連合寄付講座「働くということ」の私のまとめ
はじめに
今日は、連合寄付講座のまとめとして、いくつかの項目についてお話したいと思います。大きな流れとして、まず始めに労働組合とは何なのかについてお話します。その次に、日本の労働組合の苦難とは何なのかについてお話します。そして最後に、そうした苦難の中で日本の労働組合はどうあるべきなのか、ということについて私なりの考えを述べます。
特に、皆さんには、何故日本の組合は苦しいのか、ということについて、理解して欲しいと思っています。
1.労働組合とは
1-1.労働力の集団的販売組織
実は、この点が、日本では分かりにくいことであります。労働組合は、イギリスで発生しました。最初は、労働組合は、認められていませんでした。団結禁止法に抵触し、3ヶ月の投獄に課せられていました。くわえて、共謀罪と見なされると、7年間の流刑となっていました。
しかし、資本主義が発展し、雇用労働が発生した時、イギリスの労働者は、仲間で話し合い、自分達の賃金の最低水準を決め、その賃金以下では、働かないことを申し合わせました。そうした集まりが、まず、職人の間で発生しました。そうした慣行が発生する中で、1825年に平和的な話し合いが、違法ではなくなりました。その結果、賃金に関する話し合いは、違法ではなくなりました。
このように、自分達の賃金の最低水準を皆で話し合い、それ以下では働かにようにすること。これが労働組合の発生であります。このことを、抽象的に表現すると、労働力の集団的販売組織という表現になります。
では、もし、こうして決めた最低価格以下で、経営者が働かせようとすると、どうなるのでしょうか。この場合、職場で働いている労働者は、仕事を止め、家に帰ります。いわゆるストライキですね。このように、仲間同士の平和的な話し合いを通して賃金の最低水準を決め、そして、それが破られそうな時はストライキを行うことで、労働者たちは、自分達の賃金水準を維持していました。
こうした動きの中で、経営者は、労使関係を安定させるために、労働者との話し合いによって賃金を決める道を選択しました。これが団体交渉の始まりです。こうした一連の流れを追ってみると、労働組合とは労働力の集団的販売組織である、ということが、理解できるのではないでしょうか。
1-2.慣習的消費標準への固執
では、そうした話し合いによって決められる賃金は、どのような考えに基づいて決められるのでしょうか。労働組合とは何なのかについて書かれている本で一冊をあげろと言われれば、私は、ウェッブ夫妻の『産業民主制論』だと思っています。ウェッブ夫妻はこの本の中で労働者の心を「習慣的消費水準への固執」という風に述べています。これは物凄く単純なことで、例えば昨日までご飯を毎晩二膳食べていたのなら、今日も明日も二膳食べられるような生活ができる賃金水準を維持したいということであります。つまり、労働者は、今までの生活水準を維持したいと願う、ということですね。
ですから、労働組合がなくても、労働者のこの性質によって、賃金水準はある程度は標準的な水準で維持されるというのがウェッブ夫妻の観察であります。ただ、こうして作られた基準は、すごく曖昧なものだとも同時に述べています *1 。労働者個々人の性質に基づいていては、水準を明確に規定することができない、というのがウェッブ夫妻の観察であります。また、一度この水準が崩れ、賃金が低下すると、元の水準に戻らなくなる傾向があるとも、ウェッブ夫妻は述べています。そして、この欠陥を補う組織が、労働組合なのだ、とウェッブ夫妻は述べるわけであります。
労働組合が、習慣的生活水準を維持できるような賃金水準を、経営者と話し合い、きちんとしたルールとして定める。これこそが、労働組合の大きな役割なのであります。だから、労働組合とは少しも大それた存在ではないのです。ここが重要な点です。労働組合とは、生活水準を安定的に維持しようとするための素朴な組織なのです。
1-3.その方法
では、労働組合は、どのような手段によって、上で述べたような目的を達成しようとしているのでしょうか。
①相互保険
一つめは、相互保険の方法です。これは、簡単に言うと、労働力の安売りを防ぐために、失業者を仲間で助け合う、ということです。労働者が労働力の安売りを行おうとするのは、主に失業したときです。失業者は、職に就くために、決められた水準以下で働くことに合意する可能性があります。そこで、そうした安売りを防ぐために、労働組合は、仲間でお金を出し合って基金を作り、失業中の労働者の賃金保障を行いました。これが、失業保険の始まりであります。
②集合取引の方法
二つめは、集合取引による方法です。これは、簡単に言えば、経営者と労働組合のリーダーが、話し合いによって賃金を決める、ということです。つまり、団体交渉ですね。イギリスでは、こうした団体交渉は、19世紀後半ごろに定着していきました。
③法律制定の方法
三つめは、法制定の方法です。上で述べたように、労働組合自らが、相互保険や賃金の最低水準を決めていたわけですが、やがて、労働組合で決めるよりも、国の法律によって決める方が、はるかに能率的だと考えられるようになります。例えば、最低賃金法を制定することで、賃金の最低水準を決めた方が、個々の労働組合が経営者と話し合うよりも、能率的に賃金の最低水準を決めることができます。また、相互保険についても、政府の制度として、雇用保険を導入した方が、はるかに能率的だと言えます。このように、労働組合が担っていた役割の一部が、国による法規制によって行われていくことになります。
したがって、時代と共に、主な方法は③の法制定となっていく傾向があると言えます。しかし、法が整備されたとしても、労働組合にとっての基本は、②の集合的取引の方法、すなわち、団体交渉であります。全てを国の法律によって決めることは不可能なことです。例えば皆様が就職する会社の初任給は、最低賃金法によって決められているわけではありません。初任給を最低賃金の水準で払っている企業は、ほとんどないと思います。では、どのようにして決まっているのでしょうか。初任給の多くは、労働組合がある企業では、団体交渉によって、ない企業では経営者が決めています。ですから、労働組合にとって最も基本的な方法は、団体交渉であることをここでは覚えておいて欲しいと思います。
1-4.労働組合の経済的効果
労働組合が上のような目的を持った組織であるとして、労働組合は経済の効率性を阻害するのではないか、という疑問が必ず投げかけられます。例えば労働組合が労働者の賃金をあげすぎると、その産業はつぶれてしまうのではないか、というような主張が必ずあります。こうした疑問に対してウェッブ夫妻はどのように答えているのでしょうか。要約すると、「競争を賃金から製品の品質に促す」ということが、ウェッブ夫妻の主張です。賃金を下げて競争力をつけるのではなく、製品の品質や生産性をあげることによって競争力をつけていくように、経営を仕向けていくこと。こういう効果を労働組合は、国民経済にもたらすとウェッブは述べています。
また、労働組合によって、労働者自身も自らの能力をあげるように刺激される、ともウェッブは言います。なぜなら、賃金がある程度高い水準でしかも一定ならば、経営側は少しでも優秀な労働者を採用しようとします。そうすると、労働者側も採用されるために、能力を上げなければならなくなるからです。さらに、ウェッブ夫妻は、労働組合があることによって無能な雇い主の排除が進むとも述べています。組合と雇い主との間できめるルールの下で、会社を倒産させてしまう雇い主は、無能である。こうウェッブは断言しています。
このように、労働組合の存在によって、効率性の向上も促されるというのが、ウェッブ夫妻の主張であります。もちろん、今のグローバル競争の中でこの主張で良いのかどうかは、議論の残るところだと思います。ただ、ウェッブ夫妻の主張には、今の時代においても耳を傾けるべき部分もあるのではないでしょうか。
2.日本の苦難の根拠
視点を日本に移しましょう。日本の労働組合が直面している苦悩を理解する必要があります。
2-1.労使関係の分権化と賃金の個別化
図1をご覧ください。まず、縦軸は、団体交渉が行われているレベルを表しています。ですから、日本の場合、団体交渉は会社ごとに行われているので、縦軸の企業というところに位置付けられることになります。このように、団体交渉が、産業レベルなどで行われず、企業レベルでのみ行われているのが、日本の特徴の一つと言えます。
さらに企業中で個々人の賃金がどのように決まっているのかを見てみると、日本はさらに特殊な国だと言えます。図1の横軸は、賃金が集団的に取引されているのか、それとも個別に取引されているのかを表したものですが、ここを見れば分かるように、日本は、諸外国に比べて、恐ろしく賃金が個別化しています。
図1
これは、つまり、日本では賃金は一人一人違うものだ、ということが当たり前になっている、ということであります。知っておいて欲しいことは、ドイツ、スウェーデン、イギリス、アメリカなどの労働者にとっては、このことは当たり前ではないということです。日本の労働者だけが、賃金が個人個人で異なるということを、当たり前のことと思っているのです。ここが重要なことです。日本において、働く人が高い賃金を得ようとすれば、まず彼らが考えることは、上司から良い評価を受けたい、ということであります。労働組合に「賃金を高くしてくれ」、と頼みには行きません。
何故でしょうか。賃金が個別化しているからです。スウェーデンやドイツは違います。こうした国々では、自分の賃金を上げるために、労働者は労働組合へ頼みに行きます。この点は、日本と大きく異なる点であります。
確かに外部環境の変化、すなわち、グローバル競争の激化し、アメリカ型の自由主義市場経済の考え方が日本においても広まっていったことが、雇用問題を引き起こし、労働組合に困難な課題を突き付けていることは事実です。しかし、そうした問題以前に、個別化という組織労働者にとっては非常に厳しい環境の中に、日本の労働組合は置かれていた、ということを見逃してはなりません。この賃金の個別化こそが、日本の労働組合の苦難の根拠なわけであります。
では、そうした困難に直面する中で、日本の労働組合はどうあるべきなのでしょうか。
3.時代の変化と価値への希求の高まり
3-1.よき社会への追及
ここにきて、様々な問題が、出てき始めています。ワーキングプアーや、働き過ぎの問題などは、皆さんも良くご存じのところだと思います。いま、Decent workの実現が、真剣に求められている時期に来ていると言えます。
3-2.これからの日本がよるべき思想
フランス革命で有名ですが、自由、平等、博愛という言葉があります。私は、この思想を長い間正しいと思っていました。しかし、この思想はよくよく考えるとおかしな点があることに気付きます。自由は行き過ぎると放埓になります。平等は行き過ぎると画一になります。博愛は、偽善になる可能性もあります。だから、私達は、自由・平等・博愛が、放埓・画一・偽善に陥らないようにするために、自由に対しては規制を、平等に対しては格差を、博愛には競合を置く必要があるのです。しかし、規制をやりすぎると抑圧になります。格差をつけすぎると差別になり、競合を推し進めすぎると、酷薄になります。
では、どうするべきなのか。自由と規制のバランスをとり、秩序を生みださなくてはなりません。平等と格差のバランスをとることで、公正な社会を作らなければなりません。博愛と競合のバランスをとることで、活力ある社会にしていかなくてはなりません。この秩序・公正・活力ある職場や社会を、ルール形成を通じて作っていくのが、労働組合に課せられた主要な任務なのです。
4.ルール形成能力
4-1.その動力
この講義で「労働を中心とした福祉社会」の実現に向けた具体的なお話を、沢山うかがってきました。しかし、そうした社会を実現するためのルール形成能力は、日本にはあるのでしょうか。この点を私達は、考えていく必要があります。
ルール形成を行う主要なアクターは、誰なのでしょうか。最も適したアクターは、労働組合です。なぜなら、彼らは、実際に働いている人達の最も身近なところにいるからです。さらに、日本の労使関係が分権化している以上、新たなルールを形成していく上での動力は、企業レベルの組合をおいて他にはいません。
しかし、企業別組合の組合員は、団結とは程遠い、労働条件の個別化という世界の中で日々働いています。どうすれば、企業別組合は、改革の動力たる企業別組合の組合員を団結させ、新たなルールを作っていくことができるようになるのでしょうか。この問題は、日本の労使関係に課せられた、最も難しい宿題です。
4-2.ルール形成能力における日本の強みとは
この問題に関する私の考えは、目の覚めるようなものではなく、非常に地味なものです。これまで培ってきた日本の良さの延長線上にのみ、微かに日本のルール形成能力が宿っているかもしれない、これが、私の考えです。ただ、このことを理知的に認識する必要があります。このことをこれからお話します。
①労使の信頼関係を大切にする
これは、2005年に私が行ったGMの調査を経て強く感じるようになったことであります。GMには労使の「話し合い」というような風土はありません。しかし、日本では、労使の「話し合い」という風土は、ごく自然なものとして受け入れられてきました。この一見すると平凡なことが、実は非凡であるということを、つまり、日本の話し合いに基づく労使関係の強みというものを、私達は認識しなければなりません。
②日本の強みを活かす
これからの日本が、新たなルールを形成していくために、具体的にどのような取り組みを行っていくべきなのでしょうか。時間の関係上、三つのことを述べたいと思います。第一に、経営管理者層の部門間及び部門内部での「熟慮に基づく討議の時間をしっかりと確保し、それをルールに落とし込んでいくこと」が何よりも大切なことであります。これは、労働組合とは直接関係のないことですが、日本にとって重要なことです。今、経営にとって重要なことは、新しいビジネスモデルを構築することであります。これができなければ雇用も危なくなります。このビジネスモデルは、外部のコンサルタントが作ってくれるようなものではありません。企業内で熟慮に基づく討議を通じて作っていく他ないものなのです。
第二に、労使協議制の内容を大胆に拡大して深めていく必要があります。これからの日本は、経営方針や経営計画、部門目標とその重点について、丁寧に論じ合うようにしていかなければなりません。何故このことが重要なのでしょうか。さきほど、日本は、賃金を上げるためには上司の評価を得なければならないということを述べました。つまり、日本の賃金は、上司と部下の関係によって決定していることになります。そうであるならば、この上司と部下の関係は一体何によって規定されているのかを考えなければなりません。これを規定しているものが経営計画であり部門目標なのです。だから、労働組合は、この経営計画や部門目標についてしっかりと理解し、おかしいと思うことはおかしいと言わなくてはなりません。
そして、この討議において、単に目標のレベルといったことだけではなく、その目標を達成するために必要な労働時間などについても話し合っていく必要があります。経営が示す利益目標に対して、それはどのくらいの残業を想定した目標なのか等のことを、労働組合は経営としっかりと議論する必要があるのではないでしょうか。このように、経営計画や部門目標に対してしっかりと経営側と話し合いを行うことが、日本の労働組合が、個別化という風土の中で職場の共通規則をたてるためにできる一つの方法だと思うのです。
第三に、非正規従業員を含めた雇用の多様化に対して、新たな体系的なルールを作っていく必要があります。そのためには、労働組合にとっては非常にナイーブな問題ではありますが、(ア)多様な雇用グループを組織内の人的資源として一括して体系的に管理する部門を明確にすることや(イ)従業員代表制等の新たな話し合いの場を作っていく必要があると思われます。そして、そうした新たな管理組織や話し合いの場を通して、正社員と非正規社員の二つの層を固定的なものではなくなだらかな繋がりを持つものにしていくことや、それら二つの層の適切な格差の構造というものを作っていく必要があるのではないでしょうか。
私は、日本のように話し合いに基づく文化のある国では、これらのことは可能なことだと信じております。「失われた10年」を巡って、ルール形成能力の手腕が問われる時節に日本はさしかかっています。新たなルールをどうやって構築していくのか、今が正念場だと言えます。
4-3.グローバル化の中の日本
最後に、グローバル化と日本について少しお話しておきたいと思います。今まで経営計画は、国内についての計画でした。しかし、日本の市場だけでは、企業の収益は計画段階でマイナスとなります。そこで、今、企業は、地球規模で経営計画を立て、より一層の成長を目指しています。ただ、そこでの問題は、具体的に地球規模の経営をどのようにして具体的に回していくのか、ということであります。ここが今の経営が直面している課題の一つであります。
また、そうすると、地球規模で人的資源管理を展開していく必要性がありますし、それとともに、言語の問題も発生することが予想されます。
こうした問題に対しても、これからの労働組合は取り組んでいく必要があります。労働組合は、そうしたグローバル化の中でどのような役割を果たしていくのか。このことは、今後の労働組合にとって、大きな問題となっていくと思われます。残念ながら、この点に関する良い知恵は、今のところありません。
おわりに
ぜひ学生の皆様には、有能な経営者になって欲しいと思っております。産業民主主義の大切さを理解し、働く人個々人を大切にしたルールの設計と運用ができるような人になって欲しいと願っております。今日は、これからの労働組合はどうするべきなのかということをお話したいと言いました。その答えを出すのは、皆さんです。今日はどうもありがとうございました。
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