民主党政権下での労働運動について
~いまの時代性を歴史、海外の事例から考える
はじめに
この講座の全体のテーマは「働くということ」です。働くということは、真空のような何もない中でおこなうべきものではありません。しっかりしたルール、しっかり制度の下で働かなければいけません。先進国の歴史を振り返ってみますと、働くための制度は政治と非常に深い関わりがあります。現在、「福祉国家」という言葉がありますが、この「福祉国家」を実現するために、ヨーロッパでは労働組合と政党が協力して努力するという歴史もあります。つまり、「働くということ」を考えるとき、政治というものの意味を無視してはいけないと思います。したがって、今日「民主党政権下の労働運動――歴史と海外の事例から考える――」というテーマで、労働組合と政党、政治の関わりを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
1.労働組合と政治
昨年の8月30日に行われた総選挙の結果、いわゆる政権交代が実現されたわけです。その結果として、労働組合が支持・支援する政党が、国会のなかで安定的な議席を得て、政権の座につきました。これは日本の政治史上、実質的にはじめてのことです。日本の歴史上、労働組合が支持する政党が政権の座につくのは、「短期」ということであれば、ないわけではありません。1947年の片山(社会党)内閣、1993年の細川内閣(7党1会派、社会党、民社党参加)、1994年の村山内閣(自民党と社会党との連立政権)、これらの政権は労働組合が支持する政党が関わっていました。しかし、「短期」に終始しただけでなく、内閣の構成のなかで、労働組合が支持する政党は少数派にすぎませんでした。この2つの理由でこれらの政権は積極的に労働者の立場にたった政策形成をおこなうには至りませんでした。しかし今回は、以前と違って、労働組合が支持・支援する民主党が、国会のなかで圧倒的な多数の議席を取りました。現在、マスコミは連日、鳩山政権の存続について報道していて、これからどうなるかは、間もなく参議院選挙もありますし、私も分かりません。とはいえ、昨年8月の政権交代を通じて、労働組合(連合)は、支持政党が政権与党の座についたという歴史的な変化を起こしたのです。
現在、新聞やテレビなどのマスコミが「労働組合が政治や政権に接近する、あるいは政党を支持・支援することは悪いことである」という考えを宣伝している例がとても多くあります。しかし、国際的な常識からいえば、全く間違った解説をしていると思います。先ほど紹介した通り、労働組合が支持・支援する政党が実質的に政権の座につくのは、日本でははじめてのことですが、欧米ではむしろ自然のことです。例を挙げますと、イギリスでは労働党が政権につくことがよくあります。1920年代には短期でしたが、第二次世界大戦後は保守党とおよそ半々です。現在のブラウン政権も、支持率が低下していてつぎの選挙ではどうなるかわかりませんが、現段階では労働党政権です。この労働党政権は、イギリスの労働組合が支持・支援する政党です。アメリカでは、民主党政権が、労働組合が支持・支援する政党です。典型的な例としては、1930年代のルーズベルト大統領は民主党政権でありますし、現在のオバマ政権も民主党政権です。ドイツでは、社会民主党が労働組合と深い関わりを持つ政党です。現在のドイツは保守党政権ですが、1970年代以降は社会民主党と保守党がほぼ半々、政権の座についていました。そしてスウェーデンにおいては、社会民主党が、労働組合が支持する政党です。現在のスウェーデンは保守派内閣ですが、1930年代以降の長い時期、約80%の期間が社会民主党政権でした。このような国際的な常識からみると、労働組合の支持政党が政権与党の座につくのはごく当たり前のことだと言えます。
現実からみると、労働組合は積極的に政治的な活動をせざるを得ないということを示す事例が多くあります。日本の「労働組合法」第2条には、「労働組合とは、労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他の経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう」、そして第2条の第4項には「主として政治運動又は社会運動を目的とするものは除外」と書いてあります。具体的に想定されているのは、労働組合の活動は労使関係を通ずる労働条件形成、すなわち労働に関わるルールの形成だということです。しかし、主たる活動ではないが、労働組合の政治との関わりを否定してはいません。現実的にも、労働者の労働条件を維持・改善するためにも、経済的地位を向上するためにも政治活動が必要です。つまり、労働組合の政治活動は、労働組合にとって主たる活動ではありませんが、必要な活動であると認められているのです。
2.労働組合が政治とかかわる理由
それでは、なぜ労働組合は政治と関わらなければならないのでしょうか。いくつかの理由があります。1つは、労働組合の存在自身が、政治制度に左右されるということです。皆さんで勉強していただければ良いと思いますが、世界で本格的な労働組合が作られたのは1760年代のイギリスです。そして、労働組合が作られて間もなく、1799年に「団結禁止法」が制定されました。要するに、この法律によって、労働組合の存在は非合法となりました。労働組合は活動すると、また個々の労働者が労働組合で積極的な活動をすると、犯罪になるということです。日本でも1897年に高野房太郎という人が創設した「労働組合期成会」があります。これは労働組合の結成を目的とした団体です。この団体が結成された直後、鉄工組合、日本鉄道矯正会などの労働組合が結成されました。しかし3年後の1900年に、日本では「治安警察法」が制定されて、労働組合の活動やストライキは犯罪であるということになってしまいました。しかし現在では、先進国では労働組合の存在は当たり前になっています。
日本では、憲法28条に労働三権に関する条文がありますが、保守政党は一般に、労働組合の権利の制限に力を入れる傾向にあります。日本では公務員制度問題があり、公務員には団結権がない状態になっています。今、民主党政権がどのように公務員制度を改革するのか、その動向に注目すべきです。そして自民党政権の時期には、チェックオフ禁止規定が制定されました。チェックオフとは、使用者が給与支給の際、労働者の賃金から組合費を天引きし、労働組合に一括して渡すことをいいます。チェックオフが認められないと、労働組合は組合員の一人ひとりから組合費を徴収しなければならず、事務運営が大変になるわけです。自民党政権ではチェックオフを禁止して、組合を弱めようとしていました。
また、直接組合弾圧を意図していないようにみえる立法でも、労働組合の組織率に大きな影響を与えるケースがあります。例えば労働者派遣事業法の制定です。
外国にも、例えばイギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権、ブッシュ政権などは、労働組合の活動を制限していました。したがって、労働組合からみると、政治というものは、労働組合の存在それ自体にとって非常に重要だと、歴史と現実から読み取れます。
2つ目の理由は、労働をめぐるルールは、少なくともその最低基準を法定化しないと労働者全体のなかでは実効がないということです。労働組合の最も大きな役割は、仕事をめぐるルールを作ることです。ルール形成の中心は、団体交渉です。日本では企業別団体交渉ですが、団体交渉では、基本的に組合員のみが対象となり、未組織労働者には適用できないのです。これにはもちろん例外があり、例えばフランスでは、労働組合の組織率は10%もないのに、労働組合と経営者側と交渉して締結した労働協約が80%以上の労働者に適用されています。しかし日本ではそうなっていません。
現段階の事例を挙げますと、ワーキクングプアといわれる、貧困状態にある労働者がかなり増えていることがあげられます。その少なくとも1つの要因は、労働者派遣事業法の制定と無制限化です。周知のように、現在日本の労働組合の組織率は18.1%であり、かなり低い水準にあります。大企業の労働者は組合に加入していますが、多くの中小企業には労働組合がない状態にあります。そして非正規労働者は近年急増してきて、彼らのほとんども労働組合に加入していません。したがって、労働組合は、労働にかかわるルールを全労働者レベルで実効あるものにするために、労働関連の法律、例えば労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法などの創設と拡充のために努力をしています。例えば最低賃金法の改正は、2007年参議院選挙で民主党が勝利して実現しました。そして育児休暇制度は1960年代にはじめて企業段階の協約として成立しましたが、これは、当時の電電公社(現在のNTT)の労働組合が最初に要求したのです。当時の電電公社には女性労働者が多かったので、組合は育児休暇制度の創設を会社側に要求し、交渉して制度を創設しました。しかしこの育児休暇は、当時、あくまでも電電公社の労働者に適用される制度でありました。しかし、全労働者に適用するためには、やはり法律がないといけないということで、育児・介護休業法が創設されたのです。つまり、労働に関する制度は、政治のあり方によって違ってくるのです。アメリカでも同様で、アメリカの最低賃金は4年前に民主党が議会で多数派を獲得した後に、引き上げられたのです。
3つ目の理由は、ソーシャル・セーフティネットがなければ労働者は生きていくことはできないということです。労働者はその生涯をつうじて、いつもリスクにさらされています。具体的には、傷病、失業、引退後の所得の喪失、要介護状態などです。これらのリスクに対応するために、ソーシャル・セーフティネットの考え方が出てきました。最初、労働組合はお互いに助け合う仕組み、すなわち共助の仕組みを作って、リスクをカバーしようとしていました。イギリスでは1850年代のクラフトユニオン、日本では1890年代の機械工組合などが共助の仕組みを作っていました。例えば、組合員の誰かが失業した場合、労働組合が組合員から徴収した組合費から彼に提供して保障するという仕組みでした。ただし、この制度では、すべての労働者の面倒を見ることはできません。したがって、国家の制度としてさまざまなリスクに対応する制度、いわゆるセーフティネットの確立が求められたのです。
最後に4つ目です。今のマスコミには非常に良くない点があります。それは国民を観客席においていることです。たとえば、支持率は何%とか、政権は良いか悪いかなどで、本当に大事なことは、国民がどれだけ政治のあり方に参加しているかということです。近代社会の最初の時点では、労働者には発言権はありませんでした。企業の中では経営者の専制があり、政治は資産家だけが影響力を持っていました。このような状況の中で、労働組合は労働運動を通じて、企業と社会の両面での発言権の制度化を求めたのです。発言権は、政治では普通選挙権を通じて実現されますが、企業内では団体交渉権から共同決定へというプロセスを通じて実現されます。現在、国の重要な政策決定にあたっては、ソーシャル・パートナーシップ、要するに政労使(政府、労働者、使用者)三者の協議制度が確立されている国が多くあります。日本では労働政策に関しては公労使参加の審議会がありますが、「公」の部分はほとんど大学の教員になっていて、政府の代表ではありません。したがって国際的な基準からすれば、似非三者協議制度であるといえます。
これまで述べてきたとおり、労働組合は、経営者(経営者団体)を相手にして団体交渉をおこない労働条件の確保をはかると同時に、政治面でソーシャル・セーフティネットの確立と発言権の強化を内容とする制度・政策の実現を課題として活動してきました。ソーシャル・セーフティネットと参加は、福祉国家の中心的な内容です。したがって労働組合は、社会民主主義政党あるいは労働者政党とともに、福祉国家の実現を求めて活動してきました。
3.労働組合はどのように政策実現をはかるか
どの国の労働組合も政治と関わっていますが、その関わり方の大きな部分は、政権を担当しているか、または政権をめざしている政党との関係です。国によって違いがあります。この関係の大きな流れは歴史的には3つのタイプがあります。
1つ目は労働組合が労働者政党を作るタイプであり、イギリスが代表的な例だと思います。1906年結成された労働党は、実際に労働組合が作った政党です。今、イギリスの労働党は若干変化し、すべて労働組合の意向をくんだ政策形成をおこなうわけではなくなりましたが、創立された時点で言うと、労働組合が作った政党です。
2つ目は労働組合が社会民主主義政党を実質的に支援するタイプで、ドイツはその代表例だといえます。19世紀半ば、社会主義政党の結成が先行し、その影響下で労働組合が作られました。第二次世界大戦後、西ドイツでは政党支持の自由の原則のもとに統一労働組合が成立しましたが、実質的には社会民主党を支持・支援する組織が多かったのです。そして現在のドイツは、労働条件決定レベルでは、労働組合と従業員代表制による「二重の代表制」、政治レベルではソーシャル・パートナーシップ制と位置付けることができます。労働組合が明確な政策上の焦点を持っていることが特徴です。
そして3つ目は相対的にリベラルな政党を支援するタイプであり、アメリカはその代表だといえます。労働者の政党ではないが、リベラルな政党の中に、労働組合のグループを作って、その政党を支援するというやり方です。現在の日本はこのアメリカ型の類型に属するといっていいと思います。
4.労働組合の求めていることがなんでもできるわけではない
しかし、労働組合が支持・支援する政権ができたからといって、労働組合の要求がただちに実現するわけではありません。労働組合が求めていることがなんでもできるわけではなく、これは当然のことです。具体例を挙げますと、1974年、イギリスの第二次ウイルソン内閣のもとでの社会契約があります。当時、労働組合はオイルショック後のインフレに対応するために、大幅の賃上げを要求しようとしました。生活が苦しいから、労働組合は当然賃上げを先に思いつきます。しかし、賃上げによりコストプッシュ・インフレーションが生じてしまう恐れがあり、まずは物価を抑える必要がありました。そこで政府と労働組合の間で社会契約を結び、保守党政権下での労使関係法を撤廃し、高所得者に対して課税を強化し、物価抑制策を実施することなどに政府が責任をもち、一方、労働組合は賃上げ闘争をしないと約束しました。先ほど、日本でもソーシャル・セーフティネットを作るべきと紹介しましたが、これを実現するためにはかなり厖大な費用が必要となります。資金はどこから出すかは、これから労働組合と政府の間でかなり深刻な議論になると思います。
また、労働組合間の対立が発生してしまう可能性もあります。実際の例がありますが、1981年フランスのミッテラン左翼政権の時、CFDTという組合は社会党を支持し、CGTは共産党を支持しました。
日本では、歴史的にはドイツ型に近かったといえます。労働組合は無産政党の分立とともに分立していました。しかし1989年連合が結成された後、分立状態が終結し、労働組合と民主党との関係はアメリカ型に近い形になりました。
連合には2つの視点があります。1つはセーフティネットを中心にして、労働者生活の立場から制度・政策に力をいれることであり、もう1つは民主主義の進化発展のために、政権交代を実現することです。この2つの視点に基づいて、労働組合(連合)は民主党に対して積極的な支援をおこなってきたといえます。特に2000年以降になると、小泉首相・竹中大臣は市場万能主義の考えに基づいて、多くの労働や労働者に関するルールを緩和しました。民主党政権はまず、これらの「負の遺産」を整理しなければならないと思います。すなわち、多くの労働や労働者に関するルールを見直さなければならないということです。
5.観客席からプレーヤーへ
では、鳩山政権成立後、連合はどのように政治・政権に関わっているかというと、1つ重要なのは政府・連合トップ会談という形です。今まで2回トップ会談を実施しました。これは今までの政権と大きく異なっており、政権交代後の大きな変化を象徴していると思います。小泉内閣時代にも「経済・財政諮問会議」がありましたが、財界メンバー中心で構成されていて、労働組合代表は選任されていませんでした。トップ会談では、厳しい雇用情勢をどうやって改善していくかについて議論がおこなわれています。人事の面でも、政府の中に、組合のリーダーを務めていた人たちが登用されていて、労働組合の発言権は政権交代を通じて大きく強化されつつあるといえます。
しかし問題は中身です。連合が求める政策の内容は何かというと、1つは「労働を中心とした福祉型社会」の実現です。そして格差社会の是正や、貧困問題の解決、尊厳ある労働の確立、社会的セーフティネットの再構築などがあります。また、「日本版グリーン・ニューディール政策」の推進やワーク・ライフ・バランスの推進などもあります。連合はこれらの問題について、政府と議論しながら政治、政策の面から解決策または推進策を考え、推進していく必要があります。
これらの政策内容を求めていく中で、やはり労働組合は次の側面で努力しなければならないと思います。1つ目は、日本の雇用労働者を代表する資格をより強めることです。18.1%の組織率はやはり低く、組織率を高めていく必要があります。2つ目は、加盟している産別組織の利害を超える、ナショナルセンターとしての統一性を強化することです。例えばCO2の削減について産別間では意見が異なっていますが、連合は各産業間の異なる意見を統合しなければなりません。3つ目は、社会に多様な利害と意見があるなかで、議論・調整する場を設定することです。連合は日本でも有数の大きな組織ですが、ほかに多くの社会団体やNPO組織などがあります。これらの組織の議論への参加を保障し、多様な活動主体とのネットワークを構築することも非常に重要です。
今までの自民党政権時代において、労働組合は野党側としての立場から、「反対」「要求」という形での取り組みが中心でしたが、現在の民主党政権においては、例えば就業・雇用機会の拡大やソーシャル・セーフティネットの構築などの問題を考える際に、要求するだけではなく、共に創る視点が必要になってきました。一緒に作っていくという考え方が必要ということです。すなわち、観客席からプレーヤーへ、受益者または被害者から、政策当事者への転換が重要になってきたのです。
民主党政権になって、労働組合は政権に参加でき、「労働を中心とした福祉型社会」の実現が可能となる時代になりました。労働組合はこのチャンスをぜひ掴んで、今までと異なるアプローチをおこなっていかなければならないと思います。
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