グローバリゼーションにいかに対応していくか
~国際労働基準とILO、国際労働組合運動の役割~
1.労働組合運動を取り巻く状況
(1)グローバル化の進展による相互依存関係の深化
2008年9月、アメリカの大手投資銀行の経営破綻を契機に金融・経済危機が露呈し、それは瞬時に全世界に波及しました。日本も大きな影響を受け、雇用情勢は一挙に悪化しました。金融危機の下で、ローンによる消費に依拠してきたアメリカの消費者は、旺盛な消費意欲を維持することができなくなりました。また、ヨーロッパの金融機関はサブプライムローンに大きく関与していましたので、危機の進行はヨーロッパ市場の収縮をもたらしました。その影響で、日本をはじめとする輸出主導型経済の国々が、大打撃を受けました。
このように、グローバル化の進展による相互依存関係が深まっている状況下では、雇用の維持や賃金・労働条件の向上などの労働組合の基本的な役割すら、一国内で自己完結的に果たしていくことは不可能になっています。ですから、労働組合運動にとって、国際連帯・協働活動が一層重要になっています。特に、国際機関や政府間会合の政策決定・実施に大きな影響を受けるため、それらへの提言・要請およびその実現を求める活動が重要となっています。
(2)国際労働組合運動の組織現況と運動課題
労働組合の活動を国際的に展開するために、様々な国際労働組合組織があります。実質的な唯一のインターナショナル・センターは、ITUC(国際労働組合総連合)です。これは2006年にICFTU(国際自由労連)とWCL(国際労連)の統合を基礎にして結成されました。現在、157の国と地域、312組織、1億7000万人の労働者が集結しています。この組織が最重要課題として取り組んでいるのは、「すべての人にディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を実現する」ということです。
2.労働組合の国際活動の主な領域と課題
(1)OECD-TUAC、GUFsなど国際労働組合組織の活動への参画
①OECD-TUAC(Trade Union Advisory Committee)
OECD-TUAC とは、OECD加盟30カ国の労働組合で構成される諮問委員会で、OECDが決める様々な政策に、労働者の意見を反映させる活動を行っています。人権・労働組合権、環境、科学技術、汚職・腐敗など多くの多国籍企業が守るべき行動規範を定めた「OECD多国籍企業ガイドライン」の実施を求める運動も重要な活動分野です。
②GUFs(Global Union Federations)
GUFsとは、金属(IMF)、交運(ITF)、公共(PSI)、教育(EI)、化学エネルギー(ICEM)等の10の産業別労働組合の総称です。これらの組織は、各産業で働く労働者の利益を守り増進するため、当該産業の国際使用者団体との交渉などを通じ、より良い産業政策の確立や産業の特性を踏まえた働き方や条件に関する国際基準の樹立に向けて活動しています。また、ITUCや各国の労組ナショナルセンターおよび加盟組合と協働して、企業の行動規範に関する労使協定であるGFA(グローバル枠組み協定)の締結と実施の活動を進めています。
(2)ILO総会、理事会への参画と活動推進
ILO(国際労働機関)は、最も長い歴史を持つ国連機関で、政労使三者構成というユニークな組織構造を持っています。主な役割は、国際労働基準の設定とその適用の監視です。 公正なグローバル化に向けた重要課題であるディーセント・ワークの実現も、政労使共同の課題として推進されています。
ディーセント・ワークの実現は、「ジェンダー平等の原則」を基礎に、以下の4つの戦略目標の達成を通じてなされます。
3.「グローバル危機」への対応
(1)国際労働組合運動の国際機関、政府間会合への働きかけ
国際労働組合運動は、ディーセント・ワークを、経済危機を克服するための要石と位置づけて対応しています。G8やG20の政府間会合に向け、その国々の労働組合指導者が集まって議論をし、どのような要請をおこなうかを決定します。2009年のイタリアでのサミット時にも、様々な要請をおこないました。また、2009年4月のG20ロンドンサミットにおいても、積極的に働きかけを行いました。その結果、首脳声明の「回復、改革のためのグローバル・プラン」における「万人のための公平で持続可能な回復の確保」など多くの項目に、労働組合の意見が反映されました。その声明は同時に、ILOによる「グローバル・ジョブズ・パクト」(仕事のための世界協定)にも言及し、議論進展に影響を及ぼしました。
また、このG20時に、経済危機への対策として、米・英・加・日が「金融機関に対する更なる公的資金の投入」を主張する一方で、独・仏・伊は、「金融に対する手立てだけでは不十分で、社会的側面を重視した総合的な回復策を提示しなければならない」と主張しました。この議論内容を考える材料として、IMFが2007年に調査した「GDPに占める社会支出の比率」があります。先進国の平均は14.2%、中東ヨーロッパ11.5%、北米6.4%、ラテンアメリカ4.5%、アフリカ2.8%、中東2.2%、アジア太平洋地域2.2%となっています。つまり、我々の住むアジア地域では、教育・労働関連・医療福祉関係への社会支出が少額であり、改善が求められていることは明らかです。これも重要課題の一つです。
(2)ILOの取り組み
ILOでは2008年11月と2009年3月の理事会の議論を経て、2009年6月の総会で、”Recovering from crisis: A
Global Jobs Pact”を満場一致で採択しました。この中で、政労使が共同で取り組む課題として次の5点を決定いたしました。
(3)幾つかの国での取り組み
グローバル危機への対応の海外事例を紹介します。
フランスでは、2009年1月29日と3月19日に、労働8団体の呼びかけで、非常に大きな全国スト・デモが実施されました。ここでは、「組合戦線」に、「政治戦線」「社会戦線」が加わった「人民戦線」という全国的な規模の戦線が形成されました。このデモに対して、フランスの有力紙ル・モンドは、「フランスは、危機の影響を可能な限り緩和する最も有力な切り札をもつ国のひとつ」と評価しました。日本でこのような活動が起こることはありえるでしょうか?
また、アメリカではオバマ政権の下で、中産階級の勤労家庭への教育・就職支援等を検討する「中産階級勤労家庭に関する大統領官邸特別委員会」が設置されました。くわえて、連邦政府は、労使関係の安定、適正な労働安全、公正な雇用機会の確保等をはかるため、公共事業に携わる企業に対して、労働組合との「事業労働協定締結」を求めています。この背景には、オバマ政権とAFL-CIOなど労働組合との密接な連携があります。日本の雇用関係の施策が時限的なものであるのに対して、アメリカの施策は恒久性を持ったものとして立法されており、注目すべきです。
(4)世界から日本の現状をみる
最後に日本の現状について触れます。ディーセント・ワークの基礎であるジェンダー平等の原則と4つの戦略目標の達成については多くの課題があります。特に、良質な雇用の確保と社会保護の拡充に関しては、国際水準から大きく立ち後れていると言わざるを得ません。ここでは一つだけ特徴的なことを報告します。
2009年3月のILO理事会で、危機克服にむけた雇用と社会保護の拡充に関する議論に際して、「失業者における、失業保険の給付を受けていない者の比率と人数」という資料が出されました。そのデータに示された先進工業国の数値は、日本77%、アメリカ57%、カナダ57%、イギリス40%、フランス18%、ドイツ13%というものでした。「自己責任」が強調され社会保障制度の水準が低いと評価されているアングロサクソン系の国々よりも、日本の失業者の失業保険給付受給率が低いというのが現実です。どのような雇用形態であれ、職を失えば生活を維持するために失業保険給付がなされねばなりません。それとともに、職業訓練が無償で与えられるべきです。また、訓練期間中の生活を保障することも制度化されていなくてはなりません。
金融・経済危機の影響で、本年から、就職氷河期に再び入ったといわれています。10年ほど前になりますが、就職氷河期に出くわしてしまった多くの新卒者が非正規労働者になりました。その人たちの多くが未だに非正規労働者のままで、不安定雇用・劣悪な労働条件の下に置かれ、職業能力を向上させるチャンスから見放され、将来展望を全く描けない状況に置かれています。先ほど写真を紹介したフランスの最高学府といわれるグラン・デ・エコールの学生がデモの中で「社会的公正を!」のプラカードを持って訴えたように、皆さんも国に対して、「万が一、職に就けない場合でも、職業能力を高めることができる機会を与えるべきだ」と声を上げるべきだと思います。今の状況のまま推移すれば、10年前の就職氷河期が生み出し今日まで続いている悲惨な非正規労働者の状況が、より深刻な形で再現することは明らかです。国民の声が国の政策に反映されるよう、国民全員が取り組まなければいけません。
以上
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