ケーススタディ(1) 安心して働くためのワークルールに関する取り組み
―石油産業労組の事例―
はじめに
本日は石油産業の状況、ワークルール策定の取り組み、石油産業のワークルールの策定の取り組み、さらには若年層の就業力や東日本大震災についてもお話していきたいと思います。
Ⅰ 石油産業の状況
1.石油とは
これまで中近東を中心に多くの戦争が起こりました。その原因のひとつが石油です。石油は戦略物資です。石油という戦略物資がなければ、燃料供給ができません。そのために各国は石油を確保しようとします。その際にさまざまな戦争が起きます。
そしてもうひとつ、今回の大震災でもわかりますように、石油を安定的に供給するということは重要です。平時はガソリンスタンドで石油を購入できます。しかし、今回の大震災のような有事になりますと、供給されなくなりました。有事であってもいかに安定供給をしていくかというのは、石油産業としては至上命題です。
このように石油には国家的な安全保障と安定供給の2つの役割があります。この役割を果たすために上流部門、中流部門、下流部門という3つの部門があります。上流部門は原油を探して生産する部門です。さらに中流部門は原油をガソリン、灯油、軽油等の製品にする部門です。下流部門はガソリンスタンドでガソリン等を販売する部門です。
2.石油のサプライチェーンにおけるワーク形態
(1)上流部門
上流部門についてですが、日本には石油会社が20社あります。従業員は約7000名です。これらの企業は、石油を探して掘って生産をしております。石油があとどのくらいもつのでしょうか。40年から50年と言われています。しかし、その年数は昔と変わっていないといわれます。なぜ変わっていないのかといいますと、技術の進歩があるからです。技術の進歩によって、海の相当深いところまで掘れるようになりました。以前は、水深2000mぐらいでしたが、今では水深7000m~8000mまで掘れるようになりました。
一方、さまざまな課題もあります。ひとつは、海の相当深いところを掘らないといけないので、開発コストが増大するということです。また、未開発地域であるアフリカや南米へ行く費用も相当かかります。くわえて、新興国の需要が増大しています。また、ナイジェリアやリビアも含めた中東は、内戦等の戦争によって政治状況が非常に悪化しています。そうしますと原油価格が高騰します。このような地政学リスクも開発上あります。
では、上流部門ではどのような働き方がなされているのでしょうか。上流部門の生産拠点は海上です。陸から相当遠いところで掘って、また基地に運んでいきます。現場は陸から遠いですから、ヘリコプターで行くと1週間ぐらいかかります。その間、交代勤務をしており、1週間で2交代、12時間勤務です。ここでは外国人の従業員が相当多いです。日本人の従業員の方もいますが、ほとんどが外国人の従業員です。そこでは日本人と外国人の従業員が一緒に仕事をしているということです。
(2)中流部門
中流部門は、石油精製・元売りといいまして、いわゆるメーカーのことです。たとえば、エネオス、出光、コスモ、昭和シェル、エクソンモービル等がそうです。これらの会社には約2万名の従業員がいます。
ただ、これらの会社は石油だけではなく、植物からできたバイオ燃料も販売しています。地球環境にやさしい製品をどのように供給するかという努力もしています。このバイオマス燃料のもとはアルコールで、ブラジルから輸入しています。
それ以外にも、安定供給ということで石油備蓄がおこなわれております。今回の大震災で石油備蓄の放出という言葉を聞いたことがあるかと思います。石油の備蓄については、法律で決まっています。国家備蓄が90日分、民間備蓄が70日分と義務付けられているのです。この民間備蓄にしても経済産業大臣が「放出してもよい」と言わない限り、1日分も放出するわけにはいきません。今回の地震で精製所が止まってしまいましたので、タンクにある製品を緊急的に放出しようということで、2回にわたって放出しました。こういう有事の時のために国家備蓄、民間備蓄が義務付けられているわけです。この義務を怠りますと100万円の罰金が課されます。
中流部門の働き方ですが、ここは24時間装置を動かし続けていますので、2交代勤務や3交代勤務となっています。それから研究所もあり、研究所では高専卒、大学卒、大学院博士課程卒の方が相当多く働いています。ここではフレックスタイム制、裁量労働制を導入しています。備蓄基地ももっており、備蓄基地では部門によって2交代勤務や3交代勤務、日勤というように働き方が異なっています。
(3)下流部門
下流部門はいわゆるガソリンスタンドです。いまはサービスステーションといいます。これは全国に4万2000箇所あります。ここで働いている方が20万名強います。この中には正社員ばかりではなく、非正規社員の方々が相当多く含まれています。店長やメンテナンスをする方は正社員ですけれども、給油担当者の多くは非正規社員の方々というのが現状です。
Ⅱ ワークルール策定の取り組み
1.「誰もが安心して働ける職場」とは
みなさんは会社に入れば安心して働けると思うかもしれませんが、そうではない会社がたくさんあります。安心して働けない職場を誰が守っているのでしょうか。基本的には会社が守るべきなのですが、会社はどうしても利益優先に走ってしまいます。それは会社の宿命です。もちろんそうではない会社もありますが。しかし、大部分の会社は、株主がいて、株主に配当を出さなければなりません。収益が出なければ配当できません。配当ができない社長はいらない、といわれてしまいます。したがって、経営者は利益を追求するということです。利益を追求するために、働いている方々の人件費を削減しようとします。また、従業員に残業をしてもらったり、休日も働いてもらう場合があります。安心して働ける職場は、職場をきちんとチェックする組織がないと作れません。そのために労働組合があるのです。これからみなさんが会社に入られて、職場の労働条件がよい場合、その背景には労働組合が会社の経営者と交渉して作ってきたということがあります。
2.春闘
働く者の労働条件を改善するために、私たちは春闘に取り組んでいます。労働組合の役員は、職場で働いている方々の代表者です。労働組合の代表者が経営者と賃金交渉をおこなうのが春季生活改善闘争です。春季生活改善闘争は少々硬いことばですが、簡単にいうと春闘です。春に、このような交渉を必ずおこないます。労働組合のある会社がこういう交渉をしているのです。労働組合のない会社は交渉していません。ちなみに、労働組合組織率は日本全体で18.5%です。労働組合がない会社の場合、もし、会社が倒産してしまったら泣き寝入りするしかありません。労働組合があれば、会社が倒産しても、賃金や退職金等の労働債権の確保に取り組むことができます。このように労働組合は労働者の労働条件を守っているということです。
3.日本の労使関係の特徴
日本の労働組合と経営者との関係は協調的で良好な関係です。日本の労働組合は経済の状況、産業の状況、将来の可能性、さらには企業の収益状況等々を考えながら、正当な要求をします。ただ、正当な要求であっても、100%認められるわけではありません。ですから、今回はここまで要求が認められたので妥結する、というように毎年交渉しています。結果として、点ではなく線として交渉をおこなっているわけです。
Ⅲ 石油ワークルール策定の取り組み
1.石油産業の労働条件
石油産業の労働条件ですが、石油産業で働く労働者の賃金は相対的に高水準です。国家戦略上、なくてはならない産業ですし、そこには安定供給という役割もあります。石油産業が壊れてしまうと国家戦略上困ってしまいますので、世界各国とも石油産業で働く労働者の賃金は相対的に高いということです。石油産業の大卒者の月例給与の水準は、他の産業と比べると高い方だと思います。ボーナスも相対的に高い方だと思います。これらは春闘の交渉で勝ち取ってきた水準です。
2.労働組合がどのようにワークルールづくりに取り組んでいるか
ワークルールをどう作るかということですが、これは経営者と労働協約を結ぶということです。労働協約の内容の一部は、「○○会社と、日本化学エネルギー産業労働組合連合会・○○労働組合とは、相互の公正な理解と信義誠実の原則に基づいて、この協約を締結し、労使対等の立場に立ち、相協力して事業の興隆に努め、双方誠意をもってこれを順守することを確約する」、となっております。経営者とこういう文章をもって判をついて約束するということになっているわけです。労働組合がなければ労働協約はありません。労働組合のない会社は就業規則だけです。労働組合のある会社は就業規則プラス労働協約があるということです。労働協約は法律や就業規則に優先されます。労働組合があると、労働協約の水準を確保できるということです。
Ⅳ 若年層の就業力について
第一に、新卒者の就職が厳しい理由についてお話します。企業からの視点ですが、日本企業がグローバル展開の中で海外進出しており、日本の学生ではなく、海外の学生を採用するようになってきております。それから日本の市場が衰退しており、今後拡大する見込みが薄いということです。こういうことが新卒者の就職を厳しくしています。
第二に、若年層の基礎的能力が低下しているといわれています。これは個人というよりも総体としてそういわれています。なぜそういわれるのでしょうか。私は、教育や環境があまりにも整いすぎているということがあるのではないかと思っています。
第三に、能力低下と採用意欲ということで、合理化・効率化の中で、企業は余力がなくなってきています。ギリギリの人数でなんとかできないかと動いています。なぜ余力がないのかというと、消費者がモノを買わないからです。なぜ買わないのか。それは賃金が上がらないからです。また、正社員が減って非正規社員が増えている。非正規社員の方々は年収200万円前後で働いて、結婚も生活もできない。こういう方々が増えてきています。モノが売れなければ企業は生産を抑えます。そのことが循環して企業の収益を圧迫する。日本はこういう悪循環の中に位置しているということです。
第四に、若年層に求められる能力ということで、ひとつは「即戦力」とよく言われます。企業の言う「即戦力」と学生のみなさんが考える「即戦力」とは大きな隔たりがあります。企業が考える「即戦力」とは、一般常識と柔軟性です。公的資格を持っているかどうかというのは、企業からすれば重要なことではありません。一般常識と柔軟性をもっているかどうかが重要なことなのです。もうひとつは、社会に出て活躍するために必要な能力として、コミュニケーション能力と言われます。ここでいうコミュニケーションとは、仲間でわいわいやるというものではありません。いろんな組織人、いろんな階層の方々とすぐさまコミュニケーションをとれるものです。この組織のピラミッドはどういう形をしていて、どういう方々と付き合って、そこでどういうコミュニケーションをとらないといけないのかということを、社会に出る時には考えておかなくてはなりません。
Ⅴ 東日本大震災を受けて
1.復興・再生をめざして:化学エネルギー産業労働組合の提言
復興・再生をめざして、化学エネルギー産業労働組合(JEC連合)が提言しております。我々は政府、政党、議員、さらには経済産業省等の省庁、業界団体に提言力をもっています。震災以降、我々が検討した内容がいくつかあります。
1つはエネルギー政策の抜本的再構築です。原子力発電のあり方、さらには自立・分散型の電源をどう拡充するかということについて提言しています。今後はこういう視点がさらに強まると思います。ただ、原子力が減少すれば化石燃料の比重を上げざるを得ないと思います。
2つは産業基盤のあり方の再検討です。日本は優秀な技術をもって、高機能で多品種の部品を作っております。これを東北地方で相当多く作っていたのです。このため、震災によって、世界中で日本の部品が調達できなくなり困ってしまいました。今後とも日本が生き残っていくためには、部品作りは分散していかなくてはならないと思います。
3つめに立地選択と地域特性の強化です。ワンセットではなくてツーセット立地を促進するということです。日本は地震国ですからプレートによって分けられます。プレートごとに立地を考えるということです。太平洋プレート、東海プレートなどがある中で、何が起きてもその企業や産業が供給できるためには、ワンセットではなく、ツーセットで立地する。また、倉庫も分散させるということがこれから必要ではないかと思います。
4つめに産業当事者としてできることということで、エネルギー問題にどう貢献するかということです。我々の組織は化学とエネルギーの産業別組織として、超電導の応用や、人工の光合成、バイオマス発電等によって、「節電」から一歩踏み出し「省エネ世界一」の実現をめざさなければなりません。年月が相当かかりますけれども、これをいかに確立していくかということが日本のエネルギーの供給には欠かせないと思います。
5つめに技術立国として再生をはかる。すそ野の広い化学産業をきちんと育てていくということです。
最後に産業としての発展と技術的可能性ということで、動力・材料部門を含めて、我々が省エネを進めながら、戦略的産業として成長するということです。
2.立教新座高等学校 渡辺校長のメッセージ
立教新座高等学校、渡辺校長のメッセージを紹介します。これは今回の震災を受けて卒業式を中止したなかで、同校の卒業生に向けて送ったメッセージです。
「時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。……流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。……海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない」。
渡辺校長はこのようなメッセージを送られました。本日はさまざまなことをお話ししてきましたが、私の言いたいことも同じようなことです。
おわりに
働くということはすばらしいことです。イギリス人作家のケン・フォーレットは次のように述べております。「職は人間に生活の手段を与えるだけではない。自らに対する尊厳、誇りを確立していく手段でもある。だからある人から職を奪うと、その人が自分に自信を持つ機会さえ奪うことになる」。働くということは単に生活の糧のためだけではありません。
他方、我々は働く以上は、クオリティーの高い仕事をしなければなりません。ただ、職場環境や労働条件が悪ければそういう仕事はできません。したがって、職場環境や労働条件を改善するために労働組合があるのだと思います。そういう気概をもって私は労働組合の役員をやっております。
最後に東日本大震災からの再生復興とともに、力強い魅力ある日本を作らなければいけないと思います。そのためにも学生の皆さんには、将来を牽引するという気概をもって頑張っていただきたいと思います。我々労働組合は世界に冠たる日本、また世界に冠たる我々働く者、と胸を張って言えるような仕組み作りに努めています。そういう視点から労働組合を見ていただけたらと思います。ご清聴ありがとうございました。
以 上
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