河西宏祐著
『全契約社員の正社員化-私鉄広電支部・混迷から再生へ(1993年~2009年)-』

早稲田大学出版部
定価6,100円+税
2011年5月

評者:鈴木 玲(法政大学大原社会問題研究所教授)


 本書は、1993年以降の広島電鉄の労使関係、とくに私鉄中国労働組合広島電鉄支部(広電支部)の活動について詳細に調査・分析した研究書である。広電支部は09年に経営側と「新賃金制度」について合意し、すべての契約社員(非正規社員)の正規化を達成した。これは、社会問題化している非正規労働者の増大に抗する事例として広くマスコミに注目された。しかし、本書が明らかにするように、広電支部が契約社員の正規化を達成するまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。広電支部は、広島電鉄で分裂・対立関係にあった2つの組合が93年6月に40年ぶりに統一して結成された。広電支部は、その後変形労働時間制導入による労働強化、規制緩和圧力による経営側の人件費削減攻勢への対応に苦慮した。さらに広電支部執行部は、労働強化や賃金削減で不満を強めた組合員からの強い批判にさらされた。しかし、「交通政策論」による合理政策への対抗、ユニオンショップ制による契約社員の組織化、さらに契約社員正規化に伴う新賃金制度構築で積極的役割を果たすことで経営側に対する反転攻勢を強め、その過程で組合の「再生」を図った。
本書は、近年国内外で行われている「労働組合の再活性化」研究の一部とみることができる。ただし、多くの研究が地域の社会運動との連携や社会問題への取り組みなどで既存の労使関係制度の殻を破る「社会的ユニオン」「社会運動ユニオニズム」を強調するのに対し、本書の特徴は「伝統的」な労働組合主義に基づいた労働組合の再活性化の道筋を示したことである。すなわち、広電支部は団体交渉や争議権確立など既存の労使関係制度で認められる権利を行使し、また「だれでも言いたいことは遠慮せずに言う」組合員の「労働者文化」による活発な議論を通じ、経営者攻勢で「内部崩壊の危機」に立たされた組合組織を再び強化・活性化させたのである。しかし、著者はこのような組合再活性化事例が交通産業の特殊性によると示唆し、労働組合運動全体に広がること(普遍性)について一定の留保を示している。
以下では、本書の各章(序章、終章を除く)の概要を紹介する。
第1章は、私鉄総連傘下の(旧)広電支部と交通労連傘下の広島電鉄労働組合が統一して新たな広電支部が結成された背景について触れたうえで、新支部と経営側の労使関係の展開を検討する。新支部は企業存続のための経営体質改善を重視し、統一後最初に取り組んだ完全週休二日制の導入をめぐる交渉で、人員増を伴わないこと、さらに合理化を進め生産性を向上していくことを経営側と確認した。しかし、完全週休二日制および変形労働時間制の導入は、労働密度の強化と一日の労働時間の延長につながり、さらに時間外労働が減少したため組合員の収入が減った。そのため組合員は不満を強め、96年の組合大会では激しく執行部を批判した。この大会で選出された執行部は、同年の秋闘で労働条件の改善を要求するストライキを新支部発足後初めて構えたが、このストライキはすでに締結した労使協定の修正を要求した「異例なストライキ」であった。組合員の強い不満に「たじろいた」経営側は、労働条件を一定程度改善する譲歩を行った。
第2章は、交通事業の規制緩和の文脈における経営側の「企業存亡」を旗印とした激しい合理化攻勢と、広電支部の対応と「反攻の糸口の模索」について扱う。この時期(96~02年)、広電支部は「これまでのやや過剰な経営側へのすり寄りの姿勢を捨て、労働組合としての基本的な姿勢を旧支部時代の〈生産協力・分配対立〉・・・の運動路線に立ち返ることを明確にした」とされる(98頁)。経営側は諸手当の廃止や賃金カット、赤字のバス部門の分社化などを次々に提案して合理化攻勢をかけた。組合側は公共交通サービス向上を目的とした「交通政策論」を打ち出し、経営側の規制緩和を理由とした合理化攻勢に対抗するとともに、自治体当局に対して同政策に基づいた申し入れを行った。バス部門の分社化にかんしては、「退職金20%カット」や「年功賃金カーブの是正」を組合側が受け入れることと引き換えに、同合理化案をかろうじて阻止した。2000年以降も会社の合理化攻勢が続くが、会社の経営収支が改善したこともあり、広電支部はさらなる人件費削減案の撤回、人事考課の規制などを勝ち取ることができた。さらに広電支部は、「経営側に〈適正な経営論〉を提示」して、経営者の合理化攻勢に守勢的な労使関係から、組合側が「『積極的な(経営上の)取り組みを会社に対して求める』」(121頁)新たな労使関係の足がかりを築いた。
第3章は、契約社員制度をめぐる労使交渉と組合側の導入の合意(2001年)、導入に伴う契約社員のユニオンショップ制の労使協定締結(このような事例は「全国でも希有」であるとされる)、組合内の正規・非正規組合員の利害調整(準組合員制度の導入および廃止)、組合側の契約社員の賃金・雇用条件改善へ向けての要求(正社員の登用制度)などを取り上げる。契約社員の正社員への登用は、契約社員制度導入当時は制定されていなかったが、組合側のスト権確立を含めた粘り強い交渉の結果、02年の秋闘で「採用後3年後の正社員登用」の協定を勝ち取った。しかし、経営側は「正社員Ⅱ」(雇用は保障するものの賃金体系は契約社員と同様)を新たに設け、登用した社員をこのカテゴリに分類した。さらに、経営側は2000年代半ばに契約社員制度により優秀な人材が集められないと判断し、06年秋闘で組合側に対して「全員を正社員化」すると同時に「賃金水準は契約社員並み」にするという「驚天動地」の提案をした(169頁)。すなわち、経営側は正社員の年功制に基づいた賃金体系を大幅に改定して、「職種別賃金」を導入して総額人件費を削った賃金体系を全社員に対して適用することを狙った。他方、組合側は経営側の提案を逆手にとり、新たな賃金体系が労働者側に有利なものなるように交渉していく戦略をとった。このような両者の異なった思惑は、その後の新賃金制度の創設をめぐる労使の攻防の伏線となった。
第4章は、06年秋闘の「職種別賃金制度導入」による全従業員(正社員、正社員Ⅱ、契約社員)の「労働条件統一」の労使合意以降の新賃金制度制定に向けた労使交渉および組合内部の新賃金制度をめぐる利害対立(とくに賃金が減額になる正社員組合員の不満)をカバーする。結果(2009年春闘での妥結)から言うと、組合は経営側との間で新賃金体系案を何度もやり取りすることで粘り強く交渉をして、組合の基本姿勢を守った。すなわち、年功賃金(「勤続年数別賃金」)を各職種賃金の細いランク分けにより実質的に達成し、賃金が減額になる組合員の犠牲を「10年間の減額措置」により最小化した。さらに、経営側の当初の総額人件費削減の目論みとは逆に、新賃金制度導入および定年延長により「賃金原資の大幅増額」となった。他方、経営側は末端職制の職種別賃金を他の職種別賃金より手厚くすることで、経営側が今後組合員間に今後「クサビ」を打ち込むことを可能とした。
本書は、膨大なインタビューや一次資料分析に基づいた実証研究のみが示せる「活き活きとした」団体交渉での組合と経営側のやり取り、組合員の組合幹部に対する突き上げや組合幹部の苦悩の描写している。関心のある方は、ぜひ本書を手にとって団体交渉や組合内の議論の活写を読んでほしい。


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