ローカル、グローバルな観点から課題をどのように把握するか
~連合の政策と取り組みの全体像について
はじめに
日本社会は持続可能な社会と言えるのでしょうか。私の考えを先に申し上げますと、今の日本社会には、社会としての持続可能性はない、と思っています。
日本の大きな特徴は、人口に占める雇用労働者の割合が非常に高いことです。現在日本の人口は、約1億2700万人ですが、雇用労働者はそのうち5400万人にのぼります。このことは同時に、働く者が社会の在り方に対して負っている責任が大きい社会である、ということを意味しています。
これまでの雇用労働者の中心は、男性正規社員でありました。彼らは、終身雇用および年功賃金の下、同じ会社に長期的に雇用されてきました。そして、彼らの家族も、彼らが稼いでくる賃金によって生活が保障されてきました。ここで重要なことは、夫が働き、妻が家庭を支えるという社会モデルに基づき、日本社会は組み立てられていた、ということです。
ところが、そのモデルが、近年崩れつつあります。そうした社会モデルからの逸脱を目指しはじめたことを良く表しているものとして、1995年に日経連が出した「新時代の日本的経営」という報告書があります。「新時代の日本的経営」において提言されたのは、「多様な働き方」でありました。その際に、日経連は、「雇用のポートフォリオ」として有名な、雇用を3つの類型に分けたモデルを提示しました。まず、1類型は、「長期蓄積能力活用グループ」であります。これは、従来の正規社員にあたるグループです。ここで重要なことは、従来ならばほぼ全ての働く者がこのグループにいたわけですが、今後は、管理職と総合職、および技術部門の基幹職のみをこのグループとすると述べられていることです。
では、それ以外の層はどうなるのでしょうか。それ以外の層が2類型と3類型となります。2類型は、「高度専門能力活用グループ」と呼ばれ、対象は、専門職(企画・営業・研究開発)であります。ここでのポイントは、2類型は、有期雇用契約となっている点です。それから、3類型は、「雇用柔軟型グループ」と名付けられ、一般職、技能部門、販売部門が対象となっています。ここも有期雇用契約です。
このように、仕事に応じて雇用形態を変えていこうというのが、狙いだったわけですが、この「多様化」という考えに基づいて、1990年代後半に労働法制も変えられていくことになります。その結果、非正規雇用が、全雇用労働者の1/3を超えるまでに膨れ上がる事態となってしまいました。さらに、この非正規雇用の増加は、年収200万円以下の人達が、1000万人を超えるという事態も引き起こすこととなりました。家計収入の主な稼得者の年収が200万円だった場合を想像してみてください。このような年収では、家族を養うことは到底できません。多様化の下、雇用はどんどん劣化していったわけです。
そうした現状を反映してか、マクロの指標も悪化してきています。かつて「ジャパンアズナンバーワン」と言われた国の一人当たりのGDPは、20位台にまで落ち込みました。また、貧困率は、OECDの中でアメリカに次ぐ2番目の国となっています。こうした格差の拡大は、次世代への教育格差へと繋がっていくものであり、深刻な問題であると言えます。くわえて、女性の社会進出も遅々として進んでいません。
こうした現状を踏まえ、私は、日本社会は持続可能な社会ではなくなってしまっている、と思っております。日本社会は、直面する様々な課題に対する有効な対策が講じられないまま、持続可能性が脅かされているのです。
だからこそ、持続可能な社会にしていくために、新たな社会モデルを早急に構築することが、いま求められているわけです。
1.現状認識
では、新たなモデルを構築していくためには、何をしなければならないのでしょうか。まず、正確に時代を認識しなければなりません。神野直彦先生が『希望の構想』という著書を出されているのですが、そこに時代認識を非常に分かりやすく、端的にまとめられておりますので、そのまま引用したいと思います。
「戦後日本社会は、福祉国家路線を選択し『一億総中流』社会を実現した。しかし、重化学工業を基軸とする産業構造を基盤とした福祉国家は行き詰まり、これに対する批判として『新自由主義、市場原理主義的改革=小さな政府路線』は登場した。福祉国家の行き詰まりとは、福祉国家に集約されていた経済システム、政治システム、社会システムという相互補完関係が崩壊したことを意味する。重化学工業を基軸とする古き時代が、軽工業から重化学工業へと基軸産業を移行させる第2次産業革命に導かれていたとすれば、新しき時代は基軸産業を知識集約産業へと移行させる第3次産業革命によって先導されていく。」
このように彼は指摘しています。つまり、先ほど申し上げましたこれまでの日本的な社会モデル、すなわち、性別役割分担に基づいて男が家族を養うために外で稼ぐ、女は家を守るというモデルは、実は重化学工業を基本とする社会の中で成り立っていたものであり、その基盤が産業構造の変化によって変わってしまったということを、神野先生は述べているわけです。
ここでまず私達が、認識しなければならないことは、私達が100年に一度起こるような時代の大きな転換期におかれているということであります。かつて世界は、1929年に始まった世界恐慌を境に、パクス・ブリタニカが終焉し、戦後、パクス・アメリカーナと呼ばれる時代に突入しました。そして、2008年のリーマンショックに端を発した世界同時不況は、パクス・アメリカーナの終焉をもたらしつつあります。つまり、新たな秩序の形成が求められているのが、現在なわけであります。くわえて、こうした社会の秩序の変化は、産業構造の転換と同時に起こる傾向があります。したがって、我々は、あらたな秩序を作っていく上で、産業構造の転換にあった社会のシステムを作り上げていかなければなりません。
しかし、現在の日本は、まだこの大きな産業構造の転換に適合した、新たな仕組み作りに成功できていません。では、神野先生の言う第3次産業革命とは一体どのような産業構造の転換を指しているのでしょうか。この点を確認しなければなりません。
第3次産業革命の基軸産業とは、トフラーが『富の未来』という本で指摘していますとおり、コンピュータ・インターネット、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、宇宙産業の四つであります。コンピュータは、モノの作り方を根本から変えてしまうほどの大きな影響力を持つ技術であります。また、インターネットの普及は、情報の普及をこれまでにないくらい加速させるとともに、情報の流れを双方向のものにしました。これまで前提としていた生産の仕方や時間概念というものが、コンピュータ・インターネットの登場によって大きく変わったわけであります。
バイオテクノロジーは、遺伝子のレベルまで、研究やビジネスの範囲を広げました。例えば、農作物の新種開発には、この技術がふんだんに活用されています。さらに、ナノテクノロジーも同様に、我々を10のマイナス9乗メートル(分子の世界)の世界にまで、つまり、これまでは見ることができなかった世界を操作することを可能にし、ビジネスの範囲を広げました。このテクノロジーによって、我々はDNAの世界にまで足を踏み入れられるようになったわけです。
このように、これまで重厚長大といわれていた重化学工業から、上で述べた技術が中心となるような産業へ、いま基軸が変わりつつあるのです。その結果、生産の仕方、働き方、時間の関係、距離の関係等が劇的に変わったわけであります。したがって、そうした変化に適応した新たな社会モデルをどのように作っていくのかが、我々にとっての大きな課題なのです。その点で、日本は立ち遅れています。早急に新しい理念を打ち立て、新たな社会作りに進んでいかなければならないのです。
2.労働市場と労働組合
新自由主義・市場原理主義は、労働組合を、「個人の自由意志と契約自由の原則」に反するものとして扱い、もっぱら、労働市場の規制緩和・自由化を推し進めてきました。その結果、労働組合、労働運動の社会的影響力が低下することになりました。
労働組合とは、労働市場に圧力を加えて規制する存在であります。ですから、原理的には、自由主義と労働組合は相容れないものです。市場に任せることは、労働者にとって良いことではありません。労働組合がビルトインされていない労働市場では、常に労働は商品として扱われ、ダンピングが発生します。経営との力関係において弱い立場の労働者の賃金は、どんどん低下していきます。これに対するカウンターパートがいないと、労働市場の力関係はバランスのとれたものになりません。
このカウンターパートこそが、労働組合なのです。労働者の団結と信頼によって、自らの販売価格を集団的に決定し、それ以下では働かないようにすること。これが労働組合の持つ本来的な機能であります。このように、市場のダンピングから労働者を守ることが、労働組合の機能だったわけです。
現在の日本社会の劣化は、労働市場の規制緩和によってもたらされた面が多分にあります。そうした現状をいかに是正していくのかということは、労働組合にとって非常に重要な課題であります。
3.新たな社会モデル:労働を中心とした福祉型社会
世界同時金融危機とそれに端を発した世界不況は、「市場経済は人間社会にとって、重要なツールではあるが目的ではない」ということ、および「労働は商品ではない」ことをもう一度再認識させるきっかけを作ってくれました。今我々には、グローバルな市場経済という手段に振り回されるのではなく、人間のために機能する新たなシステムと枠組みの構築が求められているのです。
現在連合は、私たちの足下で進行している事態に対する冷静で健全な危機意識を共有し、社会の持続可能性を確保し、希望の持てる国日本とするために、日本社会を「労働を中心とした福祉型社会」へ移行することが不可欠であると確信しています。
私達は、働くことに最も重要な価値を置き、全ての人に働く機会・公正な労働条件、職業能力開発の機会を保障し、仕事と家庭生活・子育てが両立でき、必要に応じて社会保障が受けられるセーフティーネットが張り巡らされた社会を実現しなければなりません。そして、そうした政策をより良く機能させていくために、ディーセントワーク、ジェンダーフリーと言った理念と、雇用とワークルール、男女共同参画社会等の具体的な政策を実行していかなくてはなりません。
しかし、持続可能な社会は、連合だけの取り組みで作ることは出来ません。経済界、学者、文化人、そして政府を巻き込んで取り組んでいく必要があると考えています。
4.日本の労働組合の実際とナショナルセンター
日本の労働組合と諸外国の違いは、企業別組合が中心となっているということです。このことによって、企業間の分断が起きてしまい、社会的な連帯が必要な課題を解決すること、例えば賃金の社会的相場形成、均等・均衡待遇等を実現することは、大変難しいものとなっています。こうした企業別組合の持つ弱点を補うためにあるのが、ナショナルセンターである連合であります。企業の枠を超えて団結して取り組まなければならない課題について取り組むのが、連合の役割であります。
連合の役割は、大きく三点あります。一点目は、この国の全ての働く労働者が仕事を確保できるような政策を実施させることです。二点目は、全ての仕事が良質な条件の下で提供されるように、ワークルールを作っていくことです。三点目は、賃金の社会的相場を作り、性別、雇用形態にかかわらず、働きに応じて決定される賃金を実現していくことです。
上の三点を実現するために、五つの取り組みをおこなっています。一つは、政策制度の立案と実現です。二つめは、国際労働運動への参加です。三つめは、組織拡大の環境作りです。四つめは、平和運動の展開です。五つめは、政治勢力の結集です。
おわりに
連合が公正な労働市場を作るためにおこなってきた取り組みには、多くの反省すべき点があります。2003年に外部の有識者から構成された連合評価委員会から、「もう一度労働運動を歴史の文脈において捉える必要がある」ことを指摘されました。また、労働の価値と労働運動の存在理由を問い直すべきだとも言われました。
労働運動は、社会の不公正、不条理に正面から立ち向かわなければなりません。また、社会の弱者に寄り添って進めねばなりません。これはつまり、集まっている組合員だけではなく、全ての労働者に対して運動をおこなっていかなければならないことを意味しています。
政権交代によって新しい日本を作りだす可能性が開かれました。その中で、連合は、新しい社会を作っていく当事者であるという自覚の下で、日本にもう一度「公共」という思想と制度を定着させていきたいと思っております。
ご清聴有難うございました。
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