけでなく従業員や取引先や周辺地域など利害関係者すべてがステークホルダーであり、公正に配分する必要があります。最近は株主へ対する配当金や役員の報酬だけが上がり、労働者には少ししか配分されないという事態が起こっているため、見直しが必要だという気運が労組では高まっています。
 日本的労使関係と日本的経営の特徴ですが、大きくは終身雇用制度があげられると思います。日本の企業では、一度入社したら定年までその企業で働き続けるというのが慣行として存在し、労働者にとっても安心して働け、企業にとっても従業員が技術・技能を高めて働いてくれるということは良いということで終身雇用制度が存在していました。しかし、アメリカ的資本主義がグローバルスタンダードであるという認識の下で、成果主義を導入する企業が増加してきました。終身雇用制度は日本的経営の良さ、強みだったということがありますので、完全に否定してはいけないと思います。
 また日本的労使関係の中に、一企業に一組合という企業内組合というものがあります。これについても、海外からは企業と組合が馴れ合っているだけであるということから批判されることもありますが、労使で緊張感を持って、健全な労使関係を構築していくことが重要かと思います。
 日本の経済・社会発展と労働組合の役割についてですが、先ほども申しあげた生産性三原則が基軸となっています。公平な配分をおこない労働者の賃金を上げるということは、日本のGDPの約6割が個人消費であることを考えると、購買意欲を高めるために非常に重要なことです。日本の経済を活性化するには、賃上げや雇用の確保というのは大きなポイントですが、賃上げと雇用の二者択一を迫る経営者も存在します。雇用を守ることは経営者としては当然のことで、このような経営者は、経済の活性化を妨げていると思います。しかし、いくら賃金上昇を確保し雇用を守ったところで、税金や社会保険料が上がっていけば総合的にゆとりのある生活が営めません。そこで労働組合は、労働環境の改善と同時に、適切な政策・制度に対する提言もおこなっています。我々労働組合のキーワードは「安心・安全・安定」で、労働者が安心して働ける、生活できる世の中を作っていこうと日々活動しています。

[2]企業の海外進出に際しての自動車総連3原則

 企業の海外進出に際しての自動車総連の3原則ですが、現在どの企業も海外進出を積極的におこなっています。その際に、海外の方がコストが安価だからと言って日本の工場を閉鎖するなどはもっての外です。そこで、自動車総連では「我々の雇用を確保し、生活に影響を及ぼさないこと」「我が国の自動車産業の健全な発展に寄与すること」「相手国の雇用や経済社会の発展に貢献すること」という3原則を設けております。

(2)国内市場の活性化への取り組み

 国内市場の活性化のために自動車総連ができることは何かということですが、まずクルマに乗りやすい世の中を作り、クルマの魅力を伝え、自動車産業の魅力を高めることが必要という考えの下、活動しています。具体的には、国に対して過重な税負担の軽減を求めています。日本には暫定税率というものが存在しており、自動車重量税に関して言えば正規の税額の2倍の金額を納めるに仕組みになっています。また、以前存在した贅沢税の名残から、自動車取得税も2倍取られています。その他にも消費税と自動車取得税の二重課税が存在するなど、過重な税負担が存在し、日本の車体課税はイギリスの3倍、アメリカの45倍もの負担になっています。これは、自動車の税金が取りやすいという点から起こっており、国は、国家予算の10分の1を占め、安定して徴収できる自動車関連の税金に頼っているのが現状です。この事態を自動車総連としても重く受け止め、国に働きかけてはいますが、3月に起こった地震の影響で対応が先延ばしにされることを心配しています。

(3)雇用問題への対応(非正規労働者への取り組み)

 労働組合として雇用問題へどのような対応をしているかですが、契約社員などの非正規労働者の契約満期の雇止め時の対応についてさまざまな要請をしました。特別慰労金・帰省費用等の特別支給、住居の撤去期限の猶予など福利厚生面での配慮、関係会社・取引先・地元企業などへの雇用の斡旋、地元ハローワークとの連携、派遣会社に対して「本人への十分な説明」を実施すること、相談窓口の設置などが挙げられます。これは組合員であるかどうかではなく、一緒に働いている仲間として見過ごす訳にはいかないという考えからこのような働きかけをおこないました。

(4)ワークシェアリング

 ワークシェアリングについてですが、これは雇用を生み出す1つのやり方です。ひとえにワークシェアリングと言いましても、緊急避難型・中高年対策型・雇用創出型・多様就業対応型など状況によってさまざまな活用のされ方があります。しかしながら、社会保障と一体で実施しなければ難しいことや、誰と誰がシェアするのか等の問題から、早急におこなえるような施策ではないというのが現状です。新聞紙面などで一時期取り沙汰されましたが、緊急避難型のワークシェアリングのことであり、日本で継続的におこなっていくにはまだまだ障壁があることはご理解いただきたいと思います。

(5)政府への要請活動

 政府への要請活動については、主に雇用調整助成金の使い勝手が悪かったことから、支給要件の見直し・支給制限の緩和・申請手続きの簡素化などを要請しました。また、中小企業への支援策についてもさまざまなことを政府へ要請しています。その他、為替の安定や東日本大震災に関する様々な対応策も政府に要請しています。

5.日産自動車のグローバル化と労組の対応

 日産とルノーが業務提携を結んだのは先述した通りですが、その時にも労使協議を実施しました。大きくは3点で、抜本的な経営改善策の策定と労使による目標の共有化、目標の達成責任の明確化、労使関係の重視という3点を中心におこないました。ゴーン改革がおこなわれた際も同様で、痛みを伴う改革をやるのならば責任を持って施策をおこなっていかなければならないことから、労働組合も積極的に意見表明をしました。

おわりに

 生活をしていく上で、雇用というものは一番大事なものです。その雇用を守るために企業に対するチェック機能を労働組合がしっかりと果していくということをモットーに、さまざまな活動をおこなっています。詳しくは話せなかった部分も多くありますが、これで講義を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

以 上

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